2016年08月28日(日)

Thu 160804 2ヶ月半ぶりに旅行記に回帰/ここまでのあらすじ(ボルドー春紀行22)

テーマ:ブログ
 月日の過ぎるのはマコトに早いもので、日本のヒトは昔から「光陰 ☞ 矢のごとし」と慨嘆し、脚の長い英米のヒトビトはただでさえ高い鼻をもっと高くしながら、天を仰いでほぼ同じ慨嘆にふけった。

 Time flies like an arrow.
 Time and tide wait for no man.

 歳月、人を待たず。いやはや、まさにお言葉の通りであって、仕事に夢中になり、仕事にかまけているうちに、日々は驚くほどの速度で流れていく。

 ほぼ相似形の日々を2ヶ月半。もちろん河口湖畔での10日とか、出張先でのさまざまな小旅行とか、何とかバリエーションを挿入しても、やっぱり相似形の感を免れない。こうしてブログを書いていても、「何だ、同じことの繰り返しじゃないか」と、自分でも呆れ果てるほどである。
ボルドー
(ボルドー風景)

 2016年4月、ボルドーを中心にフランス南西部を旅して、帰国後すぐに旅の記録を始めた。その旅行記はすでに21回目を数え、6月5日(日曜日)、旅の折返点まできて、「Thu 160512 サルラとはどんな町か 繁栄の時代 フシギな並木道(ボルドー春紀行21)」を書いて中断した。

 6月・7月・8月、ほとんどまるまる3ヶ月の中断があったわけである。「そんなに仕事のみに明け暮れていたのか」と、自らのワーカホリックぶりにも慨嘆するのであるが、慨嘆ばかりしていないで、そろそろ春の旅行記の続きに着手すべき時が来た。

 しかし諸君、再開するにあたっては、まずここに「これまでのあらすじ」を書いておくのが礼儀だろう。「3ヶ月前の記事を思い出してください」も非礼だろうし、「ウワバミ文庫をクリックしてちょ」みたいなことを書いたって、「そんなのメンドー」と言われておしまいに決まっている。
カルカソンヌ1
(カルカソンヌ 1)

 旅の始まりは、4月2日であった。羽田発午前11時のヒコーキ。最近のワタクシの外国旅行は、羽田を深夜に出発するヒコーキを利用するのが慣例になっているから、「お昼発」はホントに久しぶりだった。

 パリ着、16時。エールフランスに乗り継ぎ、ボルドー着20時。たいへん愛想のいいタクシー運転手さんに恵まれ、「ル・グランドテル」にチェックイン。アップグレードされた「プレステージ・スイート」で、バーカウンターつきの豪華リビングスペースに唖然としたのであった。

 翌4月3日は、早速ボルドー市内を散策。ガイドブックにはヒトコトも触れられていない歴史的建造物が随所に存在する。ガロンヌ河沿いに、マコトに元気なアスリートたちの姿。翌週に「ボルドーマラソン」が控えていて、すでにマラソン・ランナーが集結しはじめているのだった。
カルカソンヌ2
(カルカソンヌ 2)

 4月4日、さっそく前半のヤマ場が訪れた。中世の城で有名なカルカソンヌに向かったのである。ボルドーのホテルに荷物を置いたまま、人も驚く軽装でTGV移動。カルカソンヌ城内のホテルに1泊する。

 城内の有名レストランで「子豚のハチミツ焼き」を貪り、午後7時から城外に出て、9時過ぎまでライトアップされたカルカソンヌ城をひたすら写真に収めた。

 4月上旬、フランスの夜は冷える。この2時間の写真撮影で無理したのが、2日後に強烈な風邪の症状に悩まされることになった原因の1つと思われる。

 4月5日は、朝から激しい風雨。ホテルの窓にたたきつける大粒の雨の音で目が覚めた。この雨の中、カルカソンヌから電車で30分ほど、ナルボンヌの街に移動。ナルボンヌは観光地ではないから、ガイドブックには1行も触れられていないが、まあ要するに「どうしても行ってみたかった」のである。

 ナルボンヌで、雨&風ともにますます激しくなった。それでも駅からの魚市場まで20分ほど傘を差して突進、市場内にズラリと並んだ居酒屋で、海老に烏賊、蟹に小魚、地元のワインを1本カンタンにカラッポにした。
カルカソンヌ3
(カルカソンヌ 3)

 こういう乱暴な午後の過ごし方で、風邪はどうやら決定的になった。駅に戻って電車を待ちながら、さらに駅のバーで赤ワインをもう1本空けちゃったというんだから、天罰があたってもちっとも不思議はない。夕刻、ほうほうのていでボルドーのホテルにたどり着いた。

 4月6日は、バイヨンヌへ。朝からすこぶる調子が悪い。風邪を引いたのは確実、これまでの長い人生でも指折りのイヤな風邪であって、カルカソンヌとナルボンヌでの無謀な行動を後悔するが、後悔というものは先に立たないし、役にも立たない。とにかくバイヨンヌに行ってこようじゃないか。

 荒涼とした車窓の風景は、「ランドの森」。いかにも不毛な感じの砂地に、果てしなく松林が続く。人影もクルマも家屋も工場もない。TGVで2時間もつづく砂地と松林、空は重い曇天。この風景を見続けたら、風邪じゃなくても気分が悪くなる。吐き気を感じはじめたのは、このTGVの車内であった。

 バイヨンヌ着、13時。食欲は全くないが、バスク料理の有名店「システラ」でランチ。吐き気がますます強くなって、鴨料理を半分食べ残す。その分、ロゼワインを1本カラにして店を出た。

 バイヨンヌの駅で2時間、帰りの電車を待った。あんまり寒けがヒドいから、ずっと日なたでお日さまの光を浴びていた。帰りの電車の中で風邪が決定的に悪化。高熱が出て、ブルブル震えながらひたすらボルドーを目指した。

 こういう時に限って、電車がスケジュール通りに走らない。途中のDAX駅で「この電車はDAX止まりになった」「向かいのホームの電車に乗り換えてくれ」というアナウンス。結局ボルドーに着いたのは夜8時を過ぎていた。
バイヨンヌ
(バイヨンヌ風景)

 それでも翌日にはある程度立ち直って、4月7日はボルドーの市内を散策。前夜から12時間連続して睡眠、ベッドがビショビショになるぐらい徹底的に汗をかいて、風邪の症状は改善していたのである。

 まだ食欲はないが、冷えたビールならいくらでも飲める。近くのスーパーで購入しておいたハイネケンを5本、グイグイ痛飲して意気軒昂。昼からガロンヌ側沿いをブラブラ散策した。サンルイ教会のステンドグラスに感激する。この地域には、腕のいいステンドグラス職人が多くいたらしい。

 そして4月8日、中世の町サルラへ。ボルドーから各駅停車の列車が2時間に1本ぐらいの割合で暢気に走っている。世界的に有名なワイン・シャトーがズラリと並ぶあたりである。

 広大なブドウ畑がどこまでも続き、深く深く内陸に進んで3時間。ここまで来ると、日本人どころかアジア人も全く見当たらない。中世のままのマコトに穏やかで静かな町である。

 こうして「これまでのあらすじ」をたどり終えた。4月8日のお昼少し前、「そろそろお腹が減ってきたな」という時間帯に、小さなサルラの町の中心部に到着。まず何と言っても有名な家鴨さんたちをナデナデして、さてこれから町を散策しつつ、ランチにヨサゲな店を探しにいくことにする。

1E(Cd) Barenboim & Berliner:LISZT/DANTE SYMPHONY・DANTE SONATA
2E(Cd) Perlea & Bamberg:RIMSKY-KORSAKOV/SCHEHERAZADE
3E(Cd) Gergiev & Kirov:TCHAIKOVSKY/Symphony No.6
4E(Cd) Akiko Suwanai(v) Fischer & Budapest:SARASATE/ZIGEUNERWEIZEN
5E(Cd) Akiko Suwanai(v) Fischer & Budapest:SARASATE/ZIGEUNERWEIZEN
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