2016年06月05日(日)

Thu 160512 サルラとはどんな町か 繁栄の時代 フシギな並木道(ボルドー春紀行21)

テーマ:ブログ
 日本人で「サルラ」という町を知っているヒトは、おそらくそんなに多くはないだろう。かく言うワタクシも、「ボルドー近郊でどこか、日帰り小旅行にちょうどいい町はないか」と、ガイドブックをめくっていて偶然見つけただけのことである。

 フランス南西部には、他にも小旅行に出かけてみたい町が多かった。奇跡の町「ルルド」はかなり日本でも知られているらしいが、アルビ、ポー、ポワティエ、ラ・ロシェル、オロロン・サント・マリーなど、候補には事欠かなかった。

 その中から、今回の滞在で選択したのが、ビアリッツ・カルカソンヌ・ナルボンヌ・アルカション・バイヨンヌとともに、ドルトーニュ渓谷を溯った山中の町・サルラなのであった。

 毎週土曜日には、町の真ん中のリベルテ広場で、大人気の朝市が開催される。この地域特産のフォアグラ・チーズ・ワインの他、新鮮な野菜やフルーツがズラリと並び、値段もたいへん安いらしい。

 しかし諸君、そういう曜日を選んで町を訪問すれば、こりゃ朝市は楽しいだろうけれども、賑やかすぎて町の普段の姿をしみじみ味わうことはできない。お祭やハレの日も悪くないが、ワタクシは「当たり前の普段着姿が好き」という気難しいクマ助なのである。
並木1
(サルラのフシギな並木道 1)

 そこでわざわざ土曜日を外し、サルラ訪問は4月8日金曜日を選んだ。祭りとか有名な朝市があるなら、むしろその前日のほうが町は沸き立っている。京都の祇園祭だって、クライマックスの「山鉾巡行」以上に、宵山・宵宵山、あるいは山鉾巡行前夜の日和神楽(ひよりかぐら)の風情がたまらない。

 ボルドーからのローカル列車は、サンテミリオンからベルジュラックまで、見渡す限りのブドウ畑の真っただ中をひたすら東進する。ベルジュラックの駅で乗客のほとんどが降りてしまい、残ったのは1両に2~3名ずつである。

 ここから列車は山道にかかる。右に左にドルトーニュ川の流れが展開し、川の向こうに中世のお城が次から次へと見え隠れする。ドルトーニュ渓谷の舟下りは、フランスでは夏のバカンスの定番でもあるようである。

 サルラはこの路線の終点。列車は2時間に1本しか発着しない。降りた乗客は、明らかな地元のヒトを含めてもホンの数名ほど。さすがにボルドーから3時間もかけて、こんな山奥の町を訪ねてみようという殊勝なヒトは少ないようだ。
街並み
(サルラ駅周辺の風景。おお、寂れてますな)

 駅は町から離れていて、中心街ゆきの連絡バスが駅前に待っている。昭和中期の日本の山中を走り回っていた類いの、「バス自体が重要文化財」みたいな可愛いヤツであるが、歩いてもホンの15分ほどの道のり。ここはゆったり歩いていったほうがいい。

 寂れた町並みの向こうに、たったいま列車が渡ってきたばかりの橋が見える。「古代ローマ帝国の水道橋か?」と思うような壮観であるが、さすがに古代ローマの遺跡の上を列車がゴトゴト走るような乱暴なことはしないだろう。

 スペインのセゴビアで古代の水道橋に感激したのは、2008年の晩秋。フランス・アビニョン近郊のポン・デュ・ガールを旅したのは、2014年の夏。イスタンブールでも同様の橋を見た。「こりゃ今日もまたローマ遺跡?」と色めき立ったが、ま、冷静に考えてみてそんなはずはなかった。

 サルラは、中世に交易の中心地として栄えた町である。こんな山奥が交易の中心になったというのも、中世という時代の特殊事情であろうけれども、1周500メートルほどの丸い城壁の中で、13世紀から14世紀、マコトに慎ましい最盛期を迎えた。
古城
(のどかな畑の向こうに、中世の古城がそそり立つ)

 ちょうど「百年戦争」のころである。1339年にイングランドがフランスに宣戦を布告。1453年、ボルドーの陥落で終結。100年以上の大混乱の中、ジャンヌダルクが活躍し、彼女の火刑の悲劇があった。

 同じ頃、イタリア・ジェノバが黒海沿岸の根拠地にしていたカッファの町には、モンゴル・キプチャク汗国が攻めてきた。1346年のことである。やがてキプチャクの軍船にペストが発生。落命した兵士たちの遺体は、何とカッファ市内に投棄される。

 これが引き金になって、1348年のヨーロッパ全域にジェノバ経由のペストが蔓延。さまざまな文学&芸術作品の生まれるキッカケにもなった。デカメロン。カンタベリ物語。そういう時代である。

 サルラみたいなコジンマリした山奥の町が、ひっそりと交易の中心として繁栄するのも、またムベなるかな。百年戦争で荒れ果てはしたが、ルネサンス期から17世紀にまで、その繁栄は受け継がれた。
並木2
(サルラのフシギな並木道 2)

 町に向かう並木道には、人間を思わせるフシギな樹々が並んでいる。何もサルラに限ったことではなくて、バイヨンヌでもナルボンヌでも目撃したのであるが、これは明らかに人間の姿に似せて人工的に作られた並木のようである。

 剪定のテクニックとか、挿し木・取り木・接ぎ木など、ありとあらゆる園芸のワザを駆使して、ズラリと人間の形の樹木を並べてみたに違いない。どこの町だったか、円陣を作って肩を組み合った形の樹木を約10本、電車の窓から目撃した。

 正直申し上げて、あまり爽快な眺めではない。「樹木が可哀そう」という気持ちもあるし、こんなに生々しく樹木の息吹なり鼓動なりが聞こえるような姿は、やっぱり気色悪いじゃないか。夜道を1人で歩いていて、こんな樹々の生臭い吐息でも吹きかけられてみたまえ。心臓が凍りつくに決まっている。
並木3
(サルラのフシギな並木道 3)

 小学2年か3年の頃に、ブドウの悪霊に乗っ取られた家の話をマンガで読んで、すっかり縮み上がったことがある。呪われたブドウを食べてしまうと、やがて体内からブドウの芽がニョキニョキ出てきて、やがてその人はブドウの木に変わってしまう。

 悪霊たちは、召使いまで含めて一家の全員を幽閉し、食べ物も飲み物も与えず、飢えと渇きに苦しむ人々に「さあ、みずみずしいブドウをお上がり♡」と囁いては、呪われたブドウを皿に盛り上げて見せる。何も知らないヨソの人がやってきて、パクリ ☞ たちまち人間の形のブドウの木に変じてしまった。

 数百年前に読んだクダラン漫画であるが、ブドウをすすめられて思わずツバをのむ「ゴクリ」という文字のオドロオドロしさも記憶している。1人の青年は耐えきれずにブドウを口にし、たちまち左の目玉からブドウの芽が生えてくる。

 いやはや、サルラの町に向かいながら、そんな大昔の漫画の恐怖を思い出すんだから、今井クマ蔵の頭の中はマコトに厄介である。でも、何か事情があるのかもしれないが、植物にこんな無理をさせる必要はないんじゃないか。普通にノビノビ。人間も樹木も、それが一番幸せなはずである。

1E(Cd) Samson François/André Cluytens & Conservatoire National Supérieur de Musique:RAVEL/PIANO CONCERTOS
2E(Cd) Charles Dutoit & Montreal:ROSSINI OVERTURES
3E(Cd) Peter & Patrik Jablonski:2 Pianos
4E(Cd) Canadian Brass:BACH/GOLDBERG VARIATIONS
5E(Cd) Bruns & Ishay:FAURÉ/COMPLETE WORKS FOR CELLO AND PIANO
total m60 y828 d18533
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