2016年05月29日(日)

Thu 160505 バスク地方のこと 「LE CHISTERA」でランチ(ボルドー春紀行16)

テーマ:ブログ
 こうしてワタクシは、「バスク地方」の中心都市の真っただ中で、強烈な風邪の症状を呈し、見知らぬ川沿いの町で立ち往生のアリサマになった(スミマセン、昨日の続きです)。

 若い読者諸君としては、「バスクって、どこ?」ないし「バスクなんて、カンケーネー」とソッポを向きたくなるかもしれない。ワタクシ自身、新聞や雑誌で「バスク地方」という文字を目にしたことはあっても、それがどんな場所で、どんな歴史があるか、正確に知っているとはとても言えないのである。

 しかしまあ、そう知らんぷりをしなさんな。あのフランシスコ・ザビエルどんだってバスク出身なのだ。「ザビエルって、だれ?」「ザビエルなんてカンケーネー」と言われれば、さすがのワタクシもサジを投げるしかないが、ほれ、日本にキリスト教を伝えてくれたあの御仁であるよ。

 ザビエルどんの威光はパリにも残っていて、地下鉄には彼の名前のついた駅も存在する。13号線「Saint-François-Xavier」の駅であって、発音はフランス語式に「サン・フランソワ・グザビエ」であるが、さすがザビエルどん、大したものである。
合流点
(バイヨンヌ風景。ニーブ川とアドゥール川の合流点あたり)

 そのザビエルどんの故郷・バスク地方には、スペイン語でもフランス語でもない独自の言語が存在する。その起源は謎に包まれ、フランス語・スペイン語などロマンス語系でもなければ、英語やドイツ語などゲルマン語系でもない。

 駅や街角の表記はもちろんフランス語であるが、ところどころバスク語の文字が併記されていたりする。「他言語から孤立した言語」であるらしくて、文字を見てもどう発音していいかサッパリわからない。

 あんまり独特すぎて、「最も習得が難しい言語の1つ」とされているそうな。どうだい諸君、外語大学に入って「バスク語研究」なんてのは。将来はフランスかスペインに留学して、バスク語の世界的権威を目指すのも悪くないだろう。

「世界で一番バスク語が出来るのは、実はあの日本人」。そんなヒトになれるかもしれない。「英語&英語、とにかく英語」でひたすらエリートを目指す上昇志向の人生も素晴らしいだろうが、バスク語に一生を捧げるフシギな人生だって、きっと負けないぐらい楽しいと信じる。
システラ
(地元の人気店「ル・システラ」。大聖堂のすぐそばだった)

「バスク人はクロマニョン人の末裔」という説もあるんだそうな。おおそう言えば、アルタミラの洞窟も、ラスコーの洞窟もすぐそばだ。ヨーロッパ最古の民族であるのは、おそらく間違いないんだそうだ。

「真面目&ひたむき、他者には寛大だが、プライドの高い人々」とも言われる。確かに、絵に描かれたザビエルどんのお顔を拝見するに、「真面目&ひたむき」「寛大」「プライドが高い」という評言の全てが、ピタリと当たっているように感じるのである。

「バスク分離独立運動」は、ヨーロッパで最も長い戦争と呼ばれる。「バスク祖国と自由」(バスク語ではEuskadi Ta Askatasuna:略称ETA)を名乗る急進派もあって、フランコ将軍によるバスク弾圧・バスク語禁圧・バスク文化弾圧に対抗して結成された。1959年のことである。

 21世紀に入ってからも、ETAは過激な活動を継続。2006年12月にはマドリードのバラハス空港で、2009年にはマジョルカ島で、それぞれ爆破事件を起こしているが、それ以降は活動が鎮静化、現在に至る。
野菜スープ
(ル・システラ「野菜のスープ」。見た目はともかく、マコトにおいしゅーございました。ヒドい風邪を引いたのを忘れるほどでございました)

 激しい抗争の歴史はあるが、街の人々の表情はマコトに穏やか。気候もまた穏やかであって、ピレネー山脈を水源とする美しい川が流れ、山は緑豊か、谷間には濃霧が立ちこめて冷涼。バイヨンヌから列車とバスを乗り継げば、濃霧のピレネー山間部まで2時間ほどの小旅行ができる。

 登山列車「プチトラン・ド・ラ・リューヌ」に乗って、バスクで一番の景勝地ラ・リューヌ山頂に向かうコースであるが、今回のワタクシは残念ながら強烈な風邪を引いてしまった。「見残し」として、近い将来の旅の計画に加えることにしたい。

 バスクは、食べるものも豊富。山の幸はピレネー、海の幸はビスケー湾、マコトに恵まれた土地である。「風邪を引いた」「頭痛がする」「熱で目が回る」とか、そんな弱っちいことは言っていられない。せっかくのバイヨンヌだ。地元のヒトに人気のレストランで、ギュッとランチを詰め込みたい。
メイン
(メインに取りかかる頃から、風邪がグングン悪化してきた)

 選んだ店は「LE CHISTERA」。さすが地元トップの人気店であって、13時すぎにお店に闖入した段階では、見るからにパンパンの超満員。地元のジーチャン&バーチャンで一杯で、予約なしの日本人が入り込む余地なんかなさそうに見えた。

 どうやら家族経営であるらしく、従業員の皆様もマコトに和やか。テキパキ仕事をこなしていたオネーサマが、一番奥に1つだけ奇跡的に空いていたテーブルに案内してくれた。

 ま、「トイレのそば」。でも諸君、店内はホントに立錐の余地のない状況なのだから、他の選択はありえない。そのトイレにしてもマコトに清潔に掃除されていたし、クロークも兼ねている。店内の客のコートがみんなそこに収納されているんだから、そもそもトイレという感じは皆無である。

 しかしこういう時、日本の人々はいきなりフクれっ面になって、「差別された」「冷淡な対応を受けた」「最悪の接客だった」など不平タラタラ、しかもその場では文句を言わずに、日本に帰ってから好き放題書きまくって憂さ晴らしをする。うーん、そんなに卑屈になる必要はないんじゃあるまいか。
店内
(超満員だった店内も、帰る頃にはカラッポになっていた)

 注文したのは、① 生ハム ② ロゼワイン ③ 野菜のスープ ④ メインの鴨料理。何しろもう目の前がスペインだから、生ハムが旨いのは当たり前。ワインも赤よりロゼが普通、グラスに氷を入れて飲むヒトも多い。

 ロゼ、しかも「氷入り」なんてのは、日本のワイン通が見たら邪道もいい所なんだろうが、郷に入って郷に従い、バスクではバスクに従うのが楽しい。ましてやヒドい風邪を引いたことは確実だ。冷たく冷やしたロゼを1本空っぽにして、ちょっとでも熱を冷ましたい。

 しかし諸君、ワインじゃ熱は下がらない。お医者が聞いたら噴き出すに違いない。生ハムを平らげ、スープも平らげたあたりで、グングン気分が悪くなってきた。やがて運ばれてきた湯気濛々のメインの皿を前にして、「ハキケに耐えるのが精一杯」というテイタラクになった。

 脂汗を拭いながら、やっとのことで半分ほど噛み下したが、その段階でついにギブアップ。皿に半分残った哀れなトマトソースを眺めつつ、とりあえずロゼワインをカラッポにし、ついでだから生ビールも1杯追加して、ひたすら水分補給に努めることにした。

 14時半、あれほどパンパンの満員だった店内も、ついにカラッポになった。いくらスペイン国境が近くても、やっぱりここはフランスだ。スペイン流に「ランチは5時まで」と悠然と座り続ける人はいない。立ち上がるのもツラいほどの風邪だけれども、そろそろ勘定を済ませて外に出ることにした。

1E(Cd) Wand:BRUCKNER/SYMPHONY No.8②
2E(Cd) Brian McKnight:BACK AT ONE
3E(Cd) CHOPIN:FAVORITE PIANO PIECES
4E(Cd) Marc Antoine:MADRID
5E(Cd)Akiko Suwanai:BRUCH/VIOLIN CONCERT No.1 & SCOTTISH FANTASY
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