2016年04月28日(木)

Mon 160404 BECK’S ローラント像 中世の町並み2題(ドイツ・クリスマス紀行29)

テーマ:ブログ
 さて、いきなり1週間ほど中断してしまったドイツ旅行記を、今日から再開しようと思う。

 ベルリンから日帰りの予定でブレーメンに旅立ち、ハンブルク経由でブレーメンに到着したところで、ブログは突如として大阪と秋田角館の話に変わってしまった。世にも気まぐれなクマ助で、読者諸君、マコトに申し訳ない。

 列車がブレーメンに着いた段階で、時刻はすでにお昼に近い。ポンポンもグースカ不平を言い出したから、市庁舎や大聖堂のズラリと並ぶ旧市街にたどり着いたところで、「早速ランチにすっかな?」と店を物色し始めた。

 もちろん市庁舎の地下には、ドイツ独特の「ラーツケラー」がある。ついこの間もライプツィヒのラーツケラーでランチを楽しんだばかりだが、何しろブレーメンのラーツケラーは「1405年の創業」だ。

 1405年って、まだコロンブスも生まれていない。足利幕府はまだ意気軒昂、アメリカ大陸は南北ともほぼ先住民オンリー、中国は明の時代。東ローマ帝国だって、もう50年近く生きながらえる。

 そんな時代から市庁舎の地下で、ビールやワインをグビグビやりながら、ブレーメンの人々はもう600年も大らかに生きてきた。ならばこのワタクシも、その地下の薄暗い穴蔵に入り込み、地元の皆様にならってビールにワインをグビグビやってみたいじゃないか。
鐘
(ブレーメン・ベットヒャー通りに鐘の音が響く。たくさんの鐘が屋根と屋根を繋ぐ。鐘はマイセンの磁器製である)

 しかし諸君、市庁舎前の「マルクト広場」には、「ベックス」がやっているレストランもある。Beck’s、ワタクシがおそらく世界で一番好きなビールのメーカーである。

 Beck’sが大好きになったのは、つい昨年のことである。真夏のマルセイユに2週間滞在した時、ふとスーパーで手にしたのが瓶入りのBeck’s。ハイネケンと同じグリーンの瓶であるが、金属の缶に入ったビールにはない、何とも言えない甘く深いカホリがヤミツキになった。

 マルセイユから帰国した2週間後、今度はサンフランシスコに1週間の小旅行を試みた。この時にはもう「海外でビアならBeck’s」と決めていて、ひたすらBeck’sを求めて連日スーパーに通った。

 もちろん日本国内でもBeck’sを手に入れることはカンタンだし、そんなに珍しいビアでもないはずだが、まあ諸君、20歳以上のオカタは是非、Beck’sの香りを試してみてくれたまえ。そのとき必ず「瓶のBeck’s」にこだわること。金属缶のものにはない深い香りに癒されるはずだ。

 その大好きなBeck’sの本社がブレーメンにあって、実はこの日いきなり思い立ってブレーメンにやってきたのも、「本場のBeck’sを飲みたい!!」と考えたのがキッカケだった。

 まるでうなされているかのように、ハンブルクからの列車の中でも「本場のBeck’s」「本場のBeck’s」、そう呟き続けていた(もちろんウソでございます)し、ブレーメンの駅からマルクト広場まで、阿波踊りをアレンジした「Beck’s踊り」を躍りながらやってきた(もちろん冗談でございます)。
ベックス
(マルクト広場、一番右がBECK'S AM MARKT、右から2つ目がBECK'S BISTRO)

 そして諸君、うれしいじゃないか。マルクト広場をはさんで市庁舎の斜め向かいの建物に、「BECK’S BISTRO」の文字を発見。そのお隣にも「BECK’S AM MARKT」とある。おお、さすが本場、ここはまさにBeck’s天国であるらしい。

 しかし残念なことに、まだお店が開いていない。12月27日、クリスマス直後の日曜日だというのに、街は穏やかに静まり返っている。ブレーメン名物・高さ10mのローラント像も、イヤしい今井君に「そんなに慌てなさんな」と優しく声をかけてくれているようであった。

 このローラント像、目の前の市庁舎とともに「世界遺産」に指定されている。オリジナルは1404年に完成。当初は木像だったんだそうな。ところがある時ブレーメンの大司教が、ローラントに火を放って燃やしちゃった。いやはや、困った人もいるもんだ。
ローラント像
(ブレーメン・マルクト広場に立つ英雄ローラントの像)

「この像がここに立っている限り、ブレーメンは自由ハンザ都市でいられる」という言い伝えがあって、さすがに燃やされちゃ困るじゃないか。そこで今度は頑丈な石で作り直し、第2次世界大戦の空襲が激しくなると、市民はローラント君を守ろうと、レンガでシェルターをこしらえた。

 ホントに大事にされているのでござるね。「今のローラントがこわされちゃった場合のリリーフ役のローラント像が、市庁舎の地下のどこかに隠されている」という伝説まであるんだそうな。

「じゃ、ローラントって誰?」という素朴な問題であるが、11世紀に成立したフランスの叙事詩「ローランの歌」に出てくる英雄。シャルルマーニュの12勇士の1人である。裏切りにあい、圧倒的に不利な状況の中、ピレネー山中で神懸かりの奮戦の末に非業の死を遂げる。

 これ以上の中身は自分で調べてくなんしょ。ちくま文庫も岩波文庫もある。フランス語のタイトルは「La Chanson de Roland」であるが、Rolandの最後の「d」はフランス語では発音しないから「ローラン」、ドイツ語なら発音するから「ローラント」、まあそういうわけである。
中世の街並1
(中世風の町並み・ベットヒャー通り)

 さて、店がまだ開いていないんじゃ仕方がないから、ランチの前にブレーメンの名所を一通り回ってくることにした。
① ベットヒャー通り(Böttcherstraße)
② シュノーア地区(Schnoorviertel)
の2カ所である。

 ①は、コーヒー商人♨ロゼリウスという人が、20世紀初頭に「中世の町並みを再現しよう」と考え、個人的に作ったんだそうな。「通り」と言っても全長100mぐらいの小路であるが、毎正時に鳴らされる鐘(グロッケンシュピール)が有名だ。

 鐘はマイセン磁器で作られ、屋根と屋根を結んでズラリと並ぶ。時計を見ると、まさにその「毎正時」が迫っている。11時55分、鐘の前にはたくさんの人が集まって今か今かと待ち受ける。おお、鐘が奏でる音楽はマコトに美しく、静かな中世風の町並みに染み込んでいく。

 しかし、観光客というものは意外に冷酷だ。みんなあんなに大っきな口をあけて鐘を見上げていたのに、音楽が始まって5分も経過すると、「いつまでも聞いていられない♨」といった風情で、三々五々その場を離れていくのだった。
中世の街並2
(こちらはホンモノの中世の街・シュノーア地区)

 ②は、ホントにホントにホンモノの中世の町並み。いやはや21世紀の人々は、何故だかホントに中世が好きなようであるが、今のシュノーア地区は15世紀ごろの姿をそのまま保っている。

 もともとは手工業の職人などが集まって住んでいた地区。狭い路地が深く入り組んでいる。路地どのぐらい狭いかというに「人と人がすれ違うのが困難」というレベルであって、立派な体躯のドイツ人の場合は、すれ違いは「困難」から「不可能」にかわる。

 かく言うワタクシも「立派な腹」ということではヒケをとらないから、もしタップリなランチの後でここに来たら、突き出たお腹のせいで危うく路地に挟まって動けなくなるところだった。ランチを後回しにしたのは、その意味でも大正解。ローラント様に感謝しなきゃいけないだろう。
 
1E(Cd) Schüchter:ROSSINI/DER BARBIER VON SEVILLA
2E(Cd) Cohen:L’HOMME ARMÉ
3E(Cd) Vellard:DUFAY/MISSA ECCE ANCILLA DOMINI
4E(Cd) Oortmerssen:HISTORICAL ORGAN AT THE WAALSE KERK IN AMSTERDAM
5E(Cd) Philip Cave:PHILIPPE ROGIER/MAGNIFICAT
total m20 y629 d18334
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