2016年04月21日(木)

Mon 160328 ハンブルクへ 中東からの人々 フンメル像(ドイツ・クリスマス紀行27)

テーマ:ブログ
 丸1日ポッカリ空いたから、ちょっとハンブルクとブレーメンに行ってこようと思う。この計画を思いついたのが12月25日、計画を実行したのは27日。我ながら、ずいぶん積極果敢になったものだと感心する。

 ホンの10年前までは、今井クマ蔵ももっともっと慎重で、もっともっと引っ込み思案で、もっともっと計画的な行動を旨とした。2005年2月、40日かけてヨーロッパをのし歩いた時には、その1日1日について事前に綿密な計画を立案し、その計画をシラミつぶしに実行することに夢中だった。

 しかし今や、悪く言えば「行き当たりバッタリ」、自分で自分を褒めてあげるなら「マコトに臨機応変&自由自在」。ベルリンに11泊して、計画通りにライプツィヒとドレスデンに1泊ずつの小旅行を敢行し、しかし時間が余ったからハンブルクとブレーメンに行ってくる。おお、ホントに自由自在に成長した。
カイザー
(ベルリン、カイザーヴィルヘルム大聖堂。12月下旬は、午前6時すぎでもまだ真夜中の雰囲気だ)

 昭和の昔、中学受験をマジメに考える小学生なら、まず本屋の参考書売り場で「自由自在」と「応用自在」を購入した。「自由自在」は基礎編、「応用自在」はグッと難しい入試問題が並んでいて、「この2冊をマスターすれば、灘でも開成でも大丈夫」な充実感に満ちていた。

 昔は今みたいに塾の教育も成長していなかったから、「開成を受験します」という生徒が塾にやってくれば、「よし、じゃ、先生と一緒に『応用自在』を1冊やりとげよう」とか、そういう無理なことを言ったものである。

 実際、今井君がアルバイトしていた埼玉県浦和市の塾では、「力の5000題」を全問解くことを開成中受験生全員に課していた。「力の5000題」は「応用自在」のライバル参考書であって、きっと今でも参考書売り場に平積みになっている。興味のある諸君は、ぜひ見に行ってくれたまえ。

 受験生というものは、「出来もしない分厚い参考書」を4月にドカッと購入して、「これ1冊やれば大丈夫♡」と目をキラキラさせるのが定番。昭和の受験生も、明治&大正の受験生も、古くは中国の科挙や殿試まで含めて、みんな同じようなものである。

 1000ページとか1500ページとか、冷静に考えれば不可能なチョー&ウルトラ分厚い参考書を机の上に積み上げ、「よーし、全ページくまなくマスターするぞ!!」と叫ぶ。「おお、その意気やヨシ」であるが、くじけるのも早い。
コンパートメント
(ハンブルクゆきのインターシティ。昔懐かしいコンパートメントが健在だ)

 中学受験で「自由自在」「応用自在」の2冊を買ってくるのは、まあだいたい「親」である。自由自在1000ページ、応用自在1000ページ。それが4科目だから、1000+1000に4をかけて、合計すれば8000ページ。そんなのを「マスター」なんてのは、「聖書1冊を丸暗記しなさい」みたいなものである。

 しかも諸君、驚くなかれ、昭和の受験生の中には、それを実際にやり遂げるヒトも少なくなかった。大学受験の合格体験記で、「チャート式数学Ⅰ・Ⅱ・Ⅲの3冊を3回ずつ解きました」「解法のテクニックⅠ・Ⅱ・Ⅲを高2まででミッチリやりました」なんてのは、当時は珍しくなかった。

 そのあたり、今井君はマコトにフマジメでダメな怠け者だから、1冊300ページもある参考書を3冊=1000ページ♨」などという地道な世界は真っ平だった。

「そんなのより文学全集でも読んでいるほうがマシ」とウソブイて、ホントに世界文学全集60冊とか、日本文学全集80冊とか、とんでもない読書をやり遂げたのであるが、その結果として出来上がったのが「もう読書なんか真っ平」というトンデモナイ中年。いやはや諸君、無理はヤメたほうがいい。

 こうしてトンデモナイ中年は、ついでに臨機応変&自由自在な旅の愛好者になってしまった。行き当たりバッタリが何より。分厚い参考書や文学全集にドップリ浸かっているより、やりたいことをその日その日、テキトーにこなしていくのが一番シアワセと考えるようになっちゃった。
ハンブルク駅
(ハンブルク中央駅。いかにも商都らしい活気に満ちている)

 ベルリンを旅したら、ついでにハンブルグにブレーメン、ボルドーを旅したら、サルラにビアリッツにバイヨンヌ。「誰も知らない」というより、「それってどこですか?」と首をかしげられるような小さな街を訪れて無闇矢鱈に歩き回る。そういう人生のほうが好きである。

 断っておくが、これはあくまで今井君の趣味であって、こういう人生で成功者になることは極めて難しい。「勝ち組になることが全て」と思うオカタは、この種の生き方は避けて通るべし。

 応用自在にチャート式を1ページ残らずクマなくやり遂げて、旅に出るならガイドブックを丸暗記するほど読み込んで、事前の計画通りにたゆまず歩み続けたまえ。4月に立てた計画を、「春過ぎて夏きにけらし」「夏もすぎて秋きにけらし」「冬もきにけらし」と、1年キチンと進めるに越したことはない。

 だから諸君、今井君の行動は「常に反面教師」である。お手本にはならないが、他山の石としては絶好だ。予備校の講師なんてものは、他山の石になれるだけでも素晴らしい幸福であって、12月27日朝7時、まだ暗いベルリンの街を彷徨しつつ、我が人生の幸福を謳歌するワタクシなのであった。
駅舎
(ハンブルク中央駅)

 何しろ冬至を過ぎた直後の季節であるから、朝7時のベルリンは真っ暗だ。ベルリンの緯度は、東洋で言えばサハリンぐらい。12月下旬の日の出は9時すぎであり、日の入りは15時ぐらい。明るい時間帯は6時間程度、残りは全て夜である。

 こんなに暗い冬の1日、ベルリン ☞ ハンブルク ☞ ブレーメン ☞ ハンブルク ☞ ベルリンという強行軍を自らに強いる。うひょ、恐るべき行き当たりバッタリであるが、すべて計画通りのチャート式人生よりは遥かにハッピーであることは保証する。

 ベルリン発、7時半。おそらく冷戦時代から走り続けている古めかしいコンパートメントの列車に乗りこんで、ハンブルク到着10時。都ベルリンから3時間弱、ひたすら西北に向かって走り続けたが、都の西北♡ハンブルクはまだ薄暗い。

 ハンブルクは、ドイツ第一の港町。いわゆる「商都」であって、ドイツでの位置づけは大阪みたいな感じ。中国なら上海、インドならムンバイ。ブラジルならサンパウロ。観光よりもビジネスで訪れるべき街であって、極楽トンボみたいにノホホンとやってきた今井クマ蔵には、明らかに違和感がある。
フンメル
(ハンブルクのマスコット、水汲みが仕事のハンス・フンメルおじさん)

 中央駅の駅舎には、中東からやってきたいわゆる「難民」の姿が目立つ。ファストフードの店の横に、ズラリと大家族が震えながら座り込んで、道行く人々に小銭の寄付を求めている。

 はるばる中東からトルコ ☞ ギリシャ ☞ ハンガリー ☞ オーストリアを経由、広大なドイツを南東から斜めに横断して、ついに北海の港ハンブルグに到着した。これだけの距離を踏破して、その先にまさかこんな生活が待っているなんて、想像もしなかったに違いない。

 そういう家族の脇に、ハンブルクのマスコットであるハンス・フンメルの像が立っている。HANS HUMMEL(1787~1854)は実在の人物。無愛想な人物として知られ、その職業は「水汲み」であった。

「やーい、フンメル」と子供たちにからかわれ、しかし肩からかけたバケツが重すぎて、自分をからかう子供たちを捕まえることが出来ない。満タンのバケツは約30キロ。フンメルおじさんとしては、意地悪なコドモ連に、“モース!! モース!!」と怒鳴り返すしかなかった。

「Mors」 とは、ハンブルク語で「尻」の意味。やがてこの「フンメル」vs「モース」のやり取りがハンブルクの挨拶として定着、今もなお残っているとのこと。水のバケツを担いだフンメル像が、今日もまたハンブルクの街にたくさん立っているんだそうな。

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