2016年04月05日(火)

Sat 160312 予備校界のツムジ風 孔子とゲーテ 日本食(ドイツ・クリスマス紀行14)

テーマ:ブログ
 一見マコトに落ち着いて穏やかに見える予備校の世界にも、時々激しい突風やツムジ風が吹き荒れたりするもので、昨日から今日にかけていろんな先生方から「どうしたんでしょうね?」「何が始まったんでしょうね?」というメールやら何やらをいただいた。

 さすがのワタクシにも、今回のツムジ風の詳細はちっとも分からないので、軽々にコメントすることは差し控えたいが、まあ一応この世界の長老を自認するワタクシだ。自分自身のスタンスだけでも示しておかなければならないだろう。

「みんなで新しい仕事に着手しました」
「再びイチからのスタートです」
「新鮮な気持ちでキックオフしました」
という高らかなスタート宣言を読めば、まさにいま荒海に船出した男たちの門出には、大いなる敬意を払ってエールを送るのみだ。

 ワタクシのほうは、マコトに落ち着いたものである。オデュッセイア並みの全国行脚も終わり、新学期が始まった今は「1年かけてじっくり、理想的な最高の英語教材を作成しよう」と、闘志を静かに燃やしている所。まさにメラリ&メラリの状況である。
大学
(ライプツィヒ大学。ドイツ第2の歴史を誇る。将来の留学先にどうですか?)

 人というものはいくつになっても落ち着かない生物であって、「40歳にして惑うことがない」なんてのは、孔子先生の時代だったから出来たこと。40歳になっても迷い、50歳になっても天命なんかちっとも分からない、近世&近代から現代の男たちのほとんどが同じである。

 孔子先生によれば、60歳になると他人の意見を素直に聞けるようになる。70歳になったら、自分の思う通りに行動しても道を踏み外すことがない。いやはや、さすが孔子先生のおっしゃることは素晴らしい。宮沢賢治風にゆえば、「そういう人にワタシもなりたい」である。

 そもそも孔子先生が「学に志した」のは15歳ごろのこと。それから15年、「30にして立っ」ちゃったのであって、今井君の感覚からすれば、志してから ☞ 立つまでがたった15年だなんて、ずいぶん人生を高速マスターしたもんじゃないか。

 その高速マスターぶりは、特に30歳から40歳までが際立っているのであって、たった10年のうちに「立つ」から「惑わず」まで一気に突っ走る。現代に例えるなら、30歳で就職して、40歳で迷いがなくなるというのだから、スーパー&ウルトラ高速マスターと言っていい。

 もちろんもし現代なら、「高速マスター」もここまでのハイペースとなると、周囲から消化不良を危ぶむ声も出てくるだろう。しかも、その後も超高速マスターが続くのであって、10年おきにボンと人生がワンステージが上がることにも、「何だか怪しいな♨」と首を傾げるしかない。
クリスマス市
(ライプツィヒ、大繁盛のクリスマス市)

 現実の人間たち、特に我々男子の歴史を振り返ってみるに、「ホントにそんな都合よく、前進ばかり続けている人がいるんですか?」と疑問を持たざるを得ない。

 漢文のままなら「子曰、吾十有五而志于学、三十而立、四十而不惑、五十而知天命、六十而耳順、七十而従心所欲不踰矩」。例えばこの1文を、ゲーテどんに見せたら、ゲーテどんはどんな顔をするだろう。

 ちょうどライプツィヒ滞在中だから、バッハどんに見せてもいい。メンデルスゾーンは38歳で亡くなった人だからムリであるが、ニーチェどんやシューマンどんや森鴎外どんでもいい。「あなた、40歳の時に『惑わず』なんてステージに上がってましたか?」と尋ねてみたい。

 1850年生まれのモーパッサンが「死の如く強し」を書いたのは、1889年。39歳、いよいよ翌年から「不惑」というステージに上がろうとしていた頃である。

 主人公の老画家はすでに老境に入って久しいが、十年来付きあってきた恋人がいる。恋人には夫も入れば年頃の娘もいて、まさに八方ふさがりの状況。しかし諸君、すでにピークを過ぎて久しいこのオジサマ、何と「恋人の娘」に魅了されてニッチもサッチもいかなくなってしまう。
ゲーテ
(難しい顔のゲーテどんは、クリスマス市の端っこに追いやられていた)

 いやはや、不惑のはずの40歳になって、モーパッサン先生も物凄い世界を書き続けたものだ。じゃ、あの謹厳実直なお顔のゲーテどんは? 代表作の1つ「親和力」を読んでみると、こりゃどうだ、こっちもなかなかスゴいことになっている。

 中年から中年後期に差し掛かろうとするエドゥアルトには、理性的な最愛の妻で尊敬の対象でさえあるシャルロッテがいる。ところが諸君、この男、やがて妻の姪であるオティーリエに夢中になってしまう。

 オティーリエは17歳? 18歳? まあそんなところであって、現実のモデルもいるらしい。「イェーナの書店の養女、18歳のミンナ・ヘルツリープへの秘かな愛」などということらしい。

 1749年生まれのゲーテどんは、これを執筆した段階で1809年。うぉ、60歳でござる。孔子先生の人生高速マスターなら、すでに「惑わず」「天命を知る」をとっくに過ぎて、「矩を超えず」に接近していなきゃイケナイのに、「18歳女子への秘かな愛」というイケナイ世界でウロウロなさっていた。
おにぎり
(ドイツの夜、「おにぎり」の赤ちょうちんが揺れる)

 あの難しい顔のゲーテどんでも、まあ実際にはそんなところなのだ。バッハどんだって、知らんぷりをしてるわけにもいかんだろう。みんなずいぶん道に迷ってばかりいらっしゃる。「迷い道♡くねくね」のほうが、人生のほんのの姿なんじゃないか。

 偉人&達人オンパレードのライプツィヒだって、うーん、話が「男子」「オジサマ」ということになると、惑ってばかり、天命なんか分からない。「矩」なるものも超えて超えて ☞ 超えホーダイ。人生の悩みはマコトに深いようである。

 そういうわけでゲーテどんは、ドイツ最古&最大のクリスマス市がクライマックスを迎える中、広場の片隅に追いやられ、ソーセージパンとフォイヤーツァンゲンボウレを売る屋台の裏側で、ひたすらニヤニヤ照れ隠しをするばかりであった。

 森鴎外の時代からの名残なのか、ライプツィヒには日本食のレストランも多い。ただしこれを「日本食ブーム」と名づけるのは、どうしても憚られるのである。

 例えば、旧市庁舎と聖トマス教会に挟まれた一角に発見した「ラーメンバー」の写真を見ていただきたい。看板を眺めるに、どうしても「ラメソバ」にしか見えないじゃないか。
ラメソバ
(ラメソバとは何ぞや? 諸君、これで「ラーメンバー」と読む)

「ン」と「ソ」を間違えるのもまた人間の常。我々だって、小学校低学年のころは「ン」と「ソ」「シ」と「ツ」はしょっちゅう書き間違えた。「昼体み」「休育の時間」などと同様、書き間違えの代表格である。

 しかし諸君、「ラーメン」を縦書きにしたのに「ー」のみ横書きのまま、「バー」も縦書きにして「ー」のみ横書きのまま、この間違いはどうしても外国人のものである。

 ズラリと並んだ赤ちょうちんは、その全てが「おにぎり」。諸君「赤ちょうちんにおにぎり」という事態もまた、日本では滅多にお目にかからない情景である。

 中を覗いてみるに、スカスカの店の一番奥に、不幸せそうなカップルがいる。そりゃそうだ。大繁盛のクリスマス市に出ればいくらでも美味しいものが食べられるのに、他に客のいない寂しい店で、ゴソゴソのヌルいラーメンを2人向かい合って黙ってすすっていれば、寂しさもますます増していく。

 特に不幸せそうだったのは、カノジョのほうである。「何でこんな男とクリスマスイブイブイブイブを過ごさなきゃいけないの?」と、デートに応じた自分を心の底から呪っているような仏頂面を、ライプツィヒの今井君は確かに目撃したのであった。

1E(Cd) Tuck & Patti:AS TIME GOES BY
2E(Cd) Candy Dulfer:LIVE IN AMSTERDAM
3E(Cd) Patti Austin:JUKEBOX DREAMS
4E(Cd) Richard Tee:THE BOTTOM LINE
5E(Cd) Brian Mcknight:BACK AT ONE
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