2016年04月01日(金)

Tue 160308 ライプツィヒに移動 ドイッチェ・バーン(ドイツ・クリスマス紀行10)

テーマ:ブログ
 せっかくベルリンのホテルにチェックインしたばかりなのに、ホントに申し訳ないが、12月21日の今井君は早速ライプツィヒに移動する。ただしライプツィヒには1泊だけの予定だから、大きな荷物はベルリンのホテルに置いていく。

 手荷物は、国内出張の時に持ち歩く黒い革鞄1つ。例の「予想の3倍重い鞄」、旅慣れたワタクシは、国内出張なら3日でも5日でもこの鞄1つで済ませている。ましてやたった1泊のライプツィヒだ。コイツ1つあれば完璧。マコトに頼りになる旅の相棒である。

 こういう旅の仕方をすれば、もちろんホテル代は2重にかかるのである。ベルリンのホテルの部屋を確保したまま、ライプツィヒでもホテルを取るわけだから、そりゃ仕方がない。

 たった1泊のためにスーツケースを開けたり閉じたり、ベルリンやライプツィヒの街中をゴロゴロ引っ張って歩いたり、そういう難行苦行を回避するぶん、2万円余計に払っても十分にモトは取れている。ま、「オトナ旅」ということで、諸君も許してくれたまえ。
DB
(ドイッチェ・バーン。この重厚さがカッコいいじゃないか)

 と言うわけで、黒い革鞄1つブラ下げて、クマ助はまずベルリン中央駅に向かった。もちろん最寄りのツォーロギッシャーガルテン駅から電車に乗るのである。タクシーを控えれば、ライプツィヒのホテル代ぐらいすぐに捻出できる。

 ベルリン中央駅で、ゆっくり朝メシを楽しむ。フランスパンにハムとチーズをはさんだだけのごく普通のサンドイッチであるが、ついでだから瓶のハイネケンを1本朝からグイッとやれば、「おお、こりゃいいや」であって、こんな楽しい朝食はなかなか考えられない。

 それにしても、2005年当時は存在しなかったベルリン中央駅は、マコトに壮大な建物である。ドイツ鉄道(Deutsche Bahn、通称DB)の威信をかけて建設しただけのことはある。国会議事堂至近の駅前には、Deutsche Bahnの本社ビルがこれまた偉容を誇っている。

 ま、それも当たり前だ。ドイツにしろ、フランスやイタリアにしろ、「国鉄」はまさに国家を代表するウルトラ巨大企業であって、その規模はすでに日本国民の想像を絶するものがある。
ライプチヒ駅
(ライプツィヒ中央駅に到着)

 30歳代以下の若い諸君にはピンと来ないかもしれないが、日本にもむかしむかし「日本国有鉄道」というスーパー巨大公社が存在して、国内の鉄道事業を一手に引き受けていた。フランス国鉄やイタリア国鉄と同じことである。

 1980年代末期に「分割 ☞ 民営化」という大事件があって、JR東日本・JR東海・JR西日本などに分かれちゃったけれども、元々は「国鉄」という1つの会社だったのだ。

 今や東京はシューカツ真っ盛りであり、今日4月1日は新入社員の入社式もあって、満開のサクラの下は真新しいスーツ姿の若者でいっぱいだ。彼ら&彼女らが目指す大企業の中でも、JR各社はたいへんな人気だろう。

 そりゃ「有名で大きけりゃいい」「安定していればいい」「親戚や友人に自慢できればいい」という発想なら、JR各社ほどの企業は滅多にないだろう。JR九州だって悪くない。「ななつぼし」とか、超キンキラキンの「或る列車」とか、日本中で知らぬ者は誰も存在しない。

 そういうJR各社を、北海道から九州まで全部ひっくるめて1社に統合しちゃったハイパー大企業を想像してみたまえ。それがフランス国鉄であり、ドイッチェ・バーンなのだ。
クリスマス市
(ライプツィヒのクリスマス市は、ドイツ最大&最古を誇る)

 しかも諸君、ドイツやフランスと日本とでは、国土の形が全く違う。日本は線形国家、ドイツは平面国家。日本なら北海道から九州まで新幹線で背骨ないし大動脈を作り、その背骨からたくさんの小骨を突き出せば事足りる。イワシとかサンマとか、そういう細長いおサカナ型なのである。

 ドイツやフランスの場合、そういう鉄道のあり方は許されない。線ではなくて平面なのだから、まさに「鉄道網」の名に恥ない網の目を形成しなければならない。国土にフワリとネットをかぶせるイメージだ。

 例えば日本でも、いろいろ不便な移動経路があるじゃないか。新潟から仙台に行くには、埼玉県大宮経由のV字移動。浜松から金沢へも、東京経由のV字をやるしかない。大分から鹿児島へも、小倉&博多を経由してV字移動を強いられる。

 ドイツやフランスの場合、これに該当する不便なV字移動を避けようとすれば、「背骨&小骨」ないし「大動脈&毛細血管」方式は、甚だ問題が多い。「フワリとネットをかける」というタイプの鉄道網を作り、維持し、つねに改善に努めなければならない。

 そういう状況では、かつての日本国有鉄道みたいに地域ごとにブツリ&ブツリと切断 ☞ 分社化なんてのは、かえって不合理である。「フワリとネット♡」な網の目のまま、どんなに巨大化して経営が肥大しようと、ドイッチェ・バーンはドイッチェ・バーンのままにしておくしかないだろう。
ホテル
(ライプツィヒ・ウェスティンホテルに宿泊。巨大なコンクリートに感激する)

 ベルリンからライプツィヒまで、高速鉄道ICEで70分ほどの道のりだ。ベルリン11:30発 ☞ ライプチヒ12:43着。あっという間の旅であったが、今井君の頭の中では、以上のような思考の断片があっちへビラビラ、こっちへビラビラ、マコトに慌ただしく揺れ動いたのである。

 ライプツィヒも、やっぱり10年ぶりである。しかしヨソの街の10年とはわけが違うのだ。前回2005年は「ベルリンの壁崩壊から15年目」。まだたった15年では、まだ社会主義国のカホリがプンプン、ワルシャワ条約機構の世界の匂いがムンムンだった。

 しかし今回は「壁崩壊から25年」。さすがに四半世紀も経過すれば、ホーネッカーどんの記憶も消えかけている。フルシチョフの丸いアタマのツルツル感も、&ブレジネフの太い眉毛のフサフサ感も、もうほとんど払拭できている。
トラム
(ライプツィヒのトラム。まだ四角いパンタグラフが健在だ)

 あえて言えば、駅前をゆくトラムのパンタグラフに、古色蒼然とした時代の名残が残っているかもしれない。今や日本も欧米も、パンタグラフはシングルアーム一辺倒であるが、懐かしや20世紀の四角いパンタグラフを久しぶりに目撃した。

 駅前の風景にも、ホンのちょっと社会主義国時代の面影が残る。宿泊したのは、ウェスティンホテル。この巨大な四角いコンクリート、どこかのホテルグループからが買収したものであるらしいが、その隣りには、朽ちかけた20世紀の巨大ホテル跡。目の前にも、広大な空き地が広がっている。

 おそらく東ドイツ政府のお役所跡である広大な空き地に、たくさんの冷たい水たまりが集まって、まるで沼地のような光景。東ドイツ時代がどれほど遠い記憶になっても、巨大な四角いコンクリートとそれを取り壊した跡の沼沢地が、マコトにシツコイ20世紀の名残として、こうして街の真ん中に残っているのである。

1E(Cd) Marc Antoine:MADRID
2E(Cd) Ornette Coleman:NEW YORK IS NOW!
3E(Cd) Miles Davis:THE COMPLETE BIRTH OF THE COOL
4E(Cd) Art Blakey:MOANIN’
5E(Cd) Human Soul:LOVE BELLS
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