2016年01月07日(木)

Mon 151214 桑港のチャイナタウン 坂の街を徒歩で 蘭麝のこと(速攻サンフランシスコ8)

テーマ:ブログ
 10月4日、サンフランシスコ滞在3日目のクマ助は、街の中心 ☞ Powell Streetから海岸のフィッシャーマンズワーフまで、徒歩での縦断を試みた。

 これほどアップダウンの激しい街を「縦断」ということになると、健脚が自慢のオジサマやオジーサマでも相当キツいチャレンジになる。箱根駅伝の「山の神」志望者諸君、「アップダウンだョ、全員集合」。トレーニングには絶好のルートであると言っていい。

 Powell Streetを出たのが正午すぎ。ただし今井君は「怠惰大好き」「努力はマッピラ」なタイプ。まさに受験生諸君のための反面教師であって、「最高の反面教師として生きよう」と決めてから、もう20年が経過する。

 そこで、出来るだけアップダウンのダメージを感じないで済むルートを、事前に地図をタメツ&スガメツして決めておいた。「サンフランシスコを徒歩で踏破しよう」と考えているなら、ぜひ今日と明日の記事を参考にしてくれたまえ。
チャイナタウン1
(いざ、チャイナタウンへ 1)

 おお、いよいよ憧れの「役に立つブログ」が書けそうだ。出発点は、もちろんケーブルカーの始発駅Powell Street。200メートルほど先の「ユニオンスクエア」まではケーブルカーの線路に沿って行く。このあたりのケーブルカーは、「徒歩でも追い越せる」というノロノロ運転だ。

 電車の心地よい「チン&チン、チーン!!」の響きを追い抜きながら、鼻歌でもフンフン歌いつつ、秋の爽快な快晴のモト、観光客を掻き分け&掻き分け、ひたすら坂道を下っていけばいい。

 ユニオンスクエアを過ぎたら、Sutter Streetを右に折れる。正確に3ブロック目を左に折れると、諸君、目の前に「サンフランシスコのチャイナタウン」入口の瓦屋根が見える。

 戦後6年が経過した1951年、「渡辺はま子」というオカタが歌った「桑港のチャイナタウン」という歌が大ヒットした。「桑港」と書いて「サンフランシスコ」と読む。

 あんまり大ヒットだったから、渡辺はま子は1951年の紅白歌合戦で「トリ」を務めた。近藤真彦どんの懐メロでも何とかトリはとれるが、そういうワケの分からないトリじゃなくて、「ウルトラ大ヒットしたからトリをとった」という、押しも押されもせぬトリだった。
チャイナタウン2
(いざ、チャイナタウンへ 2)

 昔のウルトラ大ヒットというのは、まさに国民的大ヒットだったのであって、「桑港のチャイナタウン」はその後も繰り返し「紅白出場」を勝ち取っている。

 記録によれば、1952年・1956年・1964年・1973年、渡辺はま子どんは、この歌一曲で紅白に出演を続けた。作詞:佐伯孝夫、作曲:佐々木俊一。その1stコーラスは以下の通りである。

  桑港のチャイナタウン 夜霧に濡れて
  夢紅く 誰を待つ 柳の小窓
  泣いている 泣いている おぼろな瞳
  花やさし 霧の街 チャイナタウンの恋の夜


「何で『桑港』で『サンフランシスコ』って読めるの?」であるが、スンマセン、そんなことは今井君の知ったこっちゃござんせん。何しろ、モスクワが莫斯科、リスボンが里斯本、ブリュッセルが比律悉だった時代のこと。あきらめるより仕方がない。それでも頑張って調べてみれば、まあ手がかりぐらいはつかめるようだ。

①「桑」が「サン」という音を示す。蛾の名前には「…サン」という末尾のものが多いが、たくさんの幼虫が桑の葉についていた名残りか。「港」はもちろん「コウ」という音声を示す。サンフランシスコの「コ」と、港の「コウ」を重ねたものか。

② 音声的に昔の日本人には「ソーホーシスコ」と聞こえた。そこで最初は「桑方西斯哥」。せっかくの港町なんだから、末尾に「港」の文字をくっつけて「桑方西斯哥港」。でもこれじゃ長過ぎるので、真ん中の文字をみんな省略して「桑港」になった。
チャイナタウン3
(唐人街)

 日本人の省略好きは今に始まったことじゃないのである。省略好きは、関西のヒトビト、特に大阪に顕著。「梅田新道」はメンドーだから「梅新」。「上本町6丁目」はメンドーだから「上六」。バスの行き先表示も「梅新」「上六」で済ませ、それで分からないヤツは「田舎モンやで」ということになる。

「近畿ダイジェスト」「関西ニュース」の趣きの濃い「ヤフーニュース」の見出しなんかになると、もちろん文字数の関係もあるんだろうが、今や「省略形のアラシ」、「省アラ」な世界である。

「クレヨンしんちゃん」は「クレしん」、「ノーヒットノーラン」は「ノーノー」、ヘッドスライディングは「ヘッスラ」。「花子とアン」は「花アン」、「アナと雪の女王」は「アナ雪」。いやはや、せっかち極まりない。

 この勢いなら、サンフランシスコが「桑方西斯哥港」から「桑港」への中抜きは、もう自明の理である。誰もちっとも疑うことなく、サンフランシスコを「桑港」と記憶したのである。
ストリートカー
(Fラインを中心に活躍する20世紀の路面電車。クマ助は完全に夢中になってしまった。詳細は、明後日)

 ヒットした1951年は、まさにサンフランシスコ講和会議の年であって、調印が9月8日。世界から除け者にされていたひとりぼっちの日本を、ホッカホカに熱くあたたかく国際社会に復帰させてくれた桑港を、当時の日本のヒトビトは夢見るように歌い上げたのである。2ndコーラスと3rdコーラスは、以下の通り。

  桑港のチャイナタウン ランタン燃えて
  泪顔 ほつれ髪 翡翠の籠よ
  忘らりょか忘らりょか 蘭麝のかおり
  君やさし 夢の街 チャイナタウンの恋の夜

  桑港のチャイナタウン 黄金門湾の
  君と見る 白い船 旅路は遠い
  懐かしや懐かしや 故郷の夢よ
  月やさし 丘の街 チャイナタウンの恋の夜


 どうだね、諸君。「温故知新」の大切さを痛感するじゃないか。何なんだ「泪顔、ほつれ髪」ってのは。「蘭麝の香り」って、そもそも「蘭麝ってどう読むの?」であるが、これで「らんじゃ」。蘭の花と、麝香(じゃこう)のカホリのことである。
ランタン
(チャイナタウン。ランタンが揺れる)

 しかし今度は「麝香とは、何ぞや?」と来ちゃうね。何しろ「真田丸」という文字を見て「シンデンマルとは何ぞや?」「ゴロウマルの発展形かい?」という世の中だ。油断は禁物である。

「ジャコウネコ」なんてのも存在する。ネコだけれども、タヌキやイタチに似た体形。長い鼻づらで,小動物や果実を食す。アフリカ・ユーラシアの森林に住み,尾のつけ根に麝香腺をもつ。「霊猫」とも言う。

 ゴーリキー「幼年時代」にもジャコウネコが登場。可哀そうなことに何と「臭猫」と訳されてしまっている。ほめれば麝香、ケナせば「臭猫」。性器の周辺から分泌される液が、かつて香水や制汗剤、あるいは催淫剤として用いられた。

 いやはや、なかなか勉強になるブログじゃないか。しかしとにかく「桑港のチャイナタウン」では、かつて蘭と麝香のカホリが漂い、このカホリ、「忘れられるだろうか、いや、決して忘れられない」ほどの強烈さで旅人の記憶に残ったのである。

 「花やさし」「君やさし」「月やさし」であり、「霧の街」「夢の街」「丘の街」であって、こうしてキレイに韻を踏みながら、昔の日本人はマコトに見事に桑港=サンフランシスコの風景と人情を描写しきったのである。

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