2015年10月25日(日)

Thu 151001 もう号泣は終わり 徳島の大盛況 さあ、音読だ(なでしこ ラストデイズ 5)

テーマ:ブログ
 さて、そろそろいい加減にショックから立ち直らなきゃ、「オマエはアホか?」と言われかねない。信じがたいが、この世の中はどうやらそういうふうに冷淡に出来ている。

 その点で21世紀の日本は、19世紀や20世紀よりは少しはマシになったのだ。ホンの20年前ならば、「たかがネコ一匹のことで」というコトバがごく普通にマスメディアに載った。

 あんなに知性を気取っている朝日新聞の読書欄で、ホンの数年前に内田百閒「ノラや」が取り上げられたことがあった。「たかがネコ1匹のことで」という発言なりツブヤキなりが、次から次へと寄せられるのを読みながら、「ならばもう2度と新聞なんか読んでやるものか」と決意したものである。

 クマ助には、そのぐらいねこが大切なのである。ねこ1匹の失踪なり急死なりを心の底から嘆いて、2ヶ月も3ヶ月も「ゴハンもノドを通らない」というほど悲しめる人間でなければ、ホントの愛情とか平和を語ることは出来ないと心の底から思うのである。
新刊書
(新刊書「さあ、音読だ」は、「東進新書」の1冊。あくまで「新書」だから、学習参考書ではなくて、オトナの本のコーナーに置かれているらしい)

 しかし諸君、さすがのクマ助も「限度」というものをわきまえなければならない。なでしこの通夜とお葬式を終え、涙ももうこれ以上出ないぐらい流し尽くして、そういう中で徳島 ☞ 静岡とハードな仕事をこなしていけば、ごく自然に「熱い涙も涸れ果てた」という状況になるものである。

 どんな火山だって、たまった熱いマグマが噴出しきってしまえば、やがてしばらく活動を休止する。いやはや、さすがに熱く燃えるクマ助も、静岡から帰った昨夜20時、「このまま号泣を続けたら、きっと自分の命に関わるな」と実感するほど、肉体の底の底から疲労しきっていた。

 というのは諸君、「もうこれ以上前進できない」という状況だったのである。「悲しみのせいで、食欲がない」「吐き気がする」「お酒もちっともおいしくない」「会話が弾まない」など、それはまあ何とか理解できる。

 しかしその状況がもう少し進むと、「階段が昇れない」「坂道を登れない」「人前に立ってもロレツが回らない」「話すべきことを思いつかない」「呼吸することに意味を感じない」というレベルに達する。

「そんな無益なことをしているより、なでしこのことを思っていたい」とまで思い詰めるのである。そして諸君、信じがたいかもしれないが、とうとう今井君は「前進できない」「足を一歩前に踏み出すことに困難を感じる」というところまで追いつめられた。

 しかしそんな状況は、もちろんなでしこの望むところではないだろう。死の直前、なでしこが最後の痙攣の中で下アゴを力なく5回上下させたのは、「クマさん、私のぶんまで頑張って生きてください」ということではなかったのか。
読書ななでしこ
(なでしこなら、こんな熱心な表情で読んでくれるだろう)

 そういう深い脱力感の中で、なでしこのお葬式の直後にオウチに届けられた今井君の新刊書が、あまりにも悲しかった。なでしこに、これを見せてあげたかった。だって諸君、なでしこがクマ助の新刊書を見たのは、2008年秋の「英文法教室」上下巻が最後だったのである。

 徳島に旅立つ前に、なでしこの写真と骨壺の前に新刊書「さあ、音読だ」をお供えし、なでしこに「これが最後の号泣だからな♨」と熱く誓った。もうこれ以上、めそめそ涙を流すのはヤメにする。

 最後にこみあげる号泣は、「ごめんな、オレがふがいなくて」という一点に尽きる。もし自分が有名な作家であれば、なでしこの悲しい死は、あっという間に日本中の話題になり、日本中のネコファンの感涙を誘発していたはずなのだ。

 いや、その涙は世界中に広がって、内田百閒の「ノラ」同様、日本文学に「なでしこ」の名が永遠に残り、たった体重2.8kg、「なでしこ」という名の小さなネコが存在したことは、世界の人々の記憶に残ったことだろう。

 しかし残念なことにクマ助は、信じがたいほどのふがいない怠け者であって、優しいなでしこの生涯をちっとも世の中の人々に知ってもらえない。死の直後に届いた新刊書だって、会心の出来ばえではあるけれども、なでしこのことを知ってもらうのには、完全に無力である。
平たいなでしこ
(平たいなでしこ)

 こうして諸君、クマ助は届けられた新刊書の束を数冊、ワッシと右手につかんだまま、またまた号泣が止まらない。「さあ、音読だ」と言ったって、なでしこはもう音読どころではないじゃないか。オレがこんなにふがいないから、なでしこのあんなに優しい生涯を、ちっとも世の中に伝えられなかったじゃないか。

 こうして男泣きに男泣きを続けながら、10月23日、四国・徳島の公開授業に臨むことになった。四国の宿泊は、JR四国が経営する「ホテルクレメント」。徳島でも高松でも必ずこの系列ホテルであって、東進に移籍して10年半が経過、徳島はすでに8回目の宿泊である。

 部屋から見下ろすと、ちょうどJRの車両基地。むかし懐かしいディーゼル車両がズラリと並んで出番を待ち受けている。普段なら心が沸き立つ光景であるが、もう今井君は病気の一歩手前であって、昼メシも晩メシも「何にも食べたくない」というテイタラクである。
徳島
(徳島の大盛況)

 徳島での公開授業は135名が出席。クマ助独得の大爆笑の連続を待ち受けて、会場は最初から熱気にムンムン沸き立つようである。まさかこんな熱気の真ん中で、「ねこのなでしこが死んじゃったんで」とシンミリするわけにもいかない。

 これから2020年に向かって、日本の英語教育は大きな変貌を遂げるらしい。高校生や受験生にとっては、英語学習の負担が今よりグッと大きく重くなりそうだ。

「数学とか国語とか、他の科目を勉強するヒマがないよ」
「英語の負担が重たくて、医学部に行けそうにないよ」
という生徒も増えるかもしれない。

 だから今井君の今の仕事は、そういう不安を解消してあげることである。
「何が起ころうと、心配はいらない」
「どんなに英語がキツくなっても、大切なのは基礎基本」
「基礎基本の充実にさえ心を配っていれば、どんな制度変更が起こっても大丈夫」
そんなふうに説き聞かせると、切羽詰まっていた生徒諸君の表情も、どんどん明るく陽気に変わっていく。
さあ、音読だ
(新刊書をワッシとつかむ)

 新刊書「さあ、音読だ」で熱く語っているのも、同様のことである。大きく制度が変更になると、受験の世界にはいろいろなヒトが入り込んで、熱心な営業活動に励む。

「他の人と同じことをやっていてはダメなんです」
「ボクだけが知ってます」
「ワタシだけが正しいんです」
「ボクは英語の神様なんだ」
そんなコトバが受験の世界を乱舞して、諸君を混乱させるかもしれない。

 しかし諸君、大切なのはどこまでも基礎基本。何が起ころうと、基礎体力をキチンと鍛えているヒトは大丈夫なのだ。最後の最後まで諸君を支えてくれるのは、基礎&基本の徹底である。

 要するに、単語をチャンと覚えて、文法の力を徹底的に鍛えて、後は日々怠けることなくひたすら音読の訓練。そのための正しい音読の方法を、新刊「さあ、音読だ」で熱く述べてみた。諸君、ぜひ楽しく読んでくれたまえ。

1E(Cd) Gergiev & Kirov:RACHMANINOV/SYMPHONY No.2
2E(Cd) Ashkenazy:RACHMANINOV/PIANO CONCERTOS 1-4 1/2
3E(Cd) Ashkenazy:RACHMANINOV/PIANO CONCERTOS 1-4 2/2
4E(Cd) The State Moscow Chamber Choir:RACHMANINOV/VESPERS op.37
5E(Cd) Brendel(p) Previn & Wiener:MOUSSORGSKY/PICTURES AT AN EXHIBITION
total m5 y1726 d17037
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