2015年10月23日(金)

Tue 150929 お葬式 なでしこ忌 リュックと麦わら帽子(なでしこ ラストデイズ 3)

テーマ:ブログ
 こんなふうに長いお通夜をなでしこと語り明かして(スミマセン、昨日の続きです)、12年10ヶ月にわたる彼女の素晴らしい生涯を讃えた。涙はますます熱く流れてどうしても止まらないが、昼過ぎからはお葬式が待っている。

 無理やり涙を止め、右の袖と左の袖でかわるがわる涙をゴシゴシ拭ってでも、どうしてもお葬式の場に向かわなければならない。一番近い葬儀場は世田谷の祖師ケ谷大蔵だが、どうも土地勘がない。甲州街道を一路西の方角に向かって、調布の深大寺で葬儀をあげることにした。

 亡くなったのが秋でよかった。これが梅雨時とか夏の真っ盛りなら、ねこの遺骸がどんどん傷んで悪臭を放ちかねない。「カラマゾフの兄弟」前半のクライマックスだって、聖人と呼ばれたゾシマ長老の遺体が激しい腐臭を放つ場面である。

 大きめの段ボール箱になでしこの遺骸を横たえ、菊やケイトウなどキレイな花をたくさん飾り、知人が号泣しながら持参してくれた白いガーベラの花束も添えて、ついにクルマは動き出す。動かないなでしこのカラダが、クルマの振動にあわせてユラユラ揺れ、姉のニャゴロワが例のソプラノで別れの叫びを送った。
なで1
(優しかったなでしこ。旅立ってしまった 1)

 昨日の1枚目の写真を見てくれたまえ。なでしことニャゴロワが並んで座って、2人でヒッソリ別れのコトバを交わしているようじゃないか。「アンタ、もう行くの?」とニャゴが寂しげに尋ね、なでしこは「うん」と短く頷いている。

 クルマはぐんぐんスピードをあげて、真っ直ぐに甲州街道を行く。渋滞さえ起こらない。秋真っ盛りの深大寺までホンの30分、広い境内では多くの観光客が散策中。このクルマの中に、12年10ヶ月を懸命に生きた小さなねこが横たわっていることなんか、もちろん誰も気づかない。

 葬儀は、マコトに質素である。祭壇に花をたくさん飾って、遺骸にむかって最後のお別れをし、その後はすぐに火葬に付すのである。大きな目を固く閉じ、まだ食いしばった歯には死の直前の苦悶が漂うが、キジトラの毛皮を撫でてみると、生前と全く変わらない滑らかさを保っている。

 ヒゲを引っ張ったり、耳をたたんでみたり、懐かしいイタズラをいろいろやってみても、もちろんなでしこは目を覚まさない。

 まるでまだ生きているようであるが、傷まないようにずっと保冷剤で冷やしてあげていたから、秋の風の中でもヒンヤリ冷たい手触りである。こんなに滑らかな手触りだが、可哀そうに、ホントに可哀そうに、ツラかったろう、苦しかっただろう、なでしこはもうすっかり冷えきって、黙って別れを告げている。
なで2
(優しかったなでしこ。旅立ってしまった 2)

 むかしむかしのねこたちには、こんなお通夜もお葬式もしてもらえなかった。死ねば、パパかオジーチャンが庭の片隅に深い穴を掘って、その死体をサッサと埋めてしまった。

 ねこと一緒に大きくなったマゴたちは、その場ではどんなに泣き叫んでも、翌日にはもうケロッと全てを忘れて、庭の隅の土まんじゅうが何だったか、やがて思い出す者もいなくなってしまった。

「ミケのはか」とか「クロの墓」とか、ママやバーチャンが土まんじゅうの前に立ててくれた粗末な木の札も、3年も経過すれば朽ち果てて、ミケもクロもシロもブチも、みんな忘却の彼方に消えた。

 こんなに丁寧な通夜やお葬式をしてもらえるなんて、優しいなでしこはそれだけでも感謝して「ありがとうございました」「楽しい12年10ヶ月でした」と、和やかに挨拶してくれるようである。火葬の熱い釜にねこの小さな棺が滑り込んでいく様子を見ながら、固くコブシを握りしめるしかなかった。

 こうして諸君、10月20日は「なでしこ忌」になった。もちろん誰もそんなことを覚えていてはくれないだろうが、来年のカレンダーをもうすぐ手に入れたら、真っ先にしなきゃいけないのは、10月20日の欄に「なでしこ忌」と大きな字で書き込むことである。
なで3
(なでしこのシマシマしっぽ。短いが、手触りのいいしっぽであった)

 1時間後、火葬が終わって、なでしこが出てきた。最期は驚くほど小さなねこであって、13歳の誕生日の目前、痩せ衰えた身体は2.8kg。一番大きかった頃は3.5kgを超えて、「このねこちゃんとしては、太り過ぎかもしれませんね」と獣医さんに笑われたこともあったが、3年半の闘病ですっかり小さく縮んでしまった。

 だから、火葬のあとの骨もまた、悲しくなるほどコジンマリと固まっていた。頭、背骨、2本の腕と2本の脚、それが確認できる程度で、係の人が1列に並べてくれた短いシッポの骨も、「これでよく12年以上頑張ったな」というかぼそい骨であった。

 白い小さな骨壺に収まって、15時、なでしこはオウチに帰ってきた。「帰ってきたね」と言った。昨日の昼過ぎ、獣医師のモトから帰ってきた時も、やっぱり「帰ってきたね」と言って泣いたのである。

 同じ「帰ってきたね」であっても、昨日は命の瀬戸際で、懐かしいオウチの匂いをかぎ、オウチの静けさの中でたっぷり呼吸して、最期の数時間を心ゆくまで味わってほしい、そういう必死の思いであった。

 あれから27時間。今日の「帰ってきたね」は、全てがまるきり違うのである。キレイな白い布に包んでもらった骨壺を西側の壁の前に安置して、花を飾り、ねこの置物をいくつか並べ、1冊だけ届いていた今井君の新刊見本をお供えして、なでしこの短い生涯を讃えた。
お葬式が終わった
(お葬式が終わって、再びオウチに帰ってきた)

 しかしそうやっていくら「帰ってきたね」を演出しても、なでしこがはるか遠くへ旅立ってしまったことは、こうして白い骨を拾ってきた以上、もう間違いのない事実である。正しくは「帰ってきたね」ではなく「出かけてしまったね」であって、その寂寥感にはマコトに索漠と苦しいものがある。

 こうしてなでしこは、永遠に旅立ってしまったのである。幼稚な想像で申し訳ないが、なでしこの小さなカラダにふさわしいリュックを背負い、麦わら帽子をかぶって、「行ってきます」と手を振って、元気に出かけてしまった。

 リュックは、ねこ用のリュックの中でも一番小さいリュック。麦わら帽子に2つ穴をあけて、その穴から出した三角の耳を2つともピンと立て、寂しげに見送るニャゴ姉さんにも「大丈夫だから」とチャンと言い聞かせて、気丈に笑いながら夕空の彼方に去ってしまった。
本が届いた
(待ちわびた新刊書が10冊届いた。なでしこのお葬式には間に合わなかった)

 どうもクマ助は、なでしこが右手に虫取り網を握っていたような気がしてならない。夏休み初日の元気な男の子のように、もちろんなでしこは女の子だったけれども、虫取り網にリュックと麦わら帽子がよく似合うように思うのである。

 そして天国に着く前に、世界中を寄り道して歩くんじゃないか。「クマどんの大好きなマルセイユやアテネや、リスボンやイスタンブールに寄り道して、世界中のねこたちに挨拶していきます」。なでしこは小柄でおとなしいねこだったけれども、そういうお茶目なところもコッソリ隠し持っていたのを、クマ助は実はしっかり知っている。

「なでしこのお葬式に間に合えばいいが」と熱望していた今井君7年ぶりの新刊書が届いたのは、その翌日のことであった。往々にしてこういうものは、「間に合えばいいが」といくら熱望しても決して間に合わないものである。「ゆっくり眠ってください」というコトバを添え、なでしこの写真の前に供えるのがやっとであった。

1E(Cd) Blomstedt & Staatskapelle Dresden:BRUCKNER/SYMPHONY No.7
2E(Cd) Wand & Berliner:BRUCKNER/SYMPHONY No.8 1/2
3E(Cd) Wand & Berliner:BRUCKNER/SYMPHONY No.8 2/2
4E(Cd) Wand & Berliner:BRUCKNER/SYMPHONY No.9
5E(Cd) Ricci:TCHAIKOVSKY/VIONLIN CONCERTO・PAGANINI/CAPRICES
total m146 y1576 d16887
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