2015年09月29日(火)

Sat 150905 16番目の月 イフ島へ もしもじま物語 黒イヌ君(また夏マルセイユ12)

テーマ:ブログ
 ヒトというものはマコトに移り気なもので、昨日あんなに大騒ぎしていたと思えば、今日はもうすっかり忘れてしまい、「そんなことあったっけ?」と平気な顔でニタニタ笑って、もうそれで全て終わりである。

 一昨日の今ごろは「中秋の名月」、昨夜の今ごろは「スーパームーン」、日本国中みんなお空を見上げて、「でっけー♨」「まん丸だ」「マルッとしてるね♡」と大騒ぎだったのに、今夜のお月さまを見上げて歓声をあげる日本人は、いったい何人いるだろうか。

 奥ゆかしさの喪失を如実に示すのは、どうやらそのあたりなのである。旬を過ぎれば、もう誰も顧みない。旬を過ぎてちょっと熟しすぎた頃こそ、果物でも俳優でも、芸人でもシンガーでも、間違いなく魅力の最も高まる瞬間なのに、メディアはもうすっかり見捨てて顧みることがない。

 16日の月はますます赤く熟して、そのちょっと擦り減った楕円形がますます美しいと思うのだが、テレビではもう全く取り上げてもらえない。40年近い大昔、確かまだ「荒井由実」だった時代の松任谷由実が「14番目の月」という曲をヒットさせた。

 彼女が歌うところによると「次の夜からは欠ける満月より、14番目の月がいちばん好き」なのである。「ピークの一瞬前が一番美しいので、ピークはもうツマラナイ、ピーク過ぎなんてもっとイヤ」とおっしゃるのであるが、おお、まさにバブルに向かう直前の日本を象徴する曲であった。
バロンデゾフ
(イフ島行きの船から「バロン・デ・ゾフ」を望む。ブイヤベースの有名店「フォンフォン」や、ピザの名店「シェ・ジャノー」のあるあたりである)

 しかし諸君、16番目の月の美しさを、ぜひこの瞬間お外に出て確認してほしいのである。ピークを過ぎて、少し寂しそうなお月さま。その美しさを愛でる余裕のないヒトに、ワビ&サビを理解するココロはないはずである。

 日本という国は、おそらく今や16番目の月であり17番目の月であって、難しい評論家の皆さまは「いや甘い、もう20番目か23番目。見る影もない下弦の月だ」と笑うかもしれないが、20番目のお月さまとして今もなお世界を少しでも明るくすることに貢献しているのである。

 しかも諸君、やがて三日月の正反対の「二十六夜の月」になって、鎌の刃みたいに細く欠けちゃうのかもしれないけれども、その後は真っ暗な新月になってお空に浮かび、ついに輝かしく再生を遂げるわけである。

 若い諸君はその日を夢見て、少しだけ勉強の手を緩めて16番目の月を眺めにお散歩に出てみたまえ。宇宙の本質は「限りなく再生を繰り返すこと」であって、その中で生活する我々は常に再生を信じていればいい。

 目の前の成功や失敗に一喜一憂する必要は皆無。小さなことで浮き足立つ必然性は一切ないのだ。欠けはじめてなおマルッと余裕でお空に浮かび、あんなに見事な光を放ちつづけるお月さまがお手本。何だか「甘露」というコトバにピッタリの甘いシロップでも滴らせているみたいじゃないか。
港風景
(イフ島に向かって、お船はマルセイユを出航する)

 今からちょうど1ヶ月前、8月30日のマルセイユも、大きな満月に照らされていた。ビックリするほど大きな満月が、丘の上のノートルダム大聖堂の上空にマルッと浮かび、大きなマリアさまの像が月の光にキラキラ光っていた。

 その同じお月さまが、マルセイユの沖合3kmに浮かぶ孤島=イフ島をも照らしていたはずである。「イフ」はもちろんフランス語であって、英語の「if」とは無関係だが、ベテラン英語講師☞クマ助は英語にちなんでイフ島を「もしもじま」と呼ぶことにしよう。

「もしもじま」は、17世紀から19世紀にかけて、フランス屈指の監獄として機能していた暗黒の島である。もしもじまをテーマにしたウルトラ長編小説「モンテ・クリスト伯」は、岩波文庫で7巻もある。

 作者のアレクサンドル・デュマもたいへんなヒトだが、これを訳した山内義雄というヒトもまた物凄い忍耐力であって、他人の書いた文章を自分のコトバに直しながら1冊平均350ページ×7冊=2450ページ。フランス人作家とのこの格闘は、忍耐力のカケラもないクマ助の想像を絶するものである。
モンテクリスト伯
(大昔の岩波文庫「モンテクリスト伯」全7巻)

 今井君がこの岩波文庫を購入したのは、昭和50年のこと。秋田駅前・加賀谷書店でまとめ買いをしたけれども、こんなにたくさんの本を一気に購入するコドモは滅多にいないから、本屋のレジのオバサマが「ホントにこんなに読むんだべか?」と独り言を言ったものだった。

 主人公の名は「エドモン・ダンテス」。無実の罪で「もしもじま」の監獄に送られる。島で長い苦難の年月を過ごし、失敗につぐ失敗の後、ついに脱獄に成功。巨万の富を手にして「モンテ・クリスト伯」を名乗り、かつて自分を陥れた者たちの前に現れて復讐を果たす。

 19世紀中頃、日本がいよいよ幕末を迎えようとしていた時代、フランスの大手新聞に連載された小説である。明治時代、「黒岩涙香(るいこう)」というヒトが「巌窟王」の題名で翻案、人名や船の名前を日本風に変えて発表した。

 そこでは何と諸君、エドモン・ダンテスは「團 友太郎」という恐るべきお名前になっちゃっている。舞台のイフ島がもしも「もしもじま」になってたら、そりゃなかなか可愛らしかっただろうが、やっぱり「もしもじま」では、デュマ独特のおどろおどろしいストーリーが台無しなのかもしれない。
第7巻
(モンテクリスト伯・第7巻。大長編の最終巻まで読み切ったヒトが、いったい日本に何人いるだろうか)

 そこで諸君、8月31日のクマ助は、前夜の大きな準スーパームーンを眺めて居抱いた感激を胸に、マルセイユ沖に今も浮かんでいる「もしもじま」、正式名称・イフ島を訪ねることに決めた。

 18世紀&19世紀の「もしもじま」は、政治犯を中心に重罪の囚人を幽閉する監獄島であった。パリコミューンの中心人物たちも、やっぱりこの島の監獄に送られている。

 マルセイユからイフ島を眺めても、逆にイフ島からマルセイユを眺めても、「泳いでも十分に渡れるんじゃないか」と感じさせるほどの近さであって、手に取れるようなその近さこそ、心理的な拷問になっていたんじゃないかと思うほどである。

 朝10時にお部屋を出て船着き場に向かう。明日からは9月であって、プロバンスのバカンスはそろそろ終わりかけている。港を吹く風はもうすっかり秋であって、人々は都会に帰りはじめ、船を待つヒトの列も短くなってきた。
黒イヌ君
(冷たい日陰の石にへたり込む黒イヌ君)

 しかし諸君、降り注ぐ陽光はまだ真夏のものであって、岩と石で出来た地面はカッカと熱く焼けている。イヌとかネコとか、4本の足でペタペタ歩くケモノにとって、この熱く焼けた地面ほどツラいものはないらしい。

 ニャゴロワみたいに純白のヤツなら、熱もみんな反射するからまだいいのだ。可哀そうなのは、真っ黒いネコやイヌ。昨日レスタックの丘の上で出会った黒ネコなんか、太陽の熱を残らず吸収して、真夏のホッカイロみたいにアツアツに煮詰まっていた。

 この日も、もしもじま行きの船の列に並んだクマ助の目の前に、向こうから真っ黒なイヌ君がいかにもツラそうな足取りでやってきた。夏の日盛りに黒いセーターを着込んで歩いているようなものである。赤い舌を長くベロンと出して、「私はツラいんです」と話しかけてきた。

 その黒イヌ君が、いきなりベタリとクマ助の足許に寝転んだのにはビックリしたが、諸君、写真を見直してくれたまえ、クマ助の足許は日陰。日光は全く当たっていない。

「うげ、冷てえ」「うげ、キモチイイ♡」と叫んだ黒いイヌ君は、クマが胸からお腹を氷で冷やすのと同じ要領で、出来るだけ広い面積が冷えるように、いつまでもいつまでも腹這いの姿勢を変えようとしないのだった。

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2E(Cd) Eschenbach:MOZART/DIE KLAVIERSONATEN 3/5
3E(Cd) Eschenbach:MOZART/DIE KLAVIERSONATEN 4/5
4E(Cd) Eschenbach:MOZART/DIE KLAVIERSONATEN 5/5
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