2015年09月27日(日)

Thu 150903 レスタックのランチ シャポーな妹 ポシャるの語源(また夏マルセイユ11)

テーマ:ブログ
 レスタックの高台まで大汗をかいて登り、同じく大汗をかいて海辺まで戻ってくれば、ごく当たり前のようにノドが渇き、ノドが渇けばもちろん求めるのはビア&ワインである。

 初日のオランジュではまだ遠慮があったが、2日目からはもう遠慮というものを一切合財捨て去って、「飲みたいだけ飲む」というクマ助独特の世界を開始しようと思う。

 そうは思っても、普段なら店を選ぶのに苦労したりするのである。今井君は小学生時代からマコトに引っ込み思案な人間であって、積極的に店を選択し、厚かましい笑顔で店にズンズン入っていくのは苦手なのである。

 これがイタリアだとたいへん気楽なので、ウェイターやご主人が心の底はどうあれとにかく満面の笑顔、メニュー片手に「どうぞ&どうぞ」と誘ってくれる。見せかけだろうと何だろうと、そうやって熱心な笑顔で誘われれば、内気なクマでも楽にテーブルにつくことができる。
ムール
(8月30日、レスタックのランチはムールのワイン蒸しにした)

 ところが諸君、同じ地中海岸でも一歩フランスに入ると、こちらからアプローチしない限り「どうぞ&どうぞ」とは言ってくれない。ウェイターと目が合っても、視線と視線の微妙な衝突が2回か3回あって、あとは沈黙のままお互いに目を伏せるだけである。

 そうやって微妙な視線のやり取りが繰り返されたあげく、双方で気恥ずかしくなって、それで終わりである。なかなか店が決まらないまま、30分も1時間も迷いに迷って、やっと決心して入った店が一番ツマラン店であることも多い。

 しかしこの日のレスタックみたいに、「選択肢がほとんどない」ということになれば、迷いも気恥ずかしさも一切ないので、こりゃクマ助でもカンタンに店が決まる。

 レスタックの海岸には3軒しかレストランがなくて、そのうちの1軒はファストフードに毛が生えた程度。もう1軒はテーブルと椅子が激しいムラサキ色だからイヤ。すると必然的に「La Plage」という何の変哲もない店に決まってしまう。これで「ラ プラージュ」と読む。
プラージュ
(レスタック、「La Plage」風景)

 「La Plage」とは、フランス語で「海岸」「浜辺」の意。おお、ネーミングまで含めて、一切の工夫を放棄している。国道沿いだから「道」、岩の海岸だから「磯」。富士山が見えるから「富士」、ユカリさんがやっているから「ゆかり」。要するにそういうのと同じである。

 3軒しかないから、変哲のかけらもない「海辺」でもほぼ満員の盛況であって、確かに時計は13時、レスタックの地元の人々がワンサと詰めかけていた。3人のウェイトレスをからかいつつ、地元のオジサマたちがくつろいでランチを楽しんでいる。

 レスタックは、観光地ではない。海岸の3軒も地元のヒトが中心。レストラン以外は、パン屋、魚屋、肉屋、八百屋、郵便局が並んで、サザエさんやちびまる子ちゃんの町と、ほとんど同じ光景である。

 長い行列が出来ていたのは、パン屋さん。今日はサービスデーであって、バゲット3本買えば1本オマケでついてくる。熱い陽光に輝く海辺の道を、嬉しそうにバゲットを4本かかえた人々が闊歩しているのだった。
橋が並ぶ
(レスタック海岸。鉄道のキレイな橋が並んでいる)

 クマ助が注文したのは、ビアとロゼワインと、ムール貝のワイン蒸しをひと鍋。2年半前の冬、ベルギーのブリュッセルに2週間滞在したとき、「13日間連続でムールを食べ続けた」というマコトにバカげた記録の持ち主だ。ひと鍋まるまるポンポンに入れるのに、15分もかからない。

 夏の盛りに熱いムール貝もおかしな話だが、冷たいビールとロゼワインがあれば、ちょっとぐらい熱くてもちっともかまわない。「La Plage」の禁煙席に収まって、1時間も地元のオジサマたちをキョロキョロ眺めて過ごした。

 帰りも、やっぱりレスタックの港からブルーブラックの地中海を楽しんで行く。「電車で帰る」という選択肢はあっても、厚塗りの落書きで窓ガラスも塗りつぶされているような電車では、ブルーブラックも何もあったものではない。

 そんなアリサマでは「コートブルー線」という美しい愛称も悲しい気がするが、もう諦めているのか、落書きをキレイにするという発想は全くないらしい。この10年でマルセイユの街は見違えるほど美しくなったけれども、電車の周辺だけは話が別なのである。
船は行くよ
(船の舳先にはフランス国旗。トリコロールが海に映える)

 お船で出会ったのが、中年のパパと中1ぐらいの息子、小学2年か3年の妹の3人連れである。お兄ちゃんは妹にゾッコンというかデレデレというか、とにかく妹が可愛くてたまらない。おそらく中東系移民の家族だが、パパまで含め、家族を牛耳っているのはこの幼い妹である。

 乳歯から永久歯に生えかわる年頃で、妹はいまちょうど上の前歯が4本とも抜けている。ニッコリ笑うと当然「前歯のない笑顔」という世界なのだが、そこがお兄ちゃんはまたたまらない。

 いやはや、これで妹に彼氏でも出来たら、どれほど落ち込んじゃうか心配になるほどである。その妹の麦わら帽子がマコトにキレイなピンクであって、妹本人もボーシがヤケに気に入っている様子である。

 というか、「ピンクのボーシをかぶった自分」が大好きらしく、こちらはこちらですでに立派なナルシスト。風に帽子が飛ばされそうになるたびに「Mon Chapeau!!」「モン シャポー!!」と黄色い声で兄に助けを求める。「女の魅力全開」という怪しい小学生であって、いやはや、なかなか困った世界であった。

 シャポー&シャポーと騒ぐ声を聞くうちに、何故かクマ助もシャポー&シャポーと発音したくなって、『聞き流すだけ』の語学学習も決して捨てたものではないようである。
巨大フェリー
(アルジェリアの巨大客船。マルセイユには毎日こんなデカいのがやってくる)

 なお、昭和から続く日本語の動詞に「ポシャる」というのがあるのをご存知だろう。ポシャらず・ポシャりたり・ポシャる・ポシャる時・ポシャれども・ポシャれ。古文ならラ行4段活用、現代語なら5段活用であって、「ポシャった」はその促音便。「おまえ、そんな調子じゃ間違いなくポシャるぞ」みたいに使用する。

 この「ポシャる」の語源がフランス語の帽子=シャポーなのである。昔の日本ではシャポーをシャッポと発音し、日常会話でも普通に使っていた。昭和までの日本は、外来語も英語だけじゃなくてドイツ語・フランス語・ロシア語と多彩、外来語の世界もたいへん豊かだった。

「これ、昨日買ったシャッポなんだ」
「なかなかいいシャッポじゃないか」
「こんどの逢引に、このシャッポで行こうと思ってね」
「田中、オマエもスミにおけないヤツだな」
こんなクダランな会話に花が咲いたのである。

 失敗したり、負けを認めたり、「降参です」とアタマを下げることを、「シャッポを脱ぐ」と表現した。本来の日本語でも「脱帽」「兜を脱ぐ」というじゃないか。そこで失敗・敗北を「シャッポを脱ぐ」で表現するようになった

 あとは「シャ」と「ポ」を逆さにして、「ポシャる」。ハワイを「ワイハー」、「銀座」を「ザギン」、「六本木」を「ギロッポン」。下卑た例で申し訳ないが、まあそんな流れで「負ける」☞「シャッポを脱ぐ」☞「ポシャる」と発展してきたわけである。

1E(Cd) Solti & Chicago:BRAHMS/SYMPHONY No.3
2E(Cd) Jochum:MOZART/THE CORONATION MASS
3E(Cd) Luther Vandross:THIS IS CHRISTMAS
4E(Cd) Menuhin:HÄNDEL/WASSERMUSIK
5E(Cd) Menuhin:HÄNDEL/WASSERMUSIK
total m15 y1446 d167357
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