2015年09月15日(火)

Sat 150822 またまた天変地異か 楽しい飲み会 パニエ地区(また夏マルセイユ3)

テーマ:ブログ
 お相撲でも何でも、クマ助の好き嫌いはハッキリしていて、「こんなに好き嫌いがハッキリしているのは愚か者の証拠かな?」と、内心忸怩たる思いである。

 賢い人は、自分の好き嫌いを言わないものである。食事でも音楽でも、演劇でもスポーツでも、
「キライなものなんか何にもありません」
「どんなものにも素晴らしい個性がありますから」
「それぞれに大好きな点がありまして…」
とまさに八方美人、あえて敵を作るような発言なんか、決してしないのである。

 だから「好き嫌いがハッキリ」と言ってしまった以上、その瞬間にクマ助は「ワタクシは愚か者でございます」と高らかに宣言してしまったことになるのだが、それでも恐れずに言うなら、クマ助がキライなのはトマトとマヨネーズと、やたら群れを作る連中と、虎の威を借るキツネ君とである。

 昨日、天変地異とも言っていい2連敗の直後、諸君は横綱・白鵬の態度と表情を見ただろうか。いやはや、今井君は感動のあまり、しばらくはテレビの前を離れられなかった。模範とすべき態度はまさに昨日の白鵬のそれであって、不敗の鉄人王者が屈辱を味わった直後の表情を、クマ助はおそらく一生忘れない。
シャリテ1
(マルセイユ・パニエ地区に立つ「ヴィエイユ・シャリテ」。17世紀末から18世紀に活躍した「貧民救済院」である)

 本来ワタクシは、孤高のタイプが好き。ヒール役をやらされて、それでも黙々と目の前の勝負に徹するヒトが一番カッコいい。昭和なら北の湖。21世紀なら朝青龍。そして最近の白鵬。私生活までマスコミの批判にさらされて、それでもひとり無言で白星を重ねていく。そうじゃなきゃいかんよ。

 昨日の今井君は、そういう感動に熱く涙しながら、久しぶりに同僚の飲み会の席に急いだ。待ち合わせは午後6時だったが、敗れた白鵬の潔い態度に感激しているうちに、もうオウチで6時になってしまった。ありゃりゃ、こりゃ遅刻であるが、まあ仕方がないじゃないか。

 飲み会のメンバーは、数学のO田一希先生のブログに写真がしっかり掲載されているから、後でそちらをご覧あれ。古文のウルトラ先生もいれば、数学のスーパー先生もいらっしゃる。何故か西武ライオンズの西口投手まで入っているが、まあそれは偶然の出会いである。
ファロ公園
(マルセイユ旧港から「ファロ公園」を望む)

 お店は、代々木上原の名店「魚目」。これで「ぎょもく」と読む。「うおのめ」と悪口を言うヒトもいるが、ダンナ一人でやっているこの店は、とにかく何を注文しても旨い。クマ助はもう10年来の付きあいである。

 飲み会は18時から延々と日付が変わる頃まで続いて、最後にはもう何が何だかサッパリ分からない。2次会で餃子をシコタマ貪り、少なくともクマ助一人で20個の皿を2つ平らげたが、最後に誰がどうやって帰ったのか、記憶に残っているメンバーは誰もいないと思う。

 翌日のお昼近くに目が覚めてみると、「白鵬、休場」の文字が。横綱8年で初の休場ということになると、まさに天変地異クラスの一大事であって、楽しみにしていた大相撲秋場所も、何となくシラケちゃった感を否めない。

 10月初旬のクマ助はマルセイユに続いて「速攻サンフランシスコ」を敢行する。これは決定事項。さらには12月下旬の「ベルリン10日間」も決定。白鵬休場をうけて、クマ助の年間スケジュール決定も、一気に加速度を増してきた。
大聖堂
(マルセイユ、シマシマが美しいサントマリー・マジョール大聖堂。夕陽の時間帯には白い大理石がオレンジからピンクに染まる)

 さて8月28日のお昼、今井君は早速マルセイユの街の散策を開始した。これは諸君、十分ビックリしていいことである。羽田から12時間、フランクフルトで乗り継ぎ3時間、マルセイユまでフライト1時間、空港からホテルまで1時間。合計17時間の長旅の直後、普通ならベッドに倒れこむところだ。

 しかしクマ助はやっぱり普通のクマとは違う。11時半にホテルチェックイン、ここで万が一「全てを忘れてスヤーッ」なんてことになれば、間違いなく丸1日がムダになる。「ここは意地でも街に繰り出すべし」であって、この日のクマ助はホテル背後の「パニエ地区」を選択した。

 パニエ地区の治安について、その評判はすこぶる悪い。「地球の歩き方」によれば、「マルセイユではサンシャルル駅とパニエ地区に注意」とある。もともと評判の悪いマルセイユ、その中でもパニエ地区は「特に要注意」の筆頭に上がっているのだ。

「サンシャルル駅に到着した途端、カッパライ集団の被害にあった」という体験談も掲載されている。パスポートにおサイフにカメラにクレジットカードに、根こそぎ持っていかれたというのであるが、そういう背筋も凍るような経験をしたからには、そりゃ「マルセイユは最悪」とでも書かずにはいられないだろう。
パニエ
(パニエ地区)

 しかしホントにそんな事件が頻発しているというなら、マルセイユ駅は悲鳴と叫喚のチマタと化しているだろうし、パニエ地区になんか出入るするヒトは誰もいなくなっちゃうんじゃないか。去年と今年、合計で4週間もマルセイユにいるが、悲鳴も叫喚も、少なくともクマ助は一度も聞いたことがない。

「パニエは、元は漁師町」であって、朝一番に港にテント掛けの魚屋を出している漁師のヒトビトが、かつてはこのあたりに生活の基盤を置いていらっしゃったのである。

「パニエ」でググってみると、パニエとはスカートを膨らませる骨組みのことであるらしく、画像にもまあそれなりのパニエがズラリと並んでいる。辛抱強くググり続けたが、とうとうパニエ地区の故事来歴は出てこない。要するに「都市外縁の膨らんだ周辺部分」ぐらいの意味なんですかね。

 急な階段と細い路地が入り組んで薄暗い場所も多い。悪者集団が息をひそめて獲物の接近を待つには、まさにもってこいの界隈なのかもしれない。しかし諸君、実際にはここももうとっくにテーマパーク化しているのであって、エモノを求めて息をひそめている悪者集団なんか、気配さえ感じられない。

 マルセイユ石鹸の大きなお店あたりからパニエ地区に入れば、ちょうどランチの時間だけあって、雰囲気のいい飲食店が路上に出したテーブルはどこもみんな満員。「カッパライ」が「サイフもパスポートも根こそぎ」みたいな危険はミジンも感じられない。
シャリテ2
(18世紀の「貧民救済院」、ヴィエイユ・シャリテ)

 宿泊しているホテルは、18世紀には「難病患者の施療院」であったが、パニエ地区の一番奥に残るVielle Charité(ヴィエイユ・シャリテ)は同じ18世紀の「貧民救済院」。フランス革命精神の発露である2つの建物が、こうして今もなお隣り合うようにして残っているのも面白い。

 21世紀のヴィエイユ・シャリテは、そのバロック式の建物の中にいくつかの美術館&博物館を収容。8月下旬から9月上旬にかけては、ミロとセザンヌとピカソの特別展を開催中であった。

 しかしこの日のクマ助は日本からの長旅の直後。ミロやセザンヌとの付きあいは「また今度にしませう」な感じが強烈であって、美術館のオジサマが盛んに誘ってくれたけれども、今日はご遠慮することにした。

 美術館のオジサマによれば、まず「リーフレットは、フランス語も英語もある」であって、「もし英語がいいなら、ほら見ろ、このページも英語、次のページも英語、そのまた次のページも英語。英語、英語、また英語だ」とのことである。

 そんなに英語を並べてくれたんなら、ちょっとミロ助をセザンヌどんを眺めていってもよかったのだが、マコトに申し訳ないことに、この日のクマ助は「そろそろ ☞ ヘトヘト」な状況。「ミロ助よりも、ベッドでスヤ助」みたいに、文化的に見てはなはだ劣悪な状況の中、ミロ助はさすがに遠慮することにした。

1E(Cd) Ashkenazy:RACHMANINOV/PIANO CONCERTOS 1-4 1/2
2E(Cd) Ashkenazy:RACHMANINOV/PIANO CONCERTOS 1-4 2/2
3E(Cd) Wigglesworth & Netherland radio:SHOSTAKOVICH/SYMPHONY No.4
4E(Cd) Corboz & Lausanne:MONTEVERDI/ORFEO①
5E(Cd) Corboz & Lausanne:MONTEVERDI/ORFEO②
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