2015年09月11日(金)

Tue 150818 大水害 ナポリ旅はオシマイ ☞ でもオマケつき(ナポリ滞在記52 最終回)

テーマ:ブログ
「知らない」とはマコトに恐ろしいものであって、昨日午後4時前、2週間のマルセイユ滞在から帰ってきたクマ助は、関東地方の上空でヒコーキがヤタラに揺れるのを不思議に思っていたのだった。

 普通ならあと10分ぐらいで「着陸態勢に入りました」というアナウンスがあるあたり。それにはまだ早すぎたが、「機長の指示で客室乗務員も着席いたします」という緊迫気味の放送があって、確かにその直後、ヒコーキは強めの揺れにさらされた。

 ちょうどその頃、栃木県や茨城県では「50年に1度の豪雨」に襲われ、鬼怒川をはじめとする河川が一気に増水して、21世紀の記憶として歴史に残りそうな記録的水害を引き起こしていたのである。

 ヒコーキから眺めると、その頃の東京の空は不気味な黄色に染まり、
「あれれ、南フランスの空と比較すると、東京の空はずいぶんイヤな黄色に見えるものだな」
「これもお隣の大国の大気汚染の影響かな」
と嘆かわしく思っていたものだった。

 羽田着陸が16時ちょうどだったから、今井君が栃木&茨城の上空を飛んでいたのは、まさに鬼怒川の決壊と時を同じくしていたのである。ヒコーキの揺れ、黄色い空の色、その全てが危険な異常気象を示していたのであった。
サンタキアラ
(スパッカ・ナポリ「サンタキアラ教会」にて。美しいマジョルカ焼のタイルが庭園を飾る)

 オウチに帰ってからも、100年に一度の大災害を伝えるニュース画面にクギヅケになっていた。災害は埼玉県東部にも及び、春日部・越谷・草加、そういう懐かしい地名も災害地一覧に名を連ねた。

 埼玉県越谷市の「せんげん台」では、東武線の駅が水浸しになったのだという。この一帯は、もともと利根川のさまざまな支流が入り乱れて水はけのよくない地域である。水害には慣れっこのはずであるが、やっぱり被害を避けることはできなかった。

 春日部の中心部も、久しぶりに大水害の被災地になった。20年以上前、クマ助がまだ駿台講師だった頃、春日部市民として水害を経験したことがある。「B組」だったか「A組」だったかの授業の中で、ボートで通勤電車に向かう雑談をしているはずである。

 あの時は、朝起きて窓を開けると、街全体が水深30~50センチの泥水に覆われていた。金曜日のことで、若き今井君は駿台大宮校で朝一番から50分授業×9コマの予定。春日部から大宮まで、「意地でも」というか「何が何でも」到達しなければならなかった。

 現在は「アーバンパークライン」と名を変えてすっかりオシャレな近郊線となっているが、当時は単線の「東武野田線」。その春日部駅まで、徒歩で5分のマンションが今井君の根城であった。
サンタルチア1
(夜のサンタルチア港。13泊したホテル・ヴェスヴィオとも、とりあえず今夜でお別れだ)

 しかし諸君、窓から眺めるに、まさに一面の水浸し。駅までの道のりは困難をきわめる。当時のクマ助は、「人前に出るのには絶対にスーツとネクタイ」という信念の持ち主。駿台の伝説になっていた奥井潔師がおっしゃることを、どうしても曲げたくなかったのである。

 だから朝の身支度は、まずワイシャツにネクタイに上着。しかし諸君、そのままその後にズンボに靴下に革靴を身につけても、この大洪水では全てが台無しになってしまうだけである。

 万策尽きたクマ助は、「春日部駅まで、下半身は非常事態宣言」を選択。短パン&ビーサンに身をかため、スーツのズンボと革靴&靴下は、ビニールのゴミ袋に入れて、とにかく春日部駅までの徒歩数分を踏破することに徹したのである。

 あの朝の今井君の姿を想像するに、なかなか大した勇ましさであった。当時はジュラルミンのアタッシュケースを使っていたから、
① ワイシャツ・ネクタイ・ジャケット
② 短パン・ビーサン・ハダシ
③ 左手のビニールのゴミ袋に、ズンボ・靴下・革靴
④ 右手にはジュラルミンのアタッシュケース
こういうモノスゴイ出立ちで、遥かな春日部駅に向けて前進を開始したのである。
サンタルチア2
(別れの朝のサンタルチア港。タマゴ城と再会できるのは、早くとも1年後になりそうだ)

 アタッシュケースに入っているのは、20年前の駿台テキスト群。「CHOICE」だの「英語構文H」だの、マコトに古色蒼然としたテキストばかりであったが、マジメな駿台の生徒諸君は今井君に負けじと大宮校舎に集結。あれほどの集中豪雨の中でも、教室は9コマ全てがパンパンの超満員であった。

 あのヘンタイ的なカッコを考えると、あれから数十年後のクマ助はまだ顔を赤らめざるを得ない。上半身はワイシャツ・ネクタイ・ジャケット。下半身は短パンにビーサン。そのまま電車に乗って、ゴミ袋の中のズンボと革靴をはいたのは、東武野田線が大宮駅に到着した後だったのである。

 そのカッコそのものが、普段なら十分「チカン」「ヘンタイ」の名に値するのであるが、あの日の埼玉県東部の状況は、「それも十分に許容範囲」と言ってよかったのだ。

 それなのに今年は、水田でせっかく育てた大切なオコメが、おそらくみんな水浸し。埼玉県せんげん台から茨城県つくばに至る田園地帯はホタルやアユの名所でもあるが、こんな大洪水ではそれもみんな台無しだ。いやはや、クマ助は残念でならない。
ビアモレッティ
(お世話になった「ビア・モレッティ」をズラリと並べてみた)

 しかし諸君、残酷な巡り合わせで、そういう1日であっても、今日は9.11でもある。15年前の今日、今井君は佐々木ゼミ名古屋への出張から帰って、NYがとんでもないことになっているのを渋谷駅前で知った。

「悪夢でも見ているのか?」という気持ちは、15年前も2015年も変わらない。しかも悪いことに、今年はマルセイユで遊びまくった直後である。関東平野上空の黄色い不気味な空の色を忘れることができない。

 そういう悲しい記録が、春の「ナポリ滞在記」の締めくくりと同じ日になってしまった。人生はなかなかうまく行かないものであって、「めでたし&めでたし」「とっぴん♡ぱらりん♡ぷ」では済まされないものである。

 合計52回に及んだ「ナポリ滞在記」であるが、今日がいちおう最終回となる。4月8日、ナポリの「ホテル・ヴェスヴィオ」をチェックアウトしたクマ助は、懐かしいタマゴ城やサンタルチア港を後に、ナポリの空港に向かうのである。

 しかも諸君、この旅の最後を飾るように、ヒコーキからの眺めが絶景中の絶景、雪が融けかけたアルプスの山中に、コモ湖かマッジョーレ湖と思われる早春の湖が姿を見せていた。コモ、マッジョーレ、オルタ。懐かしいイタリア湖水地方は、今もクマ助を手招きするのである。
アルプス越え
(ナポリからフランクフルトへ。春のアルプスを越えていく)

 ただし諸君、このしつこいクマ助が、そうカンタンに旅行記の裏表紙を閉じてしまうとは思わないでくれたまえ。「最終回」と銘打っても、その先にタップリの「オマケ」をくっつけることぐらいは朝飯前だ。

 そのむかし、佐々木ゼミにまだたくさんの生徒が押し寄せていた頃のこと、佐ゼミのテキストはすべて「分厚いこと」で有名。わずか5コマのテキストに「付録」と称して300ページものオマケがついた。

 さすがの今井君にもそれは無理だが、ナポリ旅行記に3~4ページのオマケをつけるぐらいのサービスなら、お安い御用なのである。明日はその「オマケ」とする。

 ナポリの旅のオシマイに、何故かクマ助はドイツ・フランクフルトを闊歩し、ドイツ名物「アップフェル・バイン」を痛飲する。諸君、「ツキノワグマ、恐るべし」。秋の山歩きには十分注意して行動したまえ。

1E(Cd) Jandó:MOZART/COMPLETE PIANO CONCERTOS vol.5
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3E(Cd) Jandó:MOZART/COMPLETE PIANO CONCERTOS vol.7
4E(Cd) Jandó:MOZART/COMPLETE PIANO CONCERTOS vol.8
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