2015年09月04日(金)

Tue 150811 イケメン探検隊 ツッコミどころ探検隊 後ろ姿探検隊(ナポリ滞在記46)

テーマ:ブログ
 もちろん美術館は自分の好きなように利用すればいいので、ズラリと並んだ肖像画から「イケメンを探す」などというのも悪くない。フェルメールが日本でこんなに人気が出たのだって、まあいろいろコムズカシイことを言う人は多いが、要するに真珠の耳飾りの少女がエラくカワイイせいなんじゃないか。

「真珠の耳飾り」と比較して、「牛乳を注ぐ女」のほうは、アムステルダム国立美術館で最高の作品と評価されているにも関わらず、日本での人気はイマイチ。うーん、「可愛いか、そうでないか」に関しては、あんまり議論しないほうが無難だろうけれども、美術館で疲れ果てた人間には、どうもその辺が重要らしい。

「真珠の少女」のほうは、おそらくあまりに魅力的なので、スカーレット・ヨハンセン主演で映画まで作られた。映画の冒頭、17世紀のオランダ・デルフトの橋にあるはずのない白い鉄パイプが数本、キレイに画面に映りこんでしまっているが、可愛けりゃその辺にツッコミも入らない。

 同じデルフトを舞台に、「牛乳を注ぐ女」のタイトルで映画が制作できるかどうか。映画監督を目指す諸君、もし勇気があったらやってみたまえ。牛乳係の召使い女子を、その昔「ミルクメイド」と呼んだんだそうな。おお、ミルクメイド。なかなか魅惑的な名詞じゃないか。
サッフォー
(サッフォー。ナポリ国立考古学博物館)

 というわけで、「美術館でイケメン探検隊」も決して悪いことではない。フラゴナールとかナディエの肖像画だと、さすがにちょっと美人画の度が過ぎて、今井君なんかはネトネト感ないしネバネバ感がメンドーであるが、諸君、どうだね、上の「サッフォー」は?

 サッフォーは紀元前7世紀のヒト。ギリシャのレスボス島出身の詩人女子でござる。プラトンどんもサッフォーをエラく気に入って、「10番目のミューズ」と呼んでいる。

 ミューズと聞いて「消毒用セッケン」などというものを思い出し、「そうだ、晩ゴハンのまえにミューズ♡ミューズ」とか言い始めるようじゃ、世も末だ。ミューズとは、芸術の女神。合計で9柱いらっしゃる。そこでプラトンどんはサッフォーを10番目と呼び、「彼女も女神である」と宣言した。

 いやはや、あのどえりゃープラトン先生に女神と呼ばれちゃ、さぞかし鼻が高かっただろう。21世紀日本にも自分で自分をミューズと呼んじゃうバイオリニストなんかが存在するが、やっぱりサッフォーは別格だ。彼女自身に選ばれた少女しか入れない学校などを設立して、ひたすら愛の詩を書き続けた。
ファルネーゼ1
(ファルネーゼのヘラクレス。ローマ・カラカラ浴場から出土)

 もっとも、今の日本でサッフォーの詩を読むことはなかなか難しい。岩波文庫から「ギリシア・ローマ叙情詩選」が出ていて、その中に若干のサッフォーが含まれているだけだし、1990年代の文庫だから、絶版になっている可能性もある。ここは諸君、英訳に頼るしかない。図書館に足を運びたまえ。

 サッフォーと同様に、名前だけ妙に有名だが、その作品を読むのが困難な女性作家が、ジョルジュ・サンドである。19世紀のフランス文学史にメッタヤタラに登場するけれども、手軽な文庫本でジョルジュ・サンドを探しても、見つかったタメシがない。

 付きあった男子のリストを見ると、それこそ、まずリストどん。作曲家のリストどんであるが、ついでにショパン。詩人のミュッセ。友人関係となるとマルクスにユゴーに、フロベールにバクーニンに、いやはや、こりゃまた激しいことでござるよ。

 あんまり彼女の人生が激しいので、今井君はふと興味を居抱き、バルセロナに旅したついでにマジョルカ島に日帰り旅行を敢行。彼女がショパンと長く同棲していたバルデモサの村まで路線バスで行ってみたが、人なつこいネコたちを撫でて帰ってきただけだった。

 ジョルジュ・サンドの代表作ということになると、「魔の沼」と「愛の妖精」の2作のようであるが、やっぱり日本語訳で読むのは困難。図書館のカビ臭いのを借りるか、英訳ないしフランス語の原典にあたるかしかない状況になっている。
ファルネーゼ2
(何となく、ツッコミどころ満載だ)

 美術館の話のはずが、やっぱり今日も話は果てしなく本筋から離れていき、気の短い御仁は「何について書いているのかハッキリしない♨」などと怒りだすのである。

 それは諸君、怒りだす方が悪いので、こういう類いの文章は「あやしうこそものぐるほしけれ」が正しいのだ。クマ助が徒然なるままに日暮らしMac君にむかい、心に移り行くよしなしことをそこはかと書きつけている横で「何書いてんだかイミフ!!」などと叫ぶのは、そりゃ無粋と呼ぶしかない。

 で、美術館についての締めくくりになるが、昨日から書いてきたさまざまな方策をとっても「それでもやっぱり美術館はツマラナイ」と嘆く人には、「ツッコミどころを探し、ケチをつけて回る」という最終手段がある。

 例えば諸君、「コイツラ、いったい何してんの?」のヒトコトを呟いてみたまえ。あの有名な「ラオコーン」だって、世界中のエラい人々が難しい論争を繰り広げてきたけれども、目の前で眺めれば要するに「キミたち、何やってんの?」の対象である。

「神官ラオコーンが、2人の息子とともにウミヘビに巻かれて苦悶する様子」と説明されれば、「おおなるほど&そうかそうか♡」であるが、ではどうして芸術家はその瞬間を石に刻み、永遠に定着させようと思い立ったのか。
 後ろ姿1
(ファルネーゼの雄牛。「何やってんの?」であるが、描いているのは「ディルケーの拷問」である)

 その制作にかけた時間の長さを思うとき、今井君なんかは慄然とするのである。来る日も来る日もウミヘビに巻かれた男たちを彫り続け、昨日もウミヘビ、今日もウミヘビ、これから数年 ☞ 毎日ウミヘビな日々だとすれば、いったい何がそんなに彼を夢中にさせたのか。

 それがあまりに不思議で、ラオコーンの前に3時間も立ち尽くしてしまうとすれば、それはもうラオコーンに魅入られた証拠。ウミヘビに巻かれて苦悶するラオコーンよろしく、アナタ自身もラオコーンの謎に巻かれて苦悶を始め、どうやらラオコーンの本質を理解しはじめているのである。

 ナポリの国立考古学博物館なら、名作「ファルネーゼの雄牛」こそが「キミたち、何やってんの?」の対象である。「ディルケーの拷問」を描いた作品であって、母の恨みを晴らそうと考えた兄弟が、雄牛を使った拷問を実行している場面である。

 でも諸君、巨大な石像を見る限り、みんなで集まって何やってんだかちっとも分からない。何でそんな凄惨な情景を石に定着させなきゃいけなかったんだかも、イミフ。何でそんなメンドーな拷問を思いついたのかも、イミフ。やっぱり思わず立ちつくして、1時間はカンタンに過ぎていく。
後ろ姿2
(フェルネーゼのヘラクレス。後ろ姿も完璧だ)

 最後の最後に、「後ろ姿探検隊」なんてのもいい。ミロのヴィーナスの後ろ姿も美しいが、ダビデ像の後ろ姿もいい。ダビデの場合、例のモノが例の場所にぶら下がっていたりするので、あんまり正面からジロジロ見つめるのも、若干ハシタナイ。背後に回ってカンペキな肉体美を鑑賞する方がいい。

 サモトラケのニケはどうだろう。Mac君は「さも虎家の煮家」とかバカなことをやっているが、あの美しいニケちゃんも、ルーブルでは背後から眺めることが出来ない。ならば目の前に立ってニケちゃんの後ろ姿を想像すればいい。後ろ姿探検隊の面目躍如である。

 ナポリの場合、後ろ姿を鑑賞すべきなのは何といっても「ファルネーゼのヘラクレス」。ローマ・カラカラ浴場から発掘された見事なヘラクレスであるが、見事なものは後ろ姿もやっぱり見事、諸君、後ろ姿には常に気をつけて生きなければならんね。

1E(Cd) Jochum & Concertgebouw:BACH/JOHANNES-PASSION 2/2
2E(Cd) Schiff:BACH/GOLDBERG VARIATIONS
3E(Cd) Schreier:BACH/MASS IN B MINOR 1/2
4E(Cd) Schreier:BACH/MASS IN B MINOR 2/2
5E(Cd) Hilary Hahn:BACH/PARTITAS Nos.2&3 SONATA No.3
total m55 y1331 d16652
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