2015年09月01日(火)

Sat 150808 往生際が悪い 円陣を組んで雨と戦う 昼メシで温まる(ナポリ滞在記43)

テーマ:ブログ
 夏休みが終わったら、学校に行かなければならない。そんなことは百も承知だし、先進国のコドモならば、100人中100人、1000人中1000人が、みんな元気よく「行ってきます」と叫び、絵日記やら工作やら自由研究やらを自慢げにかかえて、久しぶりの校門をくぐることになっている。

 先生たちもマコトに朗らかな笑顔で、真っ黒に日焼けした生徒たちの顔を見渡し、「先生は、みんなが元気で嬉しいです!!」と挨拶する。自分のことを「先生」と呼ぶ先生、クマ助は恥ずかしがり屋だから絶対にそんなことは出来ないが、日本の朗らかな先生はみんな1人称として「先生」を使用する。

 正直言って今井君は、学校が好きだったことはないから、9月1日にいい思い出は全くない。往生際の悪さでは天下一であって、「体育・音楽・図工・家庭科、そういう難行苦行が始まるのか」と天を仰ぐ気持ちであった。

「絵日記」「工作」「昆虫採集」「自由研究」だなんてものを自慢げに提出する「元気で明るいよい子」の諸君が羨ましくてたまらない。「暗くて元気のない往生際のシコタマ悪い子」代表であって、算数や国語の宿題はとっとと終わっているけれども、絵だの工作だのはどうやってゴマかすかだけを考えていた。
雨宿り
(テントの下、円陣を組んでナポリの豪雨と戦った)

 そういう往生際の悪さは、受験生の年齢に至ってもなお変化なし。高3の9月1日、若き今井君は「まだ受験勉強に手を付けていない」というテイタラク。それどころか、昨日書いた通り、「医学部志望から文転した直後」という恐るべき事態の中で9月1日を迎えた。

 むかしむかしの県立トップ校と言ふものは、やせ我慢のメッカであって、9月に至ってもまだ「受験勉強なんかちっとも興味がない」とスマしていなければならなかったし、9月は諸君、高3だろうが医学部志望だろうが例外なく、「文化祭」に全神経を集中するタテマエになっていた。

 で、文化祭に体力も精神力も忍耐力もすべて使い果たし、ヘトヘトになってふと気がつくと、カレンダーは10月、北国では実りの秋もそろそろ落ち葉の季節に向かってまっしぐら、今井君は浪人決定に向かってまっしぐら、そういう事態になっている。
ピザ
(豪雨の中、テントの下でランチを貪る)

 昨日書いたことには1つだけウソがあって、「物理や数Ⅲの時間には世界史や日本史の内職をやっていた」というのがそれである。実際には内職さえしていない。ただ茫然としていただけである。

 往生際の悪い人間の特徴が、まさにここに如実に現れている。彼らは(というより今井君は)内職さえできない。ただ茫然と時を過ごすのである。危機に直面して、敢然と立ち向かうどころか、スタコラ逃げることさえもできない。ひたすら茫然と、事態が何かのハズミで好転することを夢みるだけなのである。

 しかし諸君、危機がグツグツ煮詰まれば、事態が好転する「ハズミ」なり「偶然」なりももう100%期待できなくなっている。9月1日になればイヤでも体育や図工や音楽に耐えるしかない。何かのハズミで教育制度がかわって、「イヤな子は体育も図工も免除」「絵日記も自由研究も免除」などということにはならないのだ。

 というわけで、高3の今井君の場合、茫然としたまま2学期が始まり、茫然としたまま10月になり11月になり、受験勉強に該当することを始めたのは「11月30日であった」という苦々しい記憶は、雑誌記事やら予備校の機関紙などに繰り返し書いてきた通りである。
ステーキ
(ピザだけでは足りず、ステーキも注文する)

 2015年4月5日、猫パンチならぬ強烈な雨パンチの真っただ中に立ち尽くしたクマ助どんも、ただ茫然と立ち尽くすばかり。幸い折りたたみ傘を持参していたが、ナポリの暴風雨はさすがに強烈であって、ヤワな日本の折りたたみ傘なんかで抵抗できる相手ではない。

 降り始めて1分も経たないうちに、すでに下半身はズブ濡れの状況。オトナのコブシ大とさえ感じられるドデカイ雨滴が傘を打ち、その重いパンチをまさに「雨のように」浴びて、思わず傘を取り落としそうになり、それでも何とか持ちこたえているその耳元で、天が裂けたかと思うような激烈な雷鳴が響く。

 助けを求めて周囲に視線を走らせると、道路の向こう側のテントの下に、人がおおぜい寄り集まっている気配。どこかのレストランの日よけテントであって、3メートル四方、面積にして10㎡もないような小さな空間であるが、そこならどうにか雨パンチを凌げるらしい。

 すでに20名ほどの人がこのテントに救いを求め、押し黙って身を寄せあっている。すでに満員だったけれども、やっとクマ助の入るスペースが見つかった。人々は重い苦笑いで暴風雨を見つめている。

 ただし、この日の雨は真横から猛烈なパンチよろしくたたきつけてくるので、テントだけではとても防ぎきれない。みんな傘を開いて真横に突き出し、言わば鉄壁の円陣を組んで雨の砲撃に耐えているといった風情である。

 クマ助はその円陣の最前線に立っていたので、自らが濡れることもかまわずに傘を構え、降り注ぐ雨のコブシないし砲弾を勇敢に防ぎ続けた。人々はおそらくみんな初対面だったが、心を1つにして奮闘努力したのである。
ワイン
(もちろんワインも1本カラッポにする)

 15分ほどが経過して、雷鳴は間遠になり、雨は弱くなって空にも明るさが戻ってきた。固い円陣をつくって雨をよく防いだ人々は、無言の会釈を交わして三々五々別れていく。いやはや、マコトに気持ちのよい別れであって、思わず熱い涙がこみあげてきそうになる。

 まだ雨は降り続いていたが、とりあえずホテルに戻って着替えを済ませることにした。「円陣で力いっぱい戦った」とは言っても、アタマのテッペンから足の爪先までズブ濡れという事態には変化はないのである。

 ちょうどメイドさんが部屋の掃除中だったが、ズブ濡れのクマを見てはさすがのナポリおばさまもびっくり仰天の様子。いったん掃除は中断して、クマの着替えを待ってくれた。

 着替えを済ませたクマ助は、この上なく爽快な気分。さっそく昼メシを食べにいくことに決めた。タマゴ城の前には10軒ほどのレストランが並んでいて、それなりの名店もある。そのうちの1軒、前から目をつけていた店でメシを貪り、冷えた肉体を温めようと考えたわけである。
リモンチェロ
(レモンチェロがデザート。サービスとしてメロンチェロも1杯もらえた)

 路上に並べたテーブルと椅子の上に、分厚いテントを張ったタイプのお店。雨が再び強くなって、アタマの上のテントが破れそうなほどの音を立てているが、何しろ傘の円陣で勇敢な戦いを繰り広げてきた直後だ。このぐらいならもう平気の平左。うぉ、慣れと言うのは恐ろしいものでござるよ。

 テントのスキマから雨が滴り落ちてくるが、中は暖房もボンボン熱い炎をあげ、マコトに快適である。注文したのは、小さめのサイズのピザと、ステーキ。赤ワインも当然のようにボトル1本。あっという間に平らげた。

 写真を見る限り、おそらくどれも大した料理ではなかったのだが、こういうシチュエーションで貪れば、うるさいことを言う必要なんか何もない。シチュエーション次第で、人は何だって旨いと感じるものである。

 デザートとして、レモンチェロを1杯。「サービスだから」ということでメロンチェロも1杯いただき、意気揚々とホテルに引き上げた。さすがに激しかったイースターの豪雨もほとんど止んで、海岸通りにも祭りの賑やかさが戻ってきたようであった。

1E(Cd) Casals:BACH/6 SUITEN FÜR VIOLONCELLO 2/2
2E(Cd) Preston:BACH/ORGELWERKE 1/6
3E(Cd) Preston:BACH/ORGELWERKE 2/6
4E(Cd) Preston:BACH/ORGELWERKE 3/6
5E(Cd) Preston:BACH/ORGELWERKE 4/6
total m40 y1316 d16637
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