2015年08月27日(木)

Mon 150803 ファイザーとハイザー 韓国の人々の大集団に席捲される(ナポリ滞在記38)

テーマ:ブログ
 大手製薬会社「ファイザー」が、何かやらかしちゃった件でNHKニュースに登場していたから、クマ助も早速いろいろ調べてみた。製造&販売する医薬品で副作用が出たのに、厚生労働省への報告が遅れたんだそうである。

 おやおや、世界No.1の製薬会社なのに、ずいぶんダラしないことをしちゃいましたな。ファイザーは「Standard & Poors 100銘柄」の構成メンバー。「ダウ30種平均」構成銘柄でもある。アメリカを代表し、世界を代表する製薬メーカーであって、今回の事態には社員の皆様も忸怩たる思いであるに違いない。

 ファイザーの日本進出には、田辺製薬や「台糖」など、戦前・戦中・戦後の日本の産業界を代表する大企業も絡んでいた。中でも「台糖」は、元の「台湾製糖」であって、明治から大正にかけて、日本の強引なアジア進出を象徴するような企業であった。

 台湾製糖に関わった人物名を列挙すれば、児玉源太郎・井上馨・後藤新平など。うぉ、まさに明治の元勲の皆様であって、ここに三井製糖・大日本精糖・明治製糖の各社が加わって、戦前の植民地支配の基礎になった。サトウキビ運搬のため、「台湾糖業鉄道」などというものも建設した。
イカ
(ラヴェッロ「サルヴァトーレ」のイカのグリル。ゲゾを細かく刻んでイカ本体にギュッと詰めてある。ホントにおいしゅーございました)

「台糖」は、今井君の幼児時代にはまだ十分に機能していたような気がする。国鉄職員用スーパー「国鉄物資部」で買ってくるお砂糖には、白砂糖でもザラメでも、大きく「台糖」のロゴが入っていたように記憶する。

 その台糖とファイザーがペニシリンの培養技術を通じて提携し、合弁会社を設立。それが台糖ファイザーであって、ファイザーの戦後日本への進出のキッカケとなった。

 今やファイザーはマコトに大きな製薬会社であって、20世紀から21世紀にかけて規模の大きな合従連衡を繰り返し、関わりのある薬やお菓子の名前をあげれば、まさにキリのないほどである。

 他社に売却したものまで列挙するに、リステリン、ニコレット、リカルデント、ホールズ、メントス。諸君、「バイアグラ」などという恐るべきシロモノも、ファイザーから出ている。うぉ、うぉ&うぉうぉであるね。

 こうして諸君、「うぉ、うぉ&うぉうぉ」もいいが、ちょっとしたキッカケからでも夏休みの自由研究ぐらい、あっというまにでっち上げることが出来る。

「台糖の歴史」「ファイザーの歴史」。そういうのをどんどん調べていけば、モゾウ紙4~5枚の発表はすぐに出来るし、明治から大正期の日本の深いところを、意外にグイッとえぐることも難しくなさそうだ。
古城
(サレルノにも中世のお城。北アフリカからの海賊を見張った)

 ところで諸君、「ファイザー」と聞いてクマ助が思い出したのは、昭和の日本を席捲した「ハイザー」という名の米びつである。「米びつ」とは、たくさん買ったオコメを保管しておく箱。チャンとした米びつがないと、オコメの中からクネクネ動くイヤらしい虫が大量にわいた。

 21世紀の日本で「米びつ」という古式ゆかしいものを所蔵しているオウチは少数派だと思うが、昭和日本での「米びつ」の立ち位置は、冷蔵庫・洗濯機・クーラーにも決してヒケをとるものではなかった。

 何しろ諸君、朝・昼・晩の3食とも、ひたすらオコメ&オコメの時代である。「朝食はパンです」などということを不用意にホザクと、
「あんらあらあら、○○さんちは『パン食』なんですって」
「あんらあらあら、オシャレねえ♡」
「ウチなんか田舎者だから、どうしても朝は納豆と生玉子よ」
「あんらあらあら、いいわねえ」
と、たちまち四方八方に「パン食らしいわよ♡」というウワサが広まったものである。

 そういう時代だから、一家の3食を支える主婦として、米びつの重要性は扇風機以上。冷蔵庫に勝るとも劣らない。夏のボーナスが出れば、「冷蔵庫もいいけど、ウチはまず米びつね」という勢いになった。
夕暮れ
(夕焼けの中のカプリ島。翌日から荒天に一変した)

 そこで、町のオコメ屋さんにズラリと並んだのが、「現代的な米びつ」という恐るべきシロモノたちである。その中でも異彩を放っていたのが、「ハイザー」。「ハイ!!」とボタンを押せば、すぐに「ザーッ!!」と必要量のオコメが落ちてくる。その「ザーッ!!」を、出口にあてがったボールで受け止めるのである。

 ハイザーのボタンは「1」「2」「3」の3つがあって、「1」なら1合、「2」なら2合、「3」なら3合のオコメが出てくる。4合ならば1+3でもいいし、2+2でもいい。5合ならば1+1+1+1+1という基本動作でもいいし、2+2+1のヤツもいれば、2+3と一気に問題を解決する秀才もいた。

 そうやって日本中のコドモたちの算数能力を鍛えてくれたのが、昭和の米びつ「ハイザー」である。3度3度のオコメの量をマスで計っていた時代、「こんな便利な機械が、他にあるんだべか?」というほど重宝されたが、「朝はパン食」なオシャレ勢力の急伸に伴って、登場と同じぐらい急速に日本から消えていった。

 「そんな話、『ナポリ滞在記』と何のカンケーもないじゃないか」というご指摘は、マコトに御無理&ゴモットモ。しかし諸君、そんなに目くじら立てなさんな。ファイザーから台糖、台糖から明治の元勲、ファイザーからハイザーの連想で、昭和日本の食料事情を妙竹林な形で知るのも、若い世代にとって決して意味のないことではない。
夜景
(月夜のナポリ、タマゴ城とサンタルチア湾)

 そして諸君、あのころ日本の家庭がこぞってハイザーにボーナスをはたいたのとちょうど同じように、21世紀の中国&韓国のヒトビトは、ビックリするような大集団を構成して、いまや青いナポリ湾を席捲中なのである。

 21世紀日本では「大集団」と言えば中国のミナサマであるが、ナポリ湾を集団で席捲中なのは、ひたすら韓国の中高年の皆様。鉄道も船も、バスもレストランも、見るもの触れるもの例外なく韓国中高年集団に占拠されている。

 例えば、アマルフィからサレルノに向かう船。ナポリからソレントに向かう私鉄。ポンペイの駅のホーム。サレルノのファストフード店。こりゃ至るところハングルの表示で一杯にしないと、激しい勢いの抗議がそこいら中で始まりそうである。

 アマルフィ港に到着したサレルノ行きの船の甲板は、まさに韓国中高年軍団に占拠されて立錐の余地もない。4月3日、この日の午後からナポリ湾には冷たい強風が吹き荒れ、船は大揺れに揺れたが、韓国中高年の皆様からは「歓喜あふれるユニホーム」みたいな、ワコードそこのけの歓声が上がり続けた。
港
(夕暮れのサレルノ港は「天気晴朗なれども波高し」であった)

 ただしこの日の午後は、海のしぶきにもマコトに激烈なものがあって、外海に出て15分ほど、とうとうシャワーみたいに激しくなったしぶきに耐えられなくなった韓国オバサマ&韓国オジサマたちは、相変わらず黄色い歓声をあげながら船室に避難してきた。

 そして今度は船室を歓声で占拠。穏やかな居眠りの真っ最中だった満員の船室は、突然のハングル洪水に「何だ?」「どうした?」「何があった?」と、眠い目をこすりながら目を覚まし、そうしているうちにサレルノ港に到着した。

 クマ助とともに船を降りた韓国の皆様は、なぜか港の近くのハンバーガー屋に殺到。どうやら今日の夕食は、全員この店のハンバーガーというルールになっているらしい。

 20人も入れば満員の店先に60人か70人の集団が列になり、波にズブヌレになった感想やら、夕食への不平不満やら、ワイワイ&ガヤガヤ思い思いに語り合って、南イタリアの夕暮れのヒトトキを満喫していらっしゃるご様子なのであった。

1E(Cd) Festival International de Sofia:PROKOFIEV/IVAN LE TERRIBLE
2E(Cd) Schüchter:ROSSINI/DER BARBIER VON SEVILLA
3E(Cd) Cohen:L’HOMME ARMÉ
4E(Cd) Vellard:DUFAY/MISSA ECCE ANCILLA DOMINI
5E(Cd) Oortmerssen:HISTORICAL ORGAN AT THE WAALSE KERK IN AMSTERDAM
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