2015年06月12日(金)

Tue 150519 サレルノ経由でナポリに帰還 トマーゾとターゴの物語(ナポリ滞在記34)

テーマ:ブログ
 イタリアの人はネコが大好きだし、ネコたちもそれを察していて、見知らぬクマ助にもそこいら中でニャゴニャゴ近寄ってくる。「頭を撫でてくんろ」「背中を撫でてくんろ」というわけであって、島とか半島の先端に行けば行くほど、ネコたちの厚かましさは増し、もう「無遠慮」と表現していいぐらいになる。

 それに比べて、さすがに犬クンたちはグッと控えめだ。限度を知っているというか、他者への礼儀作法をよくわきまえているというか、飼い主さんの体面を大切にしているというか、要するにネコより犬のほうが数段ないし十数段も賢いのである。

 ただし「賢ければいいか」というと、必ずしもそうはいかないのが人生やニャン生やワン生の難しいところである。学生時代ずっと偏差値の高かった人が、民間企業でも役所に勤めても、上司や組織に溺愛してもらえずシコタマ苦労する場合、そのカラクリは似たようなものである。

 もちろんこの場合、上司や組織の「溺愛」を受け入れるかどうかは、その人の判断によるのである。ネコタイプなら溺愛を素知らぬ顔をして受け入れる狡猾さがあるし、犬タイプならこれを潔しとせずに拒絶。昂然と自らの生き方を貫こうとするであろう。
ラヴェッロの猫
(ラヴェッロのネコ。日なたくさいヤツであった)

 長年にわたって犬を大切に飼っていた人、もっと正確に言えば犬と生活をともにしてきた人が、「ネコのほうがよかったかな」という思いや迷いに苛まれる瞬間があるんだそうな。

 犬のエサや日用品を買いにふとペットショップに入っていったとき、何のこともない雑種のネコを見て夢中になり、矢も楯もたまらずにオカネを払ってオウチに連れて帰り、家族会議の場で厳しい糾弾の矢面に立たされることがあるんだそうな。

 そういう場合でも、犬クンはきわめて大人しく会議の席の警護を務め、テーブル上の議題になっているのが自分自身の処遇であることさえも熟知して、例の分厚い耳をピンと立ててニコニコ聞いている。

 そして翌日、新しくやってきた相棒はクーラーなり暖房なりの完備したオウチの中で、たっぷり甘やかされる境遇を獲得し、ニヤニヤ丸くなっている。快適なオウチのガラス窓越しに先輩の犬クンを軽蔑するように見下ろし、退屈そうに大口をあけてアクビを繰り返す。

 一方の犬クンは、北風吹きすさぶ玄関口の土間に放置されるとか、気温45℃近くにもなるお庭の炎天のモト、長い舌をハーハー垂らしてションボリ。まさに天と地の待遇の違いを耐え忍ばなければならない。
ターゴ
(ラヴェッロ、ドォオモ前で遭遇した犬クン。クマ助はこういうヤツが好きである)

 ラヴェッロのカフェで休んでいたときも、そういうタイプの賢げな雑種の犬クンが、興味ありげにジッと日本のクマ助を眺めていた。クマ助はネコ派であって、ニャゴロワとナデシコの2匹と暮らしてすでに12年になる。犬クンにジロジロ見つめられると、東洋のクマとして少し居心地が悪い。

 しかし諸君、この写真の悲しげな目を見てみてくれたまえ。ついさっきドゥオモの中で眺めてきた1000年前のドラゴン君があんなに楽しげ&嬉しげだったのに、西暦2015年の犬クンがこれほど寂しげで、果たして良いものであろうか。

 渋谷の秋田犬☞ハチ公でも同じだが、犬クンの悲しさと侘しさは、その余りの熱心さにあるのだ。クマ助はいまイタリアにいるわけだから、イタリア版・忠犬ハチ公の物語をここに紹介しておきたい。彼の名をターゴ、飼い主の名をトマーゾという。

 なお、むかし読んだ本の記憶だけで書くから、今井君の脚色がたくさん入ってくることを、あらかじめお断りしておく。確認のためにググってみても、なかなかトマーゾとターゴの正確な物語を読み返すことが出来なかった。
帰りの船
(アマルフィからサレルノへ。船はこんなに小型である)

 さすがイタリアであるから、トマーゾは貴族であり、武門の家柄ということになっている。ある日トマーゾが家来を連れて狩猟に出かけると、マコトにみすぼらしい雑種の犬が駆け出してきた。毛並みも汚れ果て、家来たちも声をかけようとさえしない。

 ところがトマーゾは、「さすがイタリア貴族!!」という高潔な心を示し、この犬を連れ帰ってカラダをキレイに洗わせる。どんなにキレイにしても「みすぼらしい雑種」であることに変わりはないが、トマーゾはターゴという名をつけて日々の生活をともにする。

 しかし諸君、高潔な飼い主ほど、ある日突然姿を消してしまうものである。トマーゾは王様の軍隊に参加して遠い外国に遠征。それは十字軍のエルサレム遠征であるかもしれないのだが、もちろんターゴに世界史や宗教の話が理解できるわけもない。

 3年経過しても、5年経過しても、トマーゾは帰ってこない。ターゴは館の高い窓辺でトマーゾを待つ。あの日トマーゾが馬に乗って去っていった地平線の森のあたりにジッと視線を据え、少し首を傾げたまま身動きもしないで待ちつづける。

 そうしてさらに年月が過ぎ、もう館の人々もトマーゾの帰りを期待する様子はない。遥かな国で、トマーゾはもうとっくに命を落としたに違いない。諦めが館に広がり、熱心に待ちつづけるターゴに、人々は哀れみの視線を送るようになる。
ターゴたち
(ナポリの繁華街・トレド通りを闊歩するターゴ君たち。左が「ナポリで一番治安が悪い」と言われる「スペイン街」、右は2番目に治安の悪い「スパッカナポリ」である)

 ところがある日、地平線の森を抜けてコチラに向かってくる人影がある。最初に気づいたのがターゴである。まず例のお耳がピンと立って、トマーゾの懐かしい足音を聞き分ける。いやいやターゴは犬であるから、聴覚よりも嗅覚が先であって、最初に嗅ぎ分けたのはトマーゾの体臭だったかもしれない。

 いや、足音でも体臭でもなくて、ターゴにはもっとずっと以前から主人の帰還を察知する能力があったのかもしれない。犬が嗅ぎ分け&聞き分けるのは、ニオイや音ではなくて、神の定めた運命であるかもしれないのだ。

 犬の心臓を熱く高鳴らせて、ターゴはじっとトマーゾの到着を待つ。その姿は間違いなくトマーゾであり、ターゴの心臓は熱くたぎって、今にも口から心臓を吐き出しそうなほどである。

 悲劇が起こるのは、トマーゾの姿に館の人々も気づき、十年近く固く閉ざされたままだった表門が、主人を迎えるために大きく開かれたその瞬間である。喜びに我を忘れたターゴが、目もくらむほど高い館の窓から身を躍らせ、主人を迎えようと身の程を知らぬ跳躍をしてしまったのである。
モレッティ
(イタリアビール「モレッティ」でノドを潤す。パッケージの深緑オジサマも、マコトに気持ちよさそうに笑っている)

 固い地面に激しくカラダを打ちつけ、悲鳴を上げながら倒れるターゴ。ターゴの背中を撫でてやることを楽しみに、遥か地球の裏側から苦難の旅を経て帰ってきたトマーゾ。しかしトマーゾが懐かしいターゴを抱き起こしたとき、老いたターゴはすでに瀕死の息をついているところだった。

 忠実な愛犬を、イタリア男らしくヒシと抱きしめるトマーゾ。待ち続けたトマーゾの腕の中で、これ以上の幸せはありえないとでも言うように、微かな笑顔で息を引き取っていくターゴ。諸君、まさに強烈&濃厚な感動のシーンであって、ネコはミュージカルにしかならないが、犬ならオペラの登場犬物になりうるのだ。

 ただしここでクマ助は一気にネコ派に戻って、今日まで12年付きあってきたニャゴロワとナデシコのために言っておかなければならない。ネコだって、ターゴに負けない忠実さを持ち合わせているのだ。

 南イタリアを2週間旅して帰っても、2匹はチャンとクマ助に挨拶して「しばらくいなかったけど、どこに行ってたの?」と、咎めるような視線ぐらいは送ってくれるのである。

 14日間の旅の記録は、今日でちょうど7日目の中間点。ここでしばらく旅行記はお休みにして、明日からは6月9日に始まった夏シリーズの詳細を書くことになる。諸君、身近にいる犬クンやネコ殿でもナデナデしながら、また近いうち始まる旅の後半の記録を楽しみに待っていてくれたまえ。

1E(Cd) Menuhin:SCHUBERT/SYMPHONY No.2 & No.6
2E(Cd) Menuhin:SCHUBERT/SYMPHONY No.3, No.5 & No.8
3E(Cd) Menuhin:SCHUBERT/SYMPHONY No.9
4E(Cd) Gunner Klum & Stockholm Guitar Trio:SCHUBERT LIEDER
5E(Cd) Wand & Berliner:BRUCKNER/SYMPHONY No.4
total m96 y911 d16233
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