2015年04月29日(水)

Sun 150405 10年前のパリと比ベてみる ブーローニュの森(2498回 またまたパリ7)

テーマ:ブログ
 10年の月日は確かにたいへん長いものであって、10年前に小学6年生だったコドモたちは今や大学4年生として就職活動に励んでいる。20歳代だった青年は、今や30歳代。頼れる中堅として会社なり社会なりを立派に支えているだろう。

 10年が経過すれば、6歳児は16歳になる。モーパッサンの小説の主人公・画家ベルタンみたいに(スミマセン、昨日の続きです)、見違えるように成長した16歳女子の姿に茫然、美しい声に聞き惚れて、トチ狂ってしまうオジサマがいるのも、まあ不思議とは言いきれない。

 今井君が昨日からずっとこんな感慨に浸っているのは、「そう言えば、こんなに頻繁に世界を旅するようになったのは10年前、☞ 2005年のことだったな」と、ふとシミジミしてしまったからである。

 10年が経過すれば、世界のアリサマも大きく変化したし、今井君本人もずいぶんオジサマになってしまった。10年前はオヒゲに白い毛が2~3本混じっただけで面白くなかったが、今や白いオヒゲは合計おそらく数十本に達し、自分撮りの写真を見ても、まあそれなりに目立つようになった。
地下鉄駅
(ブーローニュの森には、地下鉄2号線終点のこの駅が便利だ)

 では、「2005年のパリと、2015年のパリと、どっちが好きですか?」と尋ねられたら、クマ助どんはどう答えるだろうか。

 画家ベルタンの状況ほど混み入っていないし、罪悪感とも一切無関係の質問である。しかし「2005年のパリ」と答えれば今目の前にあるパリを裏切るようであるし、「2015年のパリ」と言えば、10年前の大事な思ひ出を、少なからず否定することにならないだろうか。

 相似形の質問としては、「2005年のエッフェル塔と、2015年のエッフェル塔」もありえるし、「10年前のルーブルと、今年のルーブル」「2005年の『ひぐま』と、2015年の『ひぐま』でどっちが好き?」など、ほぼ無限に考えられる。

 モーパッサンの主人公ベルタンみたいに「10年つきあってきた女性と、その娘」というのでは、たとえ芸術家であっても倫理的に許しがたい比較であるけれども、誰でもそれなりに似たような選択を迫られていることに我々は気づかない。

 ひぐまのラーメンなら「圧倒的に10年前!!」と叫べばそれで済むが、好みの変化とか、本人の成長とか、逆に衰えとか白いオヒゲの本数とか、まあこの問題はマコトに複雑な要素が絡んでいる。
公園1
(ブーローニュ、冬の午後の静寂 1)

 観光の要所要所で、10年前といろいろ比較してニヤニヤ&ニタニタすれば、旅の醍醐味は単なる空間の移動だけではなく、時間的にも豊かな広がりをもつようになる。昨日の記事であえて「死の如く強し」のストーリーを紹介したのは、旅のそういう楽しみ方を推奨したかったからである。

 今井君の旅行記を読むのにも、「何だコイツ、毎年パリの同じような場所を繰り返し散策しているな。さては…」みたいに、お下劣&お下品なことばかり詮索するのでは、あまりにもバカバカしい。というか、そんなんじゃゴシップ誌的な平凡な広がりしか期待できないじゃないか。

 そういう読書ではなしに、2005年のパリ、2012年のパリ、2013年のパリ、2014年のパリ、それらを比較しながら読んでくれれば、たかがブログであっても、時間の広がりはグンと豊かになる。
 対象となる都市も変化し、定点観測しているつもりの筆者も変化するのだから、2点が同時に不規則に空間と時間を移動する。数学の問題としても、これは十分に楽しいのではあるまいか。

 そういう楽しみを知っている読者が、例え1人でも2人でも存在してくれることを願って、過去の旅行記を検索しやすいようにしたのが「ウワバミ文庫」である。ありがたいことに、こちらの方も相当数のアクセスがあって、クマ助はマコトに嬉しく思っている。
公園2
(ブーローニュ、冬の午後の静寂 2)

 12月28日、サクレクールからモンマルトルの坂道を下ってきたところで、この日の散策の前半は終了。ムーランルージュ前、「ブランシュ」の駅から地下鉄2号線に乗り込んで、散策の後半、ブーローニュの森に向かった。

 パリの西郊に広がる森がブーローニュ。凱旋門から徒歩で行けないこともないが、素直に2号線の終点「Porte Dauphine」まで乗っていけば、森の入口はすぐ目の前である。テニスの全仏オープンが開催されるローラン・ギャロ(ス)や、ロンシャン競馬場もこの広大な森の中にある。

 何しろ森であるから、その歴史は暗く、長い。14世紀、百年戦争の当時には山賊が跋扈していたが、16世紀から17世紀にかけ、アンリ2世とアンリ4世によって森の整備が進められたという。

 フランス革命後は、逃亡者や政治犯が多くここに隠れ住み、またもや「危険地帯」に。19世紀後半、ナポレオン3世が大規模な整備を行って、パリに住むヒトビトの憩いの場になった。いろいろ評判の悪いナポレオン3世であるが、それなりに素晴らしい業績も残したのである。

 しつこいようだが、モーパッサンなんかもこの森が大好き。しばしば小説中の登場人物にブーローニュの森を散策させている。我らがオジサマ画家・ベルタンどんも、たいへん複雑な関係になってしまった母娘とともに、馬車に乗ってこの清々しい森を駆け回ったりしている。
自撮り
(ブーローニュの森で自分撮りを試みる)

 ただしガイドブックによれば、やっぱり21世紀のこの森は「治安が悪いです」「ご用心」「女性の一人歩きはオススメできません」「夜は非常に危険です」ということになっている。

 確かにその通りで、夜の闇の中を売春組織がうごめき、買春目的のヒトビトもウロウロするらしい。映画か原作でダン・ブラウン「ダ・ヴィンチ・コード」を知っていれば、追手を逃れたソフィ(オドレイ・トトゥ)とラングドン(トム・ハンクス)が逃げ込むのが、夜のブーローニュであった。

 映画では麻薬の影もちらついて、「治安が悪い」どころの話ではない。まるで犯罪組織の巣窟みたいに描かれていたように記憶する。ついでに、この小説の中での2人の逃亡が、12月28日の今井君と同じルートをたどっている。

「右手の窓から、モンマルトルの丘と美しいサクレ・クール寺院のドームが見える」(角川書店版)
とあるから、こりゃ全くおんなじだ。今井君は地下鉄を使い、主人公2人はタクシーを使った。ただそれだけの違いである。
鈴懸と凱旋門
(スズカケの大木。遠くに凱旋門が見える)

 しかし諸君、少なくとも昼間のブーローニュには、そんな危険の気配は全く感じられない。美しい樹林がどこまでも続き、ヒトビトは犬を連れ、または仲間どうしゆったりジョギングを楽しみ、冷たそうな池にはたくさんの鵜や白鳥や鴨たちが浮かんで、マコトに穏やかな午後である。

 舗道にたくさん落ちているのは、スズカケの実。ちょっと固めの実を選んで、どこまでも同じ実を蹴りながら、森の道を深く進んでいった。冬至直後の太陽は、まさに「つるべ落とし」であって、午後3時には夕暮れの雰囲気、午後4時には暗くなってしまう。

 滞在の最終日に何かイヤな事件に遭遇するのはイヤだから、散策は早めに切り上げて、帰りは凱旋門までゆっくり歩いていくことにした。ここにもスズカケの巨木が並び、高級住宅地を1本の幅広い道が貫いている。

 凱旋門はすぐそこに見えているのに、歩いても歩いても門に近づくことが出来ない。不思議なことに、というか、夢の中の逃走のように、あたかも門はどこまでも遠く逃げていこうとしているようである。結局30分も夕陽の光の中をさまよって、ようやく宿に帰り着いたのは午後5時30分のことであった。

1E(Cd) Solti & Wien:WAGNER/DAS RHEINGOLD①
2E(Cd) Solti & Wien:WAGNER/DAS RHEINGOLD②
3E(Cd) Menuhin:HÄNDEL/WASSERMUSIK
4E(Cd) Solti & Chicago:BEETHOVEN/SYMPHONIES②
5E(Cd) Solti & Chicago:BEETHOVEN/SYMPHONIES③
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