2015年04月20日(月)

Wed 150327 ローマ発、パリへ(2489回/イタリア冬紀行最終回/またまたパリ1)

テーマ:ブログ
 こうして、短いローマ滞在は終わりを告げる。12月26日、カンポ・デ・フィオーリでの昼食からホテルに戻ったクマ助は、さっそく荷物をまとめてパリへの出発準備を整えた。

 ローマからパリまでは、ヒコーキなら北西へ2時間弱。ローマから南にチュニジアのチュニスまででも2時間弱であって、パリはそれなりに遠いのであるが、今日のローマ ☞ パリはヒコーキではなくて列車で移動する。

 「は?」であって「何で?」であり、そういうおかしなスケジュールを組んだ自分自身に、「もしかしてクマさん、アンタは正真正銘の『乗り鉄』なんじゃありませんか?」と疑惑の目を向けるのであった。

 予定では、まずローマ・テルミニ駅17時20分発の新幹線フレッチャ・ロッサでミラノに向かう。ミラノで2時間半の待ち合わせ時間があるが、何とミラノからは夜行寝台列車に乗り込んで、はるばるアルプスを越えていこうという計画なのである。

 ローマからパリは、あまりにも遠い。1957年、作家ミシェル・ビュトールは、パリからローマに向かう列車の中で次第に心変わりしていく心のプロセスを書いた。20世紀中期のフランスで大流行中だった「ヌーヴォーロマン」の代表格である。
心変わり
(ミシェル・ビュトール「心変わり」。河出書房、1977年)

 タイトルは「心変わり」。今なら岩波文庫で買える。「きみは」「きみは」と2人称で進む小説は、当時はまだ珍しかったらしい。「ぼくは」でも「私は」でも「三郎は」「内藤は」でもなくて、主語のほとんどが「きみは」なのだから、20世紀の読者にとっては確かに物珍しかっただろう。

 「きみ」がパリのリヨン駅からローマ行きの列車に乗り込んだのは、1955年11月15日の朝8時10分。今日の今井君とは正反対の方向に南下を続け、ローマ・テルミニ駅に到着するのは翌16日の朝5時45分。この旅のうちに、きみの心は次第に暗く揺れ動くようになる。

 20数時間に及ぶ旅の中に、過去の回想や未来の空想をタップリ散りばめながら小説は進んでいく。恋人セシルとの回想の場面が、乾いた表現で細密に描写され、小説の構造枠としての20数時間は、実際には前後に数年も十数年も及ぶ広がりをもつわけだ。

 ローマ・ナボナ広場でのセシルとの食事シーンなんてのもある。あくまで断章風の回想であるが、「四大河の噴水の見えるレストラン」とあるから、数年前に「日本人カップルがボッタクリに遭った」というまさにあの辺りである(一昨日の記事参照)。
ナボナ広場
(ナボナ広場、噴水のある風景)

 ビュトール自身、この小説を「断章の集大成」と呼び、「スーラの細密画みたいなもの」とも言っている。今ではすっかりナリをひそめたヌーヴォーロマンだが、当時は日本でも流行。1961年、倉橋由美子は同じ構造枠を利用して「暗い旅」を書いた。2人称「あなた」を用い、旅は鎌倉から京都に変換されている。

 ところが、「江藤淳」という気難しいオジサマが、「これじゃビュトールのモノマネじゃないか」と批判。倉橋は「読者がビュトールを意識していることを前提にしているのだ」と応酬、それなりに面倒なことになったりもした。

 おやおや、いつものことながら話が大きくそれてしまった。とにかく、ローマ⇔パリ間の鉄道の旅は長い。20世紀中期のモタモタ走っていた列車とは言え、きみが心変わりしちゃうぐらい長いのだ。

 きみは恋人セシルに「これからは一緒に生活したい」と打ち明けるためにローマに向かう。ところが旅の疲労とともに、心は次第に暗鬱にかわり、打ち明けるのか打ち明けないのか、自分でもよく分からなくなる。まあ諸君、そのぐらいこの旅は長い。

 ぜひ岩波文庫で買ってみてちょ。おお、しばらく本屋に行かないうちに、文庫本も高くなったね。文庫1冊が1080円もするなんて、岩波新書1冊230円の時代に育ったクマ助なんかは、ほとんど信じがたいでござるよ。
リビング
(クラウンプラザホテル・ローマ。リビングスペースが素晴らしかった)

 ローマのホテルをチェックアウトしたのが16時。タクシーでテルミニ駅を目指す。一流ホテルというわけではなかったので、タクシーはホテル前に列を作っていない。ホテル脇の空き地に3~4台かたまって、運転手さんたちがいつも雑談に興じていた。

 それだけでも感じが悪いのだが、イタリア独特と言うか何というか、乗るべきタクシーが決まるまでのプロセスがまたよく分からない。手近なクルマに乗り込もうとすると、必ず「こっちじゃない、あっちだ」と、アサッテのほうを指示される。

 チケット窓口なんかでも同じことで、煌煌と照明の輝く窓口に並んでいると、「こっちじゃない、あっちだ」とゾンザイな口調で「あっち」を指さされる。「あっち」の窓口を見ると、いかにも面倒だと言わんばかりのオジサンが、明かりもつけずにアクビをしていたりする。

 しかしとにかく「こっちじゃない、あっちだ」と言われれば、それに従わないわけにはいかない。ホテル脇の荒んだタクシーの溜まり場で、4日とも例外なく「こっちじゃない、あっちだ」が続き、最終日のラストのラストまで「こっちじゃない、あっちだ」に従った。

 では「不機嫌なのか?」と言えば、決してそんなことはない。マコトに不承不承に走り出したクルマの中で、運転手さんは「どうだったローマは?」「いいクリスマスだったか?」と尋ね、朗らかに歌を歌ってくれたりする。いやはや、イタリアとはマコトにフシギな国である。
ミラノ行
(ローマ・テルミニ発、ミラノ・チェントラーレゆき)

 こうして17時20分、きみはローマ・テルミニ駅からフレッチャ・ロッサに乗り込むのである。きみは生意気なことにビジネスクラスを選択。ビジネスクラスでもやっぱり収納スペースが足りないので、きみは巨大スーツケースの置き場を求めて右往左往する。

 右往左往しているこういう時間帯が、実は一番危ないので、スリ集団が虎視眈々と狙っている可能性がある。きみはその辺を熟知しているが、とにかく荷物置き場を探して大汗をかくことには変わりがない。「やっと収まった」とヒタイの汗をふきふき席につく頃、列車は早くもローマを出発している。

 これではきみには、街に別れを告げる余裕もない。「次にローマにくるのはいつになるだろう」であるが、そろそろ「きみ」が面倒になって「クマ助」に戻りたくなる頃、隣のボックスの家族4人連れが異様にうるさいことに気づく。

 まず、子供のゲーム機が問題だ。欧米人や中国のヒトビトの中には、ゲーム機の音を外に撒きちらしてちっとも不思議に思わない人が少なくない。列車内は「ビュンビュン、ビューン」「ダダダダ、ドン、ブーン、ボーン」という音で満たされる。

 パパはたしなめるようなことは何にも言わず、それどころか自分の音楽プレーヤーのボリュームを上げた。パパもまた、「イヤホン」なり「ヘッドフォン」なりを使用する気はサラサラないらしい。しかし諸君、これがその国の普通の流儀なら、外国人が「イヤホンつかってください」とも言えないじゃないか。
ビジネス
(フレッチャ・ロッサ、ビジネスクラスの風景)

 ゲームの音とのプレーヤーの音楽が交錯する中、今度はママが激しく咳き込みはじめた。普通の風邪であんなにヒドくは咳き込まないだろうから、症状が相当悪化しているか、場合によってはインフルエンザのピークと思われる。

 日本人なら「マスク」とか「咳マナー」ということも心得ているが、この国ではそういう流儀はまだ定着していないらしい。むしろこっちを向くぐらいの勢いで、口も鼻も抑えることなく激しく咳き込み、飛沫は車内に飛び散り、周囲の乗客は感染の危機に立つ。

 ママの症状はまさに今がピークであるらしい。とうとうトイレに駆け込んで、おゲロをお吐きになっていらっしゃった。帰ってくるなり、可哀そうにまた咳が始まり、飛沫がとび、子供はゲーム機の音量をあげ、パパはますます不機嫌になってプレーヤーの音量を上げる。

 この状態でミラノまで1時間半。「心変わり」の「きみ」の心は20数時間かけて暗鬱にかわっていったが、フレッチャロッサの今井君の心は、たった1時間半でヨレヨレ。この状況で2時間半、夜行列車の出発をひたすら待ち受けることになった。

1E(Cd) Candy Dulfer:LIVE IN AMSTERDAM
2E(Cd) Patti Austin:JUKEBOX DREAMS
3E(Cd) Courtney Pine:BACK IN THE DAY
4E(Cd) Dieter Reich:MANIC-“ORGANIC”
5E(Cd) Tuck & Patti:AS TIME GOES BY
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