2015年04月19日(日)

Tue 150326 ローマの締めくくり、全15巻を読みあげる(イタリア冬紀行22・2488回)

テーマ:ブログ
 これからクマ助は、ローマを発ってパリに向かう日の話を書くのである。しかしその前に、まさにローマ出発の日の記事を書こうとする直前、長く付き合ってきた塩野七生「ローマ人の物語」全15巻を読みあげたことをここに報告しておきたい。

 約500ページの単行本をたった15冊を読破しただけのことであって、世の中のエラい読書家の皆さまから見たら「失笑を禁じ得ない」という所かもしれない。わずか15冊、新潮文庫版で43冊。「その程度なら5日もかからずに読みあげます」と豪語する速読の帝王もいらっしゃるにちがいない。

 何しろ21世紀の世の中は、「速読・速読・何でもいいから速読」の世界であって、何でもかんでも異様なスピードでページをめくり、「1日1冊」どころか「1冊1時間」「1冊1分」でなければ何の自慢にもならないようである。

 別に読書量を自慢のタネにしなくともいいと思うが、とにかく速く読めたら憧れのマト、読書がじれったいぐらい遅いのは何ともミジメ、そういう時代である。全15巻、文庫版で43冊、「そんなのは、私は3日ですね」「ボクは1時間もかかりません」、そういう猛者が日本中からモワモワ湧きあがってきそうである。
テヴェレ川
(12月26日、ローマ・テヴェレ河岸は快晴であった)

 確かに「フォトリーディングなら1冊1分」であって、「それ以上かけている人には絶対に負けません」であるらしい。文庫本43冊なら、当然43分。今井君がさっき読みあげた「ローマ人の物語」は、速読の達人なら「ホンの1時間でポイ!!」のシロモノに過ぎないのだ。

 何で読書に勝ったり負けたりが関わってくるのか理解に苦しむが、「1冊1分」で「必要な情報だけをスバヤクつかみとります♨」と熱くなっているヒトビトからみたら、たった43冊読みあげたぐらいで大騒ぎしているクマなんか、オロカもオロカ、「バカじゃないの?」でポイ。そういうふうに見えるのかもしれない。

 しかし諸君、クマ助は違うと思うのだ。まずこれは、1300年にわたって地中海世界を支配したウルトラ大帝国のお話。1300年の歴史を43分で読みとばすとか、100歩譲って1日1冊=43日で読み切るとか、そういうのを「拙速」というんじゃないか。

 次に、この全15巻は昭和10年生まれのたいへん賢く努力家のオバサマが、15年かけて1年1冊のペースで書き上げたもの。1937年生まれ、日比谷高校卒。ということは、日比谷高校の同期生には作家の庄司薫と古井由吉がいる。詳細な参考文献一覧なんかを見ても、その執念と丹念さには舌を巻く。
マルケルス
(ローマ、ティベリーナ島近くのマルケルス劇場。紀元前10年ごろの完成である)

 こんなに丹念に研究し構想した成果としての作品を、「速読だ!!」の号令一下、「1冊1分」だの「1日1冊」だの、そんな読み方で読み飛ばしていいものか、その辺をしっかり考えた方がいい。

 以上の2点を噛みしめた上で、今井君は何と7年もかかってゆっくりゆっくり読み進めたのである。何しろ他の読書も6通り同時進行しながら。ゆっくりなのは当たり前だ。最初の第1巻を手にしたのは、2008年3月。まだこのブログさえ始めていなかった頃である。

 最初の3巻はお風呂で読んでいたが、その後お風呂での読書は文学全集に切り替えた。2段組み、平均600ページ、段落分けさえ滅多にない文学全集を、あれから27冊、お風呂の中だけで読破した。「ローマ人の物語」1~3巻を読んでいたのは、マコトに懐かしい大昔のことである。

 しかもクマ助の読書には、クチャクチャ&クチャクチャ日なたの牛さんよろしく反芻を繰り返し、「同じテーマならオレはどう書くかな?」と妄想なり空想なりを積みあげる果てしない時間が含まれる。ネバネバ強烈に記憶に残るのも、この反芻を繰り返すせいである。
レストラン
(ローマ、カンポ・デ・フィオーリ広場のレストランで)

  第1巻の冒頭、筆者は「とにかく私は書きはじめる」のヒトコトを書いた。第15巻、文庫版43冊目ラストのクマ助は「とにかくワタシは読みあげた」であって、古代ローマ帝国1300年、1937年生まれの筆者の人生55歳から70歳までの15年と、マコトにジックリ付き合った感激に包まれている。

 2014年ローマ訪問記の最終日(12月26日)を記録する日に、この物語を読みあげたことにも、若干の意味はあるだろう。12月26日朝、古代ローマ街道アウレリア・アンティカに面したホテルクラウンプラザのお部屋を出て、とりあえずサンピエトロからテヴェレ河沿いの散策を始めた。

 何しろ諸君、クマ助はこのホテルチェーンのプラチナ・アンバサダー・メンバー。トテツもない高級会員であって、チェックアウト当日でも、部屋を午後4時まで無料で使用できる。荷物は全部お部屋に放置して、テヴェレの河岸を心ゆくまで散策することにした。
スープ
(カンポ・デ・フィオーリでミネストローネを楽しむ)

 今井君はとにかくたいへんなネバネバ記憶力を誇る。これ以上ネバネバしつこい記憶力は考えられないほどで、テヴェレ河に関しても全15巻に登場したほぼ全てのエピソードが、記憶の中でムッチリムチムチ成長し・ネットリネバネバ糸を引き・モンワリモワモワ湯気をあげている。

 そういう状況の中で、テヴェレ河の右岸を河口のオスティアに向かってなだらかに降りていく。するとフシギなことに、その1歩1歩が古代ローマ1300年のエピソードに響きあい、こんなに奥深くこんなに充実した1歩1歩は考えられないほどである。

 感激の散策は、カステル・サンタンジェロから始まって、中洲のティベリーナ島まで30分あまり。ティベリーナ島のサン・バルトロメオ教会から、マルケルス劇場に向かった。ヴェスパシアヌスによるコロッセオより、マルケルス劇場は90年も古い。カエサルが着手、紀元前10年ごろ完成の古代劇場である。

 元の収容人数は、1万人とも1万5千人とも言われる。西暦4世紀には、テヴェレ河に橋をかけるための石材をここから供出。3世紀には皇帝がペルシャで捕われて皮剝の屈辱を受けるほどの混迷。476年の滅亡に向かって、古代劇場さえ石材供出の嵐にさらされていたのだ。
ボンゴレ
(カンポ・デ・フィオーリのスパゲッティ・ボンゴレ。おいしゅーございました)

 12月26日、今回のローマ滞在を締めくくる昼食は、カンポ・デ・フィオーリ広場でとることになった。なかなか美しい命名の広場であるが、もとは処刑場であって、ルネサンスのジョルダーノ・ブルーノはここで火あぶりになった。

 別に「カンポ・デ・フィオーリでランチ」と決めていたわけではなくて、要するにこの広場に迷い込んだだけのこと。ホントは「今日もまたナボナ広場でボッタクリの実態を調べてやろう」と思っていたのである。

 しかし諸君、この広場の賑わいを眺めていると、「ボッタクリ」とか「ボられる」とか「ご用心を」みたいな文字は、もうどうでもよくなってきた。古代ローマ1300年。カトリックの都として今日まで1400年。他民族による劫掠・落花狼藉の被害に遭った経験も数多い。

 3000年近い歴史が刻まれた街で、ヒトビトは思い思いの力強い活動を続けている。もし旅人への親切が度を過ぎたとしても、今さら治安がどうこう言う必要はない。むしろ旅人の側でローマのために細心の注意を払い、これ以上ローマで見苦しい問題が起きないように、地元のヒトビトと協力しあえばいいことなのである。

1E(Cd) Enrico Pieranunzi Trio:THE CHANT OF TIME
2E(Cd) Quincy Jones:SOUNDS … AND STUFF LIKE THAT!!
22G(α) 塩野七生:ローマ世界の終焉(中):新潮文庫
32G(α) 塩野七生:ローマ世界の終焉(下):新潮文庫
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