2015年04月08日(水)

Fri 150315 クリスマスの乱痴気騒ぎ 鉄道の改善 ガッチリ作りすぎ(イタリア冬紀行12)

テーマ:ブログ
 12月22日、フィレンツェからローマに列車で移動する。こういう慌ただしい移動のたくさん含まれた旅はあまり好きではなくて、今井スタンダードはあくまで「1都市14連泊」なのだが、今回は移動の連続覚悟で「はとバスコース」を選択してしまったのだから、やむを得ないものはやむを得ない。

 昨夜のフィレンツェは、深夜までお祭り騒ぎ。「深夜まで」というより、正確には「早朝まで」であって、サヴォイホテルのあるレップブリカ広場では、酔漢の高歌放吟に怒号や爆竹が加わり、ほとんど落花狼藉の様相を呈していた。

 欧米のクリスマスの激しさは、日本を数段上回るものがある。ピサみたいな小さな町でも、狭い目抜き通りを人の波が埋め尽くし、行列というかパレードというか、人は一向に前に進まない。乗らなければならない電車があって駅に急いでいる場合、まさに気が気でない状況に陥る。
夜景
(ピサの夜景。一昨日3枚目の写真と同じポイントからの撮影である。ぜひ昼間の光景と比較してみてくれたまえ)

 フィレンツェでこういう一夜を過ごしていて心配になるのは、「文化財の数々は大丈夫か?」の一点である。何しろ街のいたるところに「ウルトラ」や「スーパー」のつくたいへんな文化財が乱立している。

 こんな乱痴気騒ぎのさなか、「あれは大丈夫か?」「アイツは無事か?」とヤキモキしているのは、何もクマ助だけではないだろう。ポンテヴェッキオの上でトランポリン並みに跳ね回っている若者たちだっているだろうし、ドゥオモ前の広場で爆竹を連発させている酔漢たちもいるはずだ。

 しかし幸い、一夜明けてみるとフィレンツェは平静を取り戻している。みんな無事だったようだ。「やれやれ」と胸を撫で下ろすけれども、では「この毎晩の乱痴気騒ぎがいったいいつまで続くのか」ということを思うと、取り越し苦労はどこまでもつのっていく。

 クリスマスまでまだ数日残っているし、クリスマスの騒ぎはお正月にそのままつながって、春になればイースター、夏になれば大量の観光客のGRUPPOが世界中から押し寄せる。文化財諸君に気の休まるヒマはないのである。
大聖堂
(フィレンツェ、夜のサンタマリア・デル・フィオーレ)

 駅に着くと、いつものことではあるが列車が軒並み遅れている。表示によると、ミラノゆきは35分の遅れ。ヴェネツィゆきも30分の遅れ、その次のヴェネツィアゆきも25分の遅れになっている。

 国鉄側は、こういう遅れについて謝罪の放送なんかしない。遅れは常態化していて、一切の遅れなしにダイヤ通り走ることなんか、乗る側だって期待していない。20分や30分の遅れでいちいち文句を言うヒトもいないようである。

 ただし、表示に「遅れ30分」と出た場合、それをホントに30分と理解してはならない。30分の遅れはやがて40分に拡大し、40分は60分になり、最悪の場合は突然「Cancelled」になったりする。しかし人は文句を言わず、ただ絶望のタメイキがそこいら中でわきおこるだけである。

 それでも、高速鉄道の「フレッチャ革命」以来、事態はずいぶん改善したのである。遅れはせいぜいで30分程度に短縮されたし、「Cancelled」の心配は今やほとんどなくなった。
窓からの眺め
(フィレンツェ、サヴォイホテルからレップブリカ広場を望む)

 一番の改善点は、「何号車が長いホームのどこに来るか」が、前もってハッキリ分かるようになったことである。ホンの2~3年前まではヨーロッパのどこでも、列車が実際に来てみなければ、自分の乗る号車がどこになるのか、表示はほとんどなかった。

 だから、人々はホームを疾走したのである。1号車のチケットをもった人が10号車付近から疾走し、12号車のチケットをもった人が3号車付近から疾走する。こうして列車が着いた瞬間から、人々の悪戦苦闘が始まったものである。

 巨大スーツケースを引きずっての疾走は、あまり楽ではない。ホームには屋根のないところもあるから、雨の日の疾走は滑る足許に気をつけなければならない。

 たった一人で疾走するのならまだいいが、狭いホームを数十人の人々が右往左往することになる。反対方向に疾走する人々の波は、あっちでぶつかり合い、こっちで滞り、列車のドア付近には人間の大きな塊がおしくらまんじゅうのように固まって、日本人から見ると不合理なことこの上ない。

 それが今や高速鉄道フレッチャの登場で、事態は日本並みになりつつある。ホームの至るところに「何号車はどこに来ます」という表示がぶら下がって、人はキチンと列を作り、ラグビーなみの疾走と衝突を繰り返す必要はもうなくなった。
遅れ
(35分、30分、25分。平然と列車の遅れを示す掲示板)

 これはまさにたいへんな進歩であるが、心配なのは「いつまで続くんですかね?」という点である。1年経過し、2年経過すれば、いろいろな機械が故障しはじめる。

 「駅は混乱の場」という人々の認識が変わらないうちに機械が故障しはじめれば、故障は放置され、元の混乱が戻って、人々は懐かしい混乱や混沌を再び愛するようになる。

 メンテナンスがキチンとなされなければ、「革命はなかった」「フレッチャ革命って、それ何のこと?」とシラを切るようなアリサマになりはしないか。21世紀の世界が認識しなければならないのは、何よりもまずメンテナンスの重要性じゃないかと、クマ助は愚考するのである。

 今日のローマへの移動は、「のぞみ」に該当するフレッチャ・ロッサ。1時間足らずの旅だが、せっかくだからビジネスクラスを利用してみた。普通車より1段上、まあグリーン車の位置づけだ。

 すぐに感じるのは、荷物を収納するスペースの欠如。欧米人のスーツケースは、日本人とは比較にならないほど巨大である。それを2つも3つも引きずった人々が、そこいら中で困り果てている。

 座席と座席の間のスペースも、頭の上の荷棚も、デカいスーツケースが入りきるほどの広さはない。ドア付近に専用スペースはあるけれども、3~4人分の荷物を収納するのが精一杯。始発駅から乗った人たちが、もうとっくに無遠慮にスペースを占領していて、途中駅からの人は荷物を抱えて右往左往するしかない。
フレッチャ
(ローマ・テルミニ駅に到着したフレッチャ・ロッサ)

 座席がガッチリ固定されているのも、欧米ならではの事情。日本みたいに臨機応変にクルクル回転させるなどという芸当は、最初から完全に放棄されている。後ろを向いたら最後まで後ろ向きのままである。

 もちろんヨーロッパでは、ターミナル駅の多くが行き止まりの終着駅タイプ。ターミナルに着くたびに列車の進行方向は逆になるから、これはこれでいいのかもしれない。

 しかしこんなにガッチリ何でもかんでも固定してしまったら、後から何かの欠点に気づいても、もうどうにも改善ができない。収納スペースを作ることも、クルクル回転させることも、車両のスタンダードを切り替えるまでは無理なのだ。

 つまり、これから十数年経過して現行車両の廃車が始まり、新型車両が導入されるまで、全てがガッチリ固定されたこの狭苦しい車両で、人々は大きなカラダをギュッと縮めて鉄道旅行に耐えることになる。

 諸君、何ごとも臨機応変に。カリキュラムとか学習計画なんかを作成するときには、十分に余裕をもたせることを第一に考えないと、人がプランに合わせ、人がスペースに妥協して、マコトに窮屈な日々を過ごすことになりかねない。

1E(Cd) John Coltrane:IMPRESSION
2E(Cd) John Coltrane:SUN SHIP
3E(Cd) John Coltrane:JUPITER VARIATION
4E(Cd) John Coltrane:AFRICA/BRASS
5E(Cd) Jessica Simpson:IRRESISTIBLE
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