2015年04月07日(火)

Thu 150314 人はなぜ塔に昇りたくなるのか 足許のカフェで堪能する(イタリア冬紀行11)

テーマ:ブログ
 12月21日、クリスマスイブイブイブイブの午後(というより夕暮れ)&(スミマセン、昨日の続きです)、快晴のピサを訪れた今井君は早速「それでは斜塔のテッペンに昇ってみようじゃないか」と決めた。

 諸君、普段なら「斜塔の上に昇る」のは困難である。佐藤の上や加藤の上、遠藤や斉藤の上に昇るのも困難かもしれないが、斜塔の上もなかなか難しい。夏の観光シーズンなんか、「どうしても斜塔に昇りたい」というヒトビトが、地球を一周してもまだシッポが余りそうな長蛇の列を作っている。

 ヒトはなぜ塔に昇りたくなるのだろう。「そこに塔があるから」という平凡な答えしか思いつかないのは、才能の欠如よりも努力の欠如を示していて、そういう陳腐なことを言ってスカッとしているようじゃ、将来の大成は望めない。

「そんなのちっとも答えになってないじゃないか」
「じゃ、いったい何故そこに塔があると昇りたくなるんだよ?」
と厳しい質問がとんできて、ハトが豆鉄砲を喰らった表情でゴマかすのがやっとである。
階段
(ピサの斜塔へ、長い階段の入口。新入生諸君、新入社員諸君、どんなに長い道のりも、ここから踏みしめて行くしかない)

 しかし諸君、そんな厳しい質問をしてくるオカタが、果たして諸君以上の見事な答えを準備しているかどうかは甚だ疑わしい。どうせもっとツマランことしか言えないヤツらこそ、厳しい質問を諸君に浴びせることで自らの陳腐さをヒタ隠しにしているだけのことである。

 就職活動の面接なんかで、コワそうな面接官の皮肉な表情を見て心がクジケそうになったら、必ずこのことを思い出したまえ。目の前の面接オジサマがどんなに偉そうにしていたって、「ヒトはなぜ塔に昇りたくなるのか?」に対して、「そこに塔があるから」以上の見事な返答なんか持ち合わせがないのだ。

 そうだからこそ、詩人にも作家にもならないで、企業の面接オジサマをやっているのだ。もしかしたら、さっき諸君と同じ通勤電車に乗り合わせたかもしれないし、「足を踏まれた♨踏まれない」で露骨な舌打ちをしてみせた、その程度のオジサマかもしれない。

 諸君、目の前の面接官がそういう類いである可能性も低くはない。企業の面接試験で「ヒトはなぜ塔に昇りたがるんだと思いますか?」と皮肉な笑いで尋ねられても、決して緊張なんかする必要はない。
眺望
(斜塔のテッペンから、トスカーナの絶景を堪能する)

 ごくごく素直に、「アナタはなぜ今この場でそんな質問を思いついたんですか?」と尋ね返せばいい。もちろんホントに口に出して言ったんじゃ元も子もないから、それはあくまで心の中でのこと。そんなふうに考えて、「とにかく落ち着いて、余計な緊張はしなさんな」ということである。

 この場合、つまりオジサマは「大企業」を「塔」を言い換えてみたのである。
「ヒトはなぜ高い塔に昇りたがるんですかね?」
☞「ヒトはなぜ大企業に入社したがるんでしょうね?」
☞「アナタはなぜこの企業を志望したんですか」
という、マコトに平凡&陳腐な問いに過ぎないのだ。

 おそらくオジサマは昨日の帰りに部下と焼鳥屋に立ち寄り、焼酎のお湯割りを引っかけながら、部下に面接試験の愚痴でもこぼしたのだ。

「最近の学生って、何を聞いても平凡なことしか言わなくてな。面接してても退屈でカラダがもたないよ」
「先輩、そりゃ仕方がないですよ。だって、スマホいじり以外、学部4年間で何にもやってこなかったんですから」

「だってな、志望動機がみんな一緒なんだぜ。『御社に採用していただけました暁には、グローバルな業務を担当させていただきたいと存じます』って、なあ後輩クンよ、『御社』『御社』って、マニュアル程度の返答しかできない学生に、グローバル業務なんか任せられるわけないだろ」

「じゃ、志望動機の尋ね方でもちょっと工夫してみたらどうですかね」
「そっか、『ヒトはなぜ山に登るか』でも尋ねてみるかな」
「おっ、いいっすね。それやりましょうよ、先輩」
とか、おそらくそんな会話を交わしたのだ。
斜塔
(塔の足許のカフェで、世界史教科書とは反対向きに傾いた斜塔を堪能する)

 さて、閑話休題であるが、では「クマ助はなぜ斜塔に昇りたくなったのか」ということになると、見事な答えなんか別に必要ないのである。「他のヒトビトがみんな昇るから」というモロ日本人的な答えを呟けばいいので、「そんなに皆が昇るなら、さぞかし素晴らしい体験だろう」と判断したわけだ。

 何しろ大きく傾いた塔であるから、おなじみの螺旋階段を昇っていく感覚も、普通の塔とは全く違う。上りのはずなのに実質的に下りになる所があったり、同じ角度の上りのはずが、激しい角度で上昇するところがあったりで、真っ直ぐ屹立した普通の塔よりも、疲労度ははるかに大きい。

 いやはや、こんなに疲れたのは、ジャングルジムみたいだったアイルランド・キルデアの塔に昇ったとき以来である。同じグループで昇ったロシア人家族・イタリア人カップル・ドイツ人カップルなどと一緒に塔のテッペンに立った時、塔のテッペンは強風が吹き荒れ、快晴のトスカーナの冬風景がマコトに爽快であった。
夕景
(夕暮れの斜塔。裏町のレストランより)

 塔から降りたのが、15時半。すでに冬の太陽は大きく傾いて、白い斜塔をオレンジ色に染めはじめていた。やっぱり塔は昇るものではなくて、下から眺めてウットリする対象である。

 この場合、ただ塔の下に立ち尽くし、口をアングリ開けて見上げているだけでは芸がないので、芸がない以上に肩が凝り&腰も痛くなる。利用したいのは、何と言っても塔の足許のカフェである。イスに腰をおろしてビールでも注文すれば、肩もアゴも腰も痛めずに、いつまでも塔の美しい姿を堪能できる。

 エッフェルでもサグラダファミリアでも、東京タワーでもピサの斜塔でも、大切なのはとにかくカフェ探し。絶好のロケーションを見つけたら、迷わず一番条件のいいテーブルを選びたまえ。

 そのとき、「アジア人はダメだ」「オマエはあっちのテーブルに行け」の類いのアジア人蔑視を経験するヒトもいるらしいが、幸いなことに今井君は、こんなにたくさんの旅を繰り返しているのに、蔑視の対象にされたことがない。
スープ
(斜塔を眺めながらすすった、熱い家庭風ミネストローネ)

 この日のピサでも、① 正面のカフェ、② 裏町のレストランの2軒で特等席を確保。①では教科書的斜塔を、②では裏町に覆いかぶさる斜塔を、それぞれ1時間弱、余すところなく堪能させてもらった。

 ①は、ちょうどマラソン大会の決勝地点。折しも最後のランナーが棄権せずに走り通して、集まった市民の大喝采を受けたところだった。②は、セルフィー売りの人々が仕事を終えてタムロしているあたり。観光客はほとんど入り込まない裏町のレストランだった。

 家庭風の熱いミネストローネが旨かった。日が沈んで急速に夕暮れていく空を背景に、ほとんどシルエットに変わった斜塔の勇姿を、もう見えなくなるまで満喫した。

 気がつくと、クリスマスの夜空に月といくつかの星が浮かんでいる。そろそろフィレンツェに帰還しなければならない時刻になっていた。

1E(Cd) Santana:AS YEARS GO BY
2E(Cd) Gregory Hines:GREGORY HINES
3E(Cd) Holly Cole Trio:BLAME IT ON MY YOUTH
4E(Cd) Earl Klugh:FINGER PAINTINGS
5E(Cd) Brian Bromberg:PORTRAIT OF JAKO
total m70 y393 d15717
最近の画像つき記事
 もっと見る >>

Ameba芸能人・有名人ブログ

芸能ブログニュース

      ブログをはじめる

      たくさんの芸能人・有名人が
      書いているAmebaブログを
      無料で簡単にはじめることができます。

      公式トップブロガーへ応募

      多くの方にご紹介したいブログを
      執筆する方を「公式トップブロガー」
      として認定しております。

      芸能人・有名人ブログを開設

      Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
      ご希望される著名人の方/事務所様を
      随時募集しております。

      Ameba芸能人・有名人ブログ 健全運営のための取り組み
      芸能ブログニュース