2014年12月24日(水)

Sun 141130 治安が改善 ファロ公園からの眺望 昔のホテルは健在(夏マルセイユ滞在記2)

テーマ:ブログ
 どんな街へ行っても、必ず最初にしなければならないことは「街全体の把握」である。その方法はまさに「臨機応変」で構わないので、展望台に昇るのもいいし、街をグルリと1周してくれるバスに乗るのも悪くない。何度か訪ねた街ならば、目を閉じて記憶をたどるだけでもいい。

 とにかく大切なのは「いきなりDetailに深入りしない」ことである。手当たり次第に美術館や博物館に突入して、そこで展開されているDetailの1つ1つを矯めつ眇めつし、たちまち旅立ちの時が訪れて嵐のように帰国する、そういうヒトをたびたび見かけるけれども、ミクロに行く前にマクロの把握がないと、いつも顕微鏡をメガネにして歩き回っているようなものである。
ファロ公園より
(ファロの丘からマルセイユの海を一望する)

 8月31日、マルセイユの初日は嬉しくて絶叫したくなるほどの快晴。まさに「雲一つない」であって、旧港の周辺に店を開いた6~7軒の魚の屋台にも、早くも人だかりが出来ている。

 店を開いているのは漁師のオジサマ&オバサマたち。「底抜けに明るい南欧の人たち」という決まり文句があるけれども、彼ら彼女らの明るさは別に「底抜け」なんかではなくて、朝市独特のキツい発言ももちろん飛び交っているし、抜け目のない値段交渉も水面下で進行中。決して油断なんか出来ないのである。

 それでも、快晴の夏の朝、海を渡ってくる涼風はマコトに爽やかであって、「おお、とうとうマルセイユを再訪したんだ」という充実感が漲ってくる。朝のクマ助は街全体を把握しようと、港の出口にある小高い丘の上の「ファロ公園」に向かった。

 10年前のマルセイユ訪問時、この周辺でどのぐらい治安の悪さに震えたかを、今でもマザマザと思い出す。窓ガラスがみんな割られてしまった廃墟のようなビルが立ち並び、明らかに何かの薬物に酔った男たちがウロついていた。

 「注射針が落ちている」という光景にも遭遇したし、そこいら中が乱雑に放置された工事現場。駆け回るコドモたちはズルそうな笑顔で金品を求め、路上に停車したクルマの中で、男たちが何やら怪しげな取引を進めている様子だった。

 そういう人たちと視線が合うと、そのあまりの迫力にゾッと鳥肌が立つ。東洋のかよわいクマどんは、ひたすら目を伏せてコソコソ逃げ去るしかなかった。いやはや、3月のシーズンオフだったせいもあるのか、「すさみ放題にすさんでいた」という印象が強い。
拡大図
(手前がサン・ジャン要塞。その向こうのシマシマ模様がサントマリー・マジョール大聖堂。昔の治安の悪さは、今は感じられない)

 ところが諸君、あれから10年が経過。2014年のマルセイユは、全く別の街に生まれ変わっていた。地下鉄駅のポスターも、
「10年前のあのヒドい状態に戻りたいか?」
「生まれ変わった今のマルセイユに誇りをもとう」
「昔のヒドい評判が戻らないように努力しよう」
と、マルセイユ市民に訴えかけている。治安とともに自信とプライドを取り戻した市民の、マコトに誇らかな高揚した気分がヒシヒシと伝わってくる。

 確かに、金品を求めて路上に座り込んでいる人々もまだ多い。旧港付近には移民系の物売りが溢れ、少々ウルサくないことはない。しかし彼らもまた生まれ変わったようであって、オモチャやお茶を並べて静かにお客を待っている。ポットにお茶を入れてひたすら待つだけの可愛いオジーチャンもいた。

 その点、現在滞在中のフィレンツェやローマの物売りのほうが、はるかに高圧的である。諸君、今やヨーロッパの路上物売りは8割から9割が「セルフィー」である。観光客よりセルフィー売りが多いぐらいだ。

 アカデミア美術館前も、ピッティ宮やウフィツィ美術館前の広場も、セルフィー売りに占拠された感があって、10メートル歩く間に10人のセルフィー売りに声をかけられる。

 セルフィーとは、自分撮りの写真がカンタンにとれる棍棒みたいなシロモノであるが、自分撮りの達人=今井君にとっては完全に無用の長物。ところが、買うヒトは買うらしくて、この10年のヨーロッパを席巻した「ミサンガ売り」「フェイクバッグ売り」はほぼ完全に駆逐され消滅したようである。
旧港
(ビュー・ポール付近、拡大図)

 8月31日のマルセイユには、まだセルフィーが流入していなくて、朝の爽やかな風の中、クマ助はウルサイ物売りに気分を害することもなく、ファロ公園の丘の頂上にたどり着いた。

 港からの所要時間20分ほど。かんかん照りの勾配をひたすら登ったから、汗がダラダラ流れて止まらず、肉体はひたすら冷たいビールを求めたけれども、まあ諸君、丘からの見事な眺めを、上3枚の写真で確認してくれたまえ。

 こんなに美しい地中海の風景に息を飲めば、ビールぐらい1時間でも2時間でもガマンできるのは言うまでもない。さすが地中海であって、4月に眺めたオランダ・ハーグの北海、昨年12月のフランス・ルアーブルの海とは、その青の深さが根本的に違う。

 盛んに港に出入りする船も、海が好きで好きでたまらない様子。北の船は、海と戦い、波にあらがい、凶悪に荒れる海の上を喘ぐように進んでいく。マルセイユの船たちには、戦うとか抗うとか喘ぐとか、およそそのたぐいの悪戦苦闘を示す動詞は似合わないように思われる。
Rome
(10年前に滞在したホテル「ローム サンピエール」。健在の様子であった)

 ただしこれほどの良港であれば、古代☞中世☞近代を通じ、海軍の基地としての機能も担うことになるのも当然であって、港の入口は4つの古い要塞が残っている。ファロ公園自体がもともと「ファロ宮」と名づけられた宮殿であるが、ここから向かって右の丘がサン・ニコラ要塞、海を挟んで向こう側がサン・ジャン要塞である。

 教会も多い。商人・漁民・海軍関係者など、海を舞台に生きていけば、もちろん命に関わるケガや病気も少なくない。クマ助が滞在するホテルがもともと不治の傷病を抱えた人の施療院で、東の窓を開ければ山の頂の大聖堂と金色に輝くマリア像が仰げるように設計されていたのも、つまりそういうことである。
トワノー
(10年前のお気に入り、コキヤージュの店「トワノー」。ここも健在だった)

 さて、1時間ほど丘の上から街の光景をながめ、「マクロの目で全体の把握」という基本作業は済んだ。丘を降りて、今日はこれから「地元のヒトしか乗らない」というローカル線で2時間ほど、ミラマスの街を目指すのだが、その前にまず10年前の滞在時にお世話になった懐かしいホテルとレストランを見に行くことにした。

 ホテルは、「ローム サンピエール」。かつて修道院だった建物をホテルに改修したもので、100年以上の歴史がある。大きく傾いた狭い螺旋階段や、スーツケースを載せることも出来ない小さな木製エレベーターに難儀したものだが、ホテルは今も健在のようであった。

 このホテルの裏は、アラビア系の移民の街。無数の屋台がズラリと立ち並んだ様子を見ると、とてもここがフランスであるとは信じがたいほどだが、詳しくはまた近い将来、写真入りで紹介できると思う。

 懐かしいレストランも健在だった。大皿にナマの貝類を大量に載せて豪快に味わう「コキヤージュ」の店「トワノー」。残念ながら、ランチはセルフサービスでのみの営業にかわってしまったらしいが、10年前にはストライキと大規模デモが街を席巻する中、店のヒトがビックリして歓声を上げるほど、連日大量の牡蠣を食べまくったものである。

1E(Cd) Solti & Chicago:BRAHMS/SYMPHONY No.3
2E(Cd) Solti & Chicago:BRAHMS/SYMPHONY No.4
3E(Cd) Menuhin:BRAHMS/SEXTET FOR STRINGS No.1 & No.2
4E(Cd) Baumann:MOZART/THE 4 HORN CONCERTOS
5E(Cd) Solti & Wiener:MOZART/GROßE MESSE
total m141 y2111 d15041
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