2014年10月08日(水)

Sun 140914 黒ネコ君とミケ君 春な忘れそ クダワラ道真(おらんだ先生訪問記45)

テーマ:ブログ
 オランダ・ライデンの街でクマどんを導いてくれたのは、何といっても2匹のネコ君たちである。1匹目はパーフェクトな黒ネコ。ライデンのそよ風の中、運河のへりの道をどこまでも闊歩しながら「こっちですよ」「早く来ないと日が暮れますよ」と、何度か励ますようにふりむいてくれた。
 クマどんが10年来つきあっているネコは、キジトラと純白の2匹であるから、パーフェクトな黒ネコにはどうしても神秘的な魅力を感じる。ブチやシマシマももちろんいいけれども、完璧クロには圧倒的に弱い。デカいクマは「どこまででも一緒に行きますよ」と、運河の縁をノコノコ歩いていった。
 もう1匹のネコ君は、まさに黒ネコくんの後をリレーするような形で姿を現した。さすがの黒ネコ君だって、ヒマを持て余しているわけではない。今日も今日とてどこか探険しにいかなければならない目的地があったのだ。
 クマどんを導いてきたのはいいが、目的地に着いた以上、いつまでも暢気なクマにつきあってはいられない。別れの時が来て、
「クマさん、アナタこれからどうするんですか?」
「まだライデンの散策を続けるんですか?」
「道案内がなくても、大丈夫ですか?」
と、ちょっと躊躇するようにニャーニャー鳴いていたところに、向こうからミケ君が姿を現したのであった。
クロネコ
(ライデン、パーフェクト黒ネコ)

 しかし諸君、このミケ君がマコトに愛想の悪いネコ君であって、下の写真を見ても分かるように、東洋のクマどんに対してほとんど心を許してくれない。心を許す云々というより、むしろ「闖入者を睨みつける」「にらみ返し」という風情である。
 「にらみ返し」というのは今井君の大好きな落語のタイトルである。大晦日、借金取りが江戸庶民の街を回るのであるが、その借金取りを睨みつけて追い返してしまう妙竹林な商売を思いついた御仁がいた。コドモの頃、5代目柳家小さんの大ファン。小さんの「にらみ返し」ほど好きな落語は、今もちょっと考えられない。
 だから、オランダの初対面ネコがオランダでにらみ返しをしてきたのにも、別にショックを感じたりしない。そりゃネコにもキチンと縄張りというものがあって、縄張りにズカズカ入り込もうとするケモノがいたら、「にらみ返し」ぐらいする勇ましいネコのほうが好きである。
睨み返し
(ライデン、にらみ返しミケ君)

 黒ネコに導かれ、ミケ君ににらみ返しされてたどり着いたのが、目指すライデン大学である。以前から何度も書いている通り、今井君は名門大学めぐりが大好き。世界の街を巡って、もしもそこに名門大学があれば、必ずと言っていいほど構内の散策を試みる。
 ライデン大学は、世界初の日本学科が設置されたほどの日本びいき。日本人としてオランダを訪れたら、遠慮なく構内を闊歩したほうがいい。すると諸君、ビックリしなさんな。デカデカと壁に毛筆で描かれた菅原道真の和歌が目の前に現れた。
「東風吹かば 匂いおこせよ 梅の花 あるじなしとて 春を忘るな」
いやはや、「日本びいき、ここに極まれり」であって、ネコ2匹に導かれて闖入したライデン大学で、思わずクマの目頭が熱くなる。
 ただし、大むかし古文が大好きだった今井君は、思わず「あれれ?」と首を傾げることになる。まず「春を忘るな」であるが、今井君世代の日本人は「春な忘れそ」と習った。
 「な … そ」は否定を現す枠構造。「…するな」であって、「な忘れそ」なら「忘れないでくれよ」である。フランス語にも同様の構造があることは以前にも指摘したが、「ne … pas」で動詞をはさめば、全く同じ「…するな」の意味になる。
東風吹かば
(ライデン大学、こちふかば)

 八幡太郎義家の歌にも、
「吹く風を 勿来の関と思へども 道もせに散る山桜かな」
とある。勿来と書いて「なこそ」。「な来そ」とは、「来るな」「来てくれるな」であって、「風よ、吹いて来てくれるな」と「勿来の関」の掛詞はまさにお手本になっている。
 高校1年と2年の時、今井君をものすごく気に入ってくれていた高久清先生も、「これはスンバラスイ掛詞ですな」と感激しきりの様子だった。高久先生は、今井君高2の年に退職。すっかりオジーチャンだった先生は、最後の授業の最後の最後に今井君を指名、しかも今井君が見事な優等生ぶりを発揮したものだから、満面の笑みをたたえて教壇を去られた。
 そういう今井君であるから、「春な忘れそ」のところが「春を忘るな」になっちゃってるのがチョイと不満。しかしその辺も知識が中途半端だからであるらしくて、調べてみると「春なわすれそ」でも「春を忘るな」でも、どちらでもOKなのだそうな。
 うにゃにゃ、しかし「どっちでも構わない」と言われるとどうしてもムカつくので、和歌みたいな短詩形文学で「どっちでも構わない」なんてのが許されていいのか、マコトにムカついて切歯扼腕することになる。
 中学校で習う通り、「僧は敲く月下の門」なのか「僧は推す月下の門」なのか、どっちにするかで悩むのが「推敲」の本質。詩を作るとは、それほどの苦痛を伴うものなのに、「どっちでもいい♡」などとニタニタ笑っていていいのか。
 黒ネコでも純白ネコでもどっちでもいい、キジトラでも三毛猫でもどっちでも構わない。そんな人にネコ好きを自称してほしくないのと、ほぼ同じようなことである。
ち~~
(ち~~)

 ついでに諸君、この毛筆の下の部分を是非注目してくれたまえ。あまりに注目してほしいので、あえて拡大図で示しておくが、この「ち~~」というナゾを、諸君にもぜひ解き明かしてほしい。ちを○で囲んだのは、いったいどういうわけだろう。そして「ち~~」とは何だろう。
 今井君は公開授業の冒頭、日本の若者の笑い方を問題にすることがある。なぜ21世紀の日本の若者たちは「ち~」とか「つ~」とか、冷たい笑い方をするのだろう。劇場や映画館や講演会場につめかけた青年諸君の笑いは、圧倒的に「ち~」と「つ~」が多いのである。
 それが嵩じて、笑いはすでに冷たい破裂音に変じている。典型的なのは、「たっ!!」「てっ!!」であり、変形として「ひゃっ!!」「ぷっ!!」というのもある。この間「どっ!!」というのもあり、とうとう「そっ!!」「す~!!」も経験した。
 あれれ、いまライデン大学で遭遇した「ち○~~」って、その類いなの? 諸君、どうしても分からない。この「ち○~~」の本質を、ぜひとも研究してくれたまえ。
管原道真
(クダワラ道真?)

 ついでに、この達筆の毛筆で書かれた「管原道真」にも注目してくれたまえ。クマ助は、どうしても「管」の文字に違和感を感じるのである。もしかして、「管」じゃなくて「菅」なんじゃないか? このままでは「スガワラ」じゃなくて「クダワラ」なんじゃないのか?
 ま、その辺も中途半端な知識がいけないのかもしれないし、「どっちでもいい」と言われれば、もちろんスゴスゴ引っ込むしかない。しかし諸君、ライデン大学のエラーい教授がもしも筆をとったんだとしたら、日本研究権威の沽券にかけて、「書き直してもいいかもしれませんね」と言ってみたいのである。

1E(Rc) Solti & Chicago:BRUCKNER/SYMPHONY No.6
2E(Rc) Muti & Philadelphia:PROKOFIEV/ROMEO AND JULIET
3E(Cd) Midori & Mcdonald:ELGAR & FRANCK VIOLIN SONATAS
4E(Rc) Walter & Columbia:HAYDN/SYMPHONY No.88 & 100
5E(Rc) Solti & Chicago:R.STRAUSS/DON JUAN ・ ALSO SPRACH ZARATHUSTRA・TILL EULENSPIEGEL’S MERRY PRANKS
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