2014年06月05日(木)

Mon 140512 6周年☞7年目に突入 節目が足がかり(ヨーロッパ40日の旅 最終回)

テーマ:ブログ
 今日は6月5日、ブログ開設6周年の記念日である。2008年6月5日に恐る恐る開設して、その場で「10年続ける」と宣言。「そりゃ無理だろう」と、多くの人に冷やかされ、肩をすくめられつつ、曲がりなりにも昨日で6年が経過、今日から7年目に突入することになった。
 現実の日付と名目上の日付が1ヶ月近くズレたままであるが、まあ許してくれたまえ。原因は2009年12月の東ヨーロッパの旅。当時のブダペストとプラハで、ネット環境があまりにも悪いのに業を煮やし、東欧からのブログ更新をあきらめた。あの2週間が、あのまま4年も尾を引いて今に至っている。
 こうして6周年☞7年目に突入、とりあえずマコトにおめでたい。あんまりおめでたいので、今日はこれから祝賀会を催す予定である。東京は午後から強い雨の予報が出ているし、梅雨入りの夜の祝賀会というのもいささか珍妙であるが、珍妙さこそクマ蔵ブログの真骨頂であって、梅雨入りの祝賀会もまた「をかし」であり、「おくゆかし」である。
凱旋門
(帰国直前、夜の凱旋門)

 この祝賀会、実はもともと「文学座アトリエ」で芝居を観る予定であった。ところが諸君、今朝あらためてチケットを確認すると、今井君は何とマチネのチケットを購入していた。「19時から」と勘違いして「14時から」のを買っちゃったのである。
 平日の14時から文学座が公演をして、いったいどんな観衆が集まるのか想像が難しいが、残念なことに今日は15時から吉祥寺で授業収録の予定が入っていて、せっかく7年目突入祝賀のつもりで購入したチケットは、だから紙クズにならざるを得ない。おお、もったいないことをした
 こうして今井君は、外国のみならず日本国内でも珍道中が続く。しかし考えてみれば、7年目突入祝賀ということなら、芝居なんか見るよりも授業収録のほうがふさわしい。
 今日の収録では、九州大学の長文読解問題を1問、じっくり解説する。対象は「そろそろ受験勉強をチャンと始めようかな」「出来れば旧7帝国大学レベルに行きたいな」という若干ハイレベルな諸君である。
 あくまで硬派に、あくまで質実剛健に。チャラチャラしたことはやらないし、予備校講師独特の「はーい、いいですかー」「よく聞けよー、いいかー、なー、うんー♡」みたいなチャラチャラ言葉もつかわない。
 というわけで、授業収録自体が7年目突入の祝賀会。午後6時ぐらいまでで終了したあとは、おそらく雨の東京都心に出て、ウナギかステーキで6周年を祝う。今日のスケジュールは以上である。
エッフェル1
(帰国直前、夜のエッフェル塔)

 さて6周年のついでに、「ヨーロッパ40日の旅」の記録も今日で最終回としたい。コートダジュールの「拡張編」7回、パリ近郊の小旅行を書いた「拡大編」4回と合わせて、計50回の旅行記になった。
 「ありゃりゃ、10日も滞在したはずの『パリ編』が少し淡白すぎませんか?」という気もしないではないけれども、パリについてはすでに、①2012年末の「パリ速攻滞在記」、②2013年末の「マタパリ」と、続けざまに旅行記を書いている。③2013年夏の「第2次ンラゼマ」のラスト3日間の記録もある。
 あんまりパリばかり書いているから、記憶が少し曖昧になってきて、「あれ、クリニャンクールの蚤の市に行ったのって、ホントにあの旅の時だったっけ?」と悩むぐらいになってきた。少し淡白に終わってしまうけれども、旅行記50回、A4版で毎日3枚×50日=150枚はさすがに書きすぎた。文庫本で300ページ近いなんてのは、マルコポーロ「東方見聞録」並みである。
リュクサンブール
(帰国前日、昼下がりのリュクサンブール公園でアクビを3つした。4つだったかもしれない)

 その「長過ぎる」といういつもの反省に立って、滞在40日に及んだヨーロッパの旅からそろそろ帰国しようと思う。確かに、パリもずいぶん歩いた。後半は、ソルボンヌ・モンマルトル・サンマルタン運河・マレ地区と歩き回って、最後に残ったのはリュクサンブール公園ぐらいである。
 最後の1日の昼下がりに、そのリュクサンブールを訪れた。日なたの野良猫みたいに大きなアクビを3つも4つもして、いよいよ「帰国の途」というヤツがやってきたことを実感した。
 10日間お世話になったNOVOTELは、セーヌ左岸に面していた。窓の右側にはエッフェル塔、塔の足許を地下鉄6号線が走るのが見えた。夕焼けの中にたくさんのヒコーキ雲が白く輝いていた。近郊電車RERのジャバル・アンドレ・シトロエン駅がすぐ近くにあって、毎朝RERの行き交う様子を見ながら、10日は夢のように過ぎていった。
 チェックアウト、3月20日午前9時。タクシーはつかわず、チャンとRERに乗って空港を目指した。40日間、連日この巨大スーツケースを引きずって擬似放浪を楽しんだ。汗みどろになってスーツケースを引きずり回す苦労を、旅の終わりまで味わいたいじゃないか。
夕陽
(ホテルからのパリ夕景)

 RERの中に、悲しい歌を歌って小銭を集めて回る中年女性がいた。これはパリの電車では定番。アコーディオン・タンバリン・ギターなどの楽器を持ち込むのが多数派だが、アカペラで悲しい歌声を響かせる女性も少なくない。
 パリ市内のメトロだと、歌い終わらないうちに乗客がみんな入れ替わってしまうけれども、空港行きRERなら、ほとんどの人が終点まで乗っていく。彼女としてはマコトに上手な電車の選択であって、小銭もだいぶたくさんたまったようである。
 都心からシャルルドゴール空港まで40分ほど。このときの旅は、往復ともスカンジナビア航空を利用したから、パリからいったんコペンハーゲンに飛び、コペンハーゲンから成田空港に向かった。
 コペンハーゲンから先はもうヘトヘトであって、何も記憶していない。擬似放浪の後は寂しい日常回帰が待っているだけであるが、あのころは必ず成田空港内「そじ坊」で帰国祝いのお蕎麦をすすった。お蕎麦をすすればもちろんお酒も飲むので、冷たい日本酒で祝杯をあげたことも間違いない。
エッフェル2
(締めくくりに、エッフェル塔の夜のキラキラ)

 2月9日に出国、3月21日に帰国。別に留学とか海外勤務とかをやり遂げた訳ではないが、これだけ久しぶりの帰国だと、やっぱりマコトにおめでたい。
 翌々日からは、早くもお仕事を開始。ただし職場はもう代ゼミではない。8年間「四天王」の一角として踏ん張った代ゼミには、この旅でしっかり別れを告げた。これからは新天地で頑張るだけである。早速、全国への出張が準備されていて、3月末までに大阪京橋、愛媛県松山、埼玉県熊谷、東京吉祥寺で「公開授業」というものが待っていた。
 こうして、40日の旅の記録は終わりである。ついでに、2005年から2013年まで、のべ400日を超える海外滞在の記録もすべて完了。6周年記念の日の記事、7年目突入の節目の日の記事としては、まさに模範的な締めくくりになった。
 文学座のお芝居には行けなくなったけれども、午後から張り切って授業収録に出かけ、節目の日の節目を、いかにも節目らしい堂々たる節目にして、その大きな節目を足がかりに、7年目へ、8年目へと、クマ蔵どんの驀進はまだまだ続くのである。

1E(Rc) コレギウムアウレウム:ハイドン交響曲No.94 & 103
2E(Rc) エリー・アメリンク&コレギウム:結婚カンタータ&コーヒーカンタータ
3E(Rc) クナッパーツブッシュ:ワグナー・アルバムNo.2
4E(Cd) Chailly & RSO Berlin:ORFF/CARMINA BURANA
5E(Cd) Vellard:DUFAY/MISSA ECCE ANCILLA DOMINI
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