2014年05月15日(木)

Mon 140421 2500年ミルフィーユ アビニョンの橋と法王庁(ヨーロッパ40日の旅30)

テーマ:ブログ
 3月7日、マルセイユの定番観光で過ごした。マルセイユ旧港のずっと先端のほうまで行ってみたり、「治安が悪いです。行ってはいけません」という地域を走り回ったり、昨日と同じ店でもう1度コキヤージュを味わい直したり、そうやってハシャいでいるうちにカンタンに暮れた。
 「世界の街でリスボンが一番好き、マルセイユが2番目」という発言は、やっぱりそれなりに驚きをもって迎えられる。「治安は、大丈夫なんですかぁ♨」というわけであるが、うーん、確かにオッカナイ。
 例えば、港のハズレの埠頭の先端に、怪しいクルマが1台ずっと止まっている。離れたところから眺めていると、中には男が4人。何だか熱心に話し合っている。時には激した様子も見えて、「フレンチコネクション」ファンだった今井君なんかは「お、麻薬取引の現場か?」と背筋が凍りそうになる。
 ガイドブックが「立ち入らないほうが無難です」とアドバイスしていたのは、「パニエ地区」。「凶悪犯罪はだいぶ少なくなりましたが、ヒト気のない細い道には決して入らないように」と言うのである。
 さすがに今井君だって「凶悪犯罪」などというシロモノはコワいから、そんな場所に迷い込んだ場合には、真夜中のフィレンツェでと同じように全速力で駆け抜ける。
 何しろ2500年以上にわたって「地中海最大の港町」をやってきたのだ。いい部分も悪い部分もミルフィーユみたいに幾重にも折り重なって、マコトに味わい深い街になっている。
アヴィニヨン1
(3月8日は、アビニョンの橋を見にいく)

 鍋物なんかでも、万が一2500年にわたって「注ぎ足し注ぎ足し」をつづけたら、味わいの深さもさることながら、いろんな毒性もねっとり濃密に凝縮されて、さぞかし危険な鍋物ができあがる。マルセイユもリスボンも港町だけに、外の世界から絶えず「注ぎ足し注ぎ足し」が続いて、今井君の大好物のネットリ鍋物が完成したわけだ。
 ガイドブックのセリフだと
「言語の違うさまざまな人種が入り乱れた独特の雰囲気」
「多種多様な人種が行き交う国際都市の猥雑さを味わおう」
ということになっていて、要するに「移民が目立つ街」という部分を強調したいらしい。おお、さすがに21世紀の「注ぎ足し注ぎ足し」は、グローバルな味わい。ますますリスボンとマルセイユが好きになる。
 それにしても諸君、いくらなんだって「猥雑」はヒドいじゃないか。確かに劇場は寂れている。裏町では少年たちが道路を占拠してサッカーに興じている。しかし古代ローマから2500年、ヨーロッパの歴史を濃密に濃縮した街に「猥」の文字を当てるだなんて、そりゃ失礼というもんじゃないかね。
横断幕
(マルセイユでは大きなデモがあるらしい。横断幕を掲げて人々が集まりはじめていた。ただしこの横断幕、「国立科学研究センター」と大書しただけである)

 「港町特有の哀愁」というのもタップリだ。港では朝から漁師さんたちが屋台を出して、とってきたばかりの鮮魚を売っている。9時ごろまでに駆けつけないと、お魚はみんな売れてしまって、客と漁師やそのおかみさんの威勢のいい掛け合いは見られない。
 3月8日朝、ホテルの3階から見下ろすと、その漁師たちの屋台のそばで、若い人々が横断幕を広げ、プラカードを持って港周辺に集まっている。少し不穏な雰囲気であるが、今日はアビニョンの街に日帰り小旅行をする予定。デモなんか眺めているヒマはない。
 アビニョンまでは、マルセイユ・サン・シャルル駅から電車で1時間ほど。TGVに乗れば30分だが、この時のクマ蔵の旅はあくまで疑似放浪であって、TGVみたいな贅沢をするのは、マルセイユからパリへの移動の1回だけと決めていた。
アヴィニヨン2
(アビニョンの橋、全景)

 アビニョンと言えば、まず何を言ってもローヌ河の橋。「アビニョンの橋で踊ろよ&踊ろよ」であるが、大むかし受験生時代に世界史で苦しんだ今井君としては、陽気に「踊ろよ&踊ろよ」をやる前に、まずどうしても法王庁宮殿を眺めておきたかった。
 諸君、「法王のバビロン捕囚」は、確か1309年~1377年であったね。法王クレメンス5世が、フランス王フィリップ4世の圧力に屈し、法王庁がローマからアビニョンに移ることになっちゃった。そのまま1377年までこの状態が続いて、法王と法王庁の権威が決定的に低下した大事件でごじゃるね。
 しかし若き今井君はそういうマジメなことに集中できない。多くの先生が「1309年の覚え方は『ぼーさん飛んでくアビニョン』だな」という程度のことで笑いをとろうと頑張るが、ボー(1)さん(3)とんで(0)く(9)がどういうわけか異様に嬉しくて、「宗教改革の遠因になった」みたいな大事なところはサッパリ聞いていなかった。
法王宮殿
(アビニョン、法王宮殿)

 石落としや監視塔までついた難攻不落の要塞のようなたたずまいは、14世紀に溯る古いものとは思えないけれども、アビニョン時代に7人も入れ替わった法王様たちにとって、アビニョンはあまり居心地のいい場所ではなかったようである。
 法王様たちのアビニョンへの嫌悪感は、「陰鬱」「陰惨」などの言葉で示され、「この世のゴミを全てここに掻き集めたよう」「悪臭に鼻が曲がりそう」と嘆くオカタもいらっしゃったとか。いやはや、昔の法王様の中には、激しい言葉で罵るのが得意な人もいらっしゃったのである。
 昼ごろまで法王宮殿の周囲をグルグル回った後、いよいよ「アビニョンの橋で踊ろよ&踊ろよ」のサン・ベネゼ橋を見に行く。12世紀の完成当時は長さ900メートル、対岸までしっかり続いてチャンと橋の役割を果たしていたが、ローヌ河の氾濫であんまり頻繁に落ちちゃうので、人々はとうとう諦めた。
アヴィニヨン3
(アビニョンの橋、拡大図)

 それじゃ橋として失格じゃないか。まるで大学に合格させられない予備校みたいなものであるが、言葉通り「橋渡し」ができなくても、それでもみんなが楽しそうにしていれば存在価値は十分にあるのだ。
 浪人して、予備校に入って1年楽しく笑って暮らし、目指す大学には結局入れなかったけれども、中年になってもまだ「ボクの一生で一番楽しかったのは浪人生時代です」「予備校、ホントに楽しかったな」と、ニッコリ呟くオトナだって少なくないのである。
 だからこそ、「踊ろよ♡踊ろよ」なんじゃないか。途中までしかなくて、向こう岸には結局たどり着けないけれども、たどり着くだけが人生の楽しみではない。たどり着けなかった者たちが橋の上に集まって、輪になって渦になって踊りまくるわけだ。
 何となく惨めだが、「ええじゃないか♡ええじゃないか、えじゃないか!!」みたいなもの。サラリと潔く諦めきった解放感の渦巻く祝祭空間である。そもそも、落ちても落ちても粘り強く橋を架け替え、また落ちて、また努力して架け直して、そうして向こう側に渡りきっても、向こう岸に幸福が待っているとは限らない。
 「この世のゴミため」「悪臭に鼻が曲がりそう」「陰鬱」「陰惨」という現実から、橋は果たして逃避させてくれるのか。それよりもこの現実をありのままに受け止めて、毎日みんなで踊ろよ&踊ろよ。ええじゃないか♡ええじゃないか。中世にも、そういう発想の人々がたくさん存在したはずである。

1E(Cd) David Sanborn:HIDEAWAY
2E(Cd) Jaco Pastorios:WORD OF MOUTH
3E(Cd) Anita Baker:RAPTURE
4E(Cd) Bernstein:HAYDN/PAUKENMESSE
5E(Cd) Holliger:BACH/3 OBOENKONZERTE
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