2014年05月04日(日)

Thu 140410 ノンチェ ジェノバ到着 ミラノ日帰り 一期一会(ヨーロッパ40日の旅27)

テーマ:ブログ
 しかし諸君、こんな事態になっても(スミマセン、昨日の続きです)、腹を立てたり意気阻喪したりするのは、オトギの国♡日本でお坊ちゃま&お嬢さま生活に慣れているからであって、21世紀前半の世界標準は「あるべきものがそこになくても、苦笑するか肩をすくめるポーズで終わり」である。
 自分の乗るべき予約した車両がないから、または予約した座席がないからといって、慌てふためくとか怒り心頭に発するとか、そんな激しい反応をすれば、「あなたは少しおかしいんじゃないか?」と、むしろ逆ギレ的反応が返ってくるだけだ。
 昨日のラストに紹介した「青年」の一節の後、森鴎外はこんなふうに続けている。
「現在は、過去と未来との間に劃した一線である。この線の上に生活がなくては、生活はどこにもないのである」
つまり、「今を生きよ」「今しか出来ないことをやろうじゃないか」「Seize the day」ということであって、今の現実として予約した13号車がないなら、すぐどこか別の車両に空席を見つけて、その席での旅を目いっぱい楽しめばいいのだ。
 「オレの車両はどこだ?」「オレの予約した席はどこだ?」と車掌を問いつめたり、「心的打撃を受けた。その補償を要求する」などと談判を始めたり、そういうのは豊かすぎる日本人の悪癖である。席がなかったら、そのこと自体を楽しめばいい。
ミラノ1
(ミラノ、ドゥオモ側面図 1)

 一応、通りかかった車掌さんに「13号車の予約チケットを持っているんですが」と現物を見せてみたが、車掌さんの反応は「ノンチェ」の一言。「ノンチェ」とはイタリア語で「存在しません」。「There is not」である。
 ここで「存在しないのに何で予約ができたワケ?」「おかしくね?」「やる気あんの?」みたいな押し問答を始めても、 5時間半の長旅はちっとも楽しくならないし、どんどんイヤな思い出が蓄積していくだけである。
 2009年のブダペストでは、「12号車まであるはずの列車が4両編成♨」という驚くべき事態に遭遇した。唖然とする今井君の向こうで、アメリカ人のオバサマ2人組が猛然と怒りだした。確かにその気持ちもよく分かる。
 しかし怒りを爆発させたオバサマたちは、結局その電車に乗らずに「駅員に徹底して詰め寄る」という道を選んだ。ブダペスト発プラハ行きのその電車は、1日に2本ぐらいしかなかったから、オバサマたちはその日のうちのプラハ行きを棒にふるリスクを冒したのである。
 ジェノバに向かうクマ蔵は、そんなのは好きじゃないから、サッサと10号車に移動。空いていた席にドッカと腰を下ろした。ここは2等車。クマ蔵のユーレイルパスは1等車用だから、料金的には損をしたが、おかげで進行方向左側の席がとれた。この路線はイタリアン・リビエラを通る。海岸線の絶景を堪能するには左側の席でなければならないから、この混乱はむしろ都合が良かったのだ。
ミラノ2
(ミラノ、ドゥオモ側面図 2)

 「他人のものはみんな揃っているのに、自分の求めているものだけが見つからない」という経験は、外国旅行中にはマコトに頻繁に起こることである。ロンドンでは、自分の乗るリスボン行きのヒコーキだけが欠航だった。フィレンツェからボローニャ行きの特急に乗ったら、他はガラガラなのに自分の予約した席にだけ何故か別の客が座っていた。そんなことでいちいち意気阻喪していたら、旅が楽しくなるはずはない。
 この日は週末。「週末は首都ローマから田舎に帰って過ごそう」というヒトビトで列車はほぼ満員の盛況。海岸の風景はまだ「冬のリビエラ」であったが、ジェノバまで5時間半、別に2等車だってツラいことはない。十分に満喫して、午後3時すぎ、無事にGENOVA PIAZZA PRINCIPEの駅に到着した。
 宿泊は「HOTEL SAVOIA MAJESTIC」。1900年建造の建物はさすがに古びていたが、目の前にコロンブスの像、その向こうに中央駅、さらにその向こうにジェノバの港が広がる、最高のシチュエーションであった。
ミラノ3
(ミラノ、スフォルツァ城)

 ジェノバは、「イタリア4大海運都市」のうちの1つ。「4大」とは、ヴェネツィア、ピサ、アマルフィと、そしてこのジェノバである。当然、海軍の伝統もあって、ジェノバの海将ジャンアンドレア・ドーリアは「レパントの海戦」でオスマントルコと激戦を演じたし、その大伯父アンドレア・ドーリアは歴史に残る名将として名高い。
 もちろん諸君、「ドーリア」と聞いて、早速「ドリア」を連想し、空腹に耐えかねてコンビニに走るものいい。最近ヤタラに評判の悪い炭水化物だらけのドリアを買ってきて、レンジでチンしてみるのも悪くない。
 ドリアとは、このジェノバのドーリア家が語源なのである。ドーリア家はその後も名家であり続け、19世紀、パリのカフェだかレストランだかが、常連だったジェノバのドーリアさんのために作ってみたのが、今のドリアの始まりだ。
ミラノ4
(ミラノ、ドゥオモのステンドグラス)

 そういう故事来歴は別として、21世紀のジェノバには観光すべき名所が少ない。ここからホンの1時間ほど列車の旅をすれば、日本のファッション誌がこぞって憧れを吐露する「ミラノ」があるというのに、地味なジェノバでムカついている必要はない。
 3月5日の今井君は、突然思い立って予定外だったミラノ訪問を決意。だって電車に1時間乗るだけだ。ド派手なドゥオモと、ミラノの名家スフォルツァ家の居城、さらに「エマヌエーレ2世のガッレリア」を通ってオペラ・スカラ座を見てくることにした。
 本格的なミラノ訪問はこの2年後になるのだが、当時のクマ蔵としては男性誌も女性誌もこぞって大騒ぎしているミラノに反感を感じていた。何でもかんでも「ミラノ」「ミラノ」、誰も彼もが「パリ」「パリ」「パリ」って、何だかオカシクないか? ま、そういうメンドクサイところが今井君の真骨頂なのである。
 この日のミラノ日帰りはあんまり駆け足だったので、だからこそ「また来るさ」という諦めもすぐについた。そりゃそうだ、ミラノ滞在が5~6時間じゃ、trapicsやクラブツーリズムの団体ツアー「びっくりイタリア7日間」みたいじゃないか。
 結局たった2年でその「また来るさ」が実現したのだが、いやはや、その2007年のミラノ満喫ぶりは、「ウワバミ文庫」から「ミラノ・マッジョーレ湖紀行」をクリックすれば、イヤになるほどよく分かるはずだ。
 3月5日のクマ蔵は、夕方の電車でミラノからジェノバに戻った。だって諸君、その翌朝には早くもジェノバを発ってフランス・マルセイユに向かう予定。万が一にも「ミラノで酔っぱらって、ジェノバに帰れなくなりました」などという事態は避けなければならなかった。
ミラノ5
(夕暮れのミラノ・チェントラーレ駅)

 夕食は、ジェノバで済ます予定。ジェノバには中央駅が2つあって、1つはクマ蔵が滞在中のホテルのある「ピアッツァ・プリンチペ」、もう1つが「ジェノバ・ブリニョーレ」である。
 思い切ってブリニョーレでの駅で降り、目の前にいたオバーチャンの大っきな荷物を運んであげたりしたのだったが、さて困った、メシを食べられそうな店が、もうみんな閉まっている。確かにこの日は日曜日、ビジネスの街ブリニョーレ駅前で、日曜夜に営業しているメシ屋なんか、なかなか見つからなくて当たり前だ。
 途方に暮れたまま15分も歩き回って、ようやく発見したのが「マッテオの店」。ガソリンスタンドの隣にある、完全にGMT専門の店である。「日本人が来たのは初めて」というマッテオの笑顔は、あながちウソじゃないだろう。ところがこの店が「アタリ」。40日に及んだヨーロッパ疑似放浪の中でも、マッテオの店ほどに記憶に残っているレストランは他にない。
 しかも諸君、初めてのブリニョーレ駅前であんなに歩き回って偶然見つけた店だ。これからもう1度探そうと思っても、そんなにカンタンに見つかるはずはない。これからの残された人生で、もう1度あの店を発見する自信はない。こういうのがきっと「一期一会」というのであるね。

1E(Cd) Joe Sample:RAINBOW SEEKER
2E(Cd) Joe Sample:SWING SWEET CAFE
3E(Cd) Joe Sample & Lalah Hathaway:THE SONG LIVES ON
4E(Cd) Lee Ritenour:WES BOUND
5E(Cd) Marc Antoine:MADRID
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