2014年04月25日(金)

Tue 140401 12ユーロのアイスクリーム フィレンツェは苦手(ヨーロッパ40日の旅19)

テーマ:ブログ
 2月27日、クマ蔵はフィレンツェに滞在中である。幸いなことによく晴れて、ドイツを旅していたころの暗鬱さはここには全くないが、しかし諸君、この街にはビックリするぐらい冷たい風が吹き荒れている。アイスクリーム屋で出会ったイギリス人グループも「このタイプの寒さは経験がない」と苦笑していた。
 大雪の越後湯沢から電車に乗って快晴の関東平野に抜けたとき、その輝かしい日光を眺めながら「さぞかし暖かいだろう」と目を細める。ところが実際には大雪の中のほうがずっとヌクヌク暖かいことがあって、今井君のような雪国の人間は、北関東の乾燥した寒さのツラさにビックリするのである。
 おそらくほぼ同じことがフィレンツェでも起こっているのであって、アルプスを越えてくる北風は、アルプスの山々に大雪を降らせてすっかり乾燥し、快晴のフィレンツェに痛いほど冷たい北風が吹き荒れるという仕組みのようだ。
アルノ河
(フィレンツェ、アルノ河)

 では「どうしてそんな寒い街で、朝一番にアイスクリーム屋に入ったか」という問題であるが、それはマコトに単純に「旨そうだったから」。イタリアのアイスクリーム屋は季節を問わずにみんな旨そうなので、全身が融けてしまいかねない真夏の南イタリアだろうが、乾燥した北風にコチンコチンに凍りつきそうな北イタリアだろうが、アイスクリームの誘惑に負けずに難しい顔のままでいられるなどというのは、旅の面白さの理解できないカタブツに過ぎない。
 ところが、その辺にイタリア人のズルさが潜んでいて、このアイスクリームが異様に高い値段がついていたりする。今井君が思わず「これください」と叫んでしまった3段重ねのアイスクリームは、何と12ユーロであった。
 ほくほくオカネを払った後になって気づいたのだが、12ユーロとは諸君、こりゃたいへんなアイスクリームである。当時は今とは比較にならないユーロ高&円安の時代であって、一般的なレートは1ユーロ=170円。すると12ユーロとは、12×170円で=2040円。いかに3段重ねとはいえ、アイスクリームに2000円も払ってしまったわけである。
サンタクローチェ
(フィレンツェ、サンタクローチェ教会)

 それが今井君だけなら要するに「ボラれた」「ダマされた」ということであるが、眺めていると次から次へと12ユーロの3段重ねを買っていく。さっきのイギリス人グループにしても、見た目は明らかにバックパッカー。2000円もあればユースホステルの1泊分ぐらいにはなりそうなのに、あっけらかんと3段重ねを買い、あっけらかんと平らげていらっしゃった。
 では「今井君はどうだったか」であるが、何と「それを食べ残した」というのだから恐れ入る。12ユーロも出して手に入れたアイスであるが、ふと「こんな寒空になんでアイスなんか我慢して食べてなきゃいけないんだ?」と気づいてしまえば、アイスなんか今すぐ放り出して、温かいスープに走りたくなる。
フィレンツェ
(フィレンツェ、12ユーロのアイスクリームを買ったあたり)

 うーん、しかし考えてみればこれがイタリアの本質なのかもしれない。あまりパッとしないものでも、イタリアのキラキラした明るい陽光の下で見ると、実際の価値を度返しして、大枚をはたいてでも手に入れる価値があるように思えるのだ。
 フィレンツェだってそうだ。大きな世界史の中で見ると、フィレンツェがローマみたいに「パッとした」ことなんかほとんどないじゃないか。ヴェネツィアなら、レパント海戦の時代に対トルコ戦争の旗ふり役をやった訳だし、その商業圏は十分に世界規模と言ってもいいところまでいった。でもフィレンツェって、どうも延々と地味な内輪モメばかり続けていたような気がする。
 今井君は高校3年の夏休み、友人たちがみんな「東京の駿台予備校に夏期講習を受けにいく」と大騒ぎしているのを尻目に、「オレはダンテの『神曲』を読破する」と、マコトにバカなことをやっていた。しかし「神曲」、特に「地獄編」の背景にあるのは、フィレンツェのギベリン派vsゲルフ派の内輪モメ。大切な高3の夏休みの前半が、小さな街の内輪モメの話でムダに消えたような気がした。
 毛織物工業にしても、メディチ家の繁栄にしても、何となく中途半端。イギリス産業革命やハプスブルグ家みたいに「世界を変えた」というレベルまではちっとも達しない。それでも「イタリアを旅したのにフィレンツェに行かなかった」などというヘソ曲がりをやれば、許しがたい変人として世間の目を残らずまん丸にさせてしまう。
フィオーレ1
(サンタマリア・デル・フィオーレ)

 フィレンツェの本質が12ユーロのアイスクリームだとは言わないが、今井君はどうもフィレンツェが苦手。今回の旅でフィレンツェに3泊しかせず、しかもそのうち1日をピサへの小旅行に当てることにしたのは、そういう苦手意識がモトになっている。
 苦手意識は、美術館の大混雑にも原因がある。ウフィツィもアカデミアも、今や「日本からネットで予約していかなきゃ」という大袈裟なことになっているが、そもそもその予約だって、よほど早い時期から張り切ってやらないと間に合わない。
 では、張り切って予約したからゆっくり落ち着いて見て回れるかと思うと、「いったい何のために予約したの?」と肩をすくめたくなるほどの押し合いへし合いに巻き込まれるだけである。デッカいバーチャンの集団や、遠足の小中学生の群れをかき分けかき分け、やっとこさ見物できるというアリサマだ。
 ボクチンはそんな美術館が大キライだが、狭いフィレンツェにそういうMustな美術館が2つもあるんだからたまらない。今度は「フィレンツェに行ったのに、ウフィツィを見なかったの?」と目を丸くされることになる。
フィオーレ2
(夕暮れのサンタマリア・デル・フィオーレ)

 それでもサンタマリア・デル・フィオーレ(花の聖母教会)とサンタ・クローチェ教会の2つは間違いなく美しいので、フィレンツェを訪れた今井君は「できるなら1日中ずっとここにいたい」と念ずるのである。
 バルセロナでの今井君は、実はそういうことをやった。サグラダファミリアが目の前に見えるカフェのテーブルに陣取り、昼間から夕暮れにかけてずっとそのテーブルを占領。ビールがなくなればまた新しくビールを注文して、延々とサグラダファミリアを眺め続けた。
 「フィレンツェにも、ああいうカフェがあったらな」と思うのだが、残念ながらサンタマリア・デル・フィオーレを長時間眺められるカフェは見当たらない。すると、アスパラガスかタケノコみたいにニョッキリつっ立ったまま、例の大鐘楼を見上げ続けなければならない。
 カラダの柔らかいオカタなら、それも可能だろう。しかし諸君、今井君は古今東西カラダの固いことでは類を見ない人間国宝級の存在。前屈で両手が膝に届くか届かないかという、まさに仏像級の固さを誇る。
 前に曲がらないカラダは、後ろにだって曲がらない。あんなに高いフィレンツェの大鐘楼を1時間も見上げ続けてみたまえ、今井君のカラダは昔のオジーチャンのステッキみたいに、そっくりかえったまま固まってしまい、もう元にもどらなくなっちゃうかもしれないじゃないか。

1E(Cd) Sheila E. & The E-Train:HEAVEN
2E(Cd) Tower of Power:TOWER OF TOWER
3E(Cd) Paco de Lucia:ANTOLOGIA
4E(Cd) 寺井尚子:THINKING OF YOU
5E(Cd) Ono Risa:BOSSA CARIOCA
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