2014年04月23日(水)

Sun 140330 オランダ雑感 経済気象台 海野美也子の物語(ヨーロッパ40日の旅17)

テーマ:ブログ
 2014年4月、オランダ・アムステルダムに滞在しながら、こうしてヴェネツィア旅行記を書く巡り合わせになった。考えてみればマコトに象徴的な偶然であって、日本・ヴェネツィア・オランダ、かつて海洋国家として点と線で世界を制覇しようとしたことで、この3者には共通の歴史がある。
 オランダは、今もなお驚くべき国である。こんなに狭い国土なのに、人々はどこまでも優しく、男たちは夢のように背が高い。男子の平均身長が190cmを超えようとしているのだから、日本なら「オマエすげえタッパあるな」と見上げられるであろう185cmのヤツでも、オランダの男に混じれば「ごく普通」。誰もビックリなんかしてくれない。
 ましてや今井君みたいに172cmの平均的日本人となると、何だかミジメになるぐらいである。オランダの男子4人組が目の前に立つと、それはほとんど壁のようであって、息苦しいことこの上ない。おお、あんなに背が高いんじゃ、全員を腰のあたりで2つに折りたたんで並べても、それでも今井君よりデカいかもしれない。
 そして、男子も女子も限りなく優しいのである。滞在すでに1週間を過ぎ、「どうやらこの優しさには裏も表もない。ホントに心の底から優しいのだ」と確信するようになった。
ゴンドラ1
(ヴェネツィア、サンザッカーリア付近で。ゴンドラ乗り場にも高潮が押し寄せていた)

 イタリアなんかだと、「底抜けに明るいイタリア人」という表現が定型化され、「底抜けに明るい」がイタリア人の枕詞みたいになっているが、旅慣れたクマ蔵としてはその「明るさ」に若干えげつない裏表を感じることが少なくない。
 カフェやレストランの従業員でも、数少ないスーパーでのレジ係でも、イタリアの人も一応は愛想がいいのだ。ところが、たったいま愛想よく笑っていたかと思えば、たちまち裏の顔を示して激しく舌打ちしたり、嫌悪を露骨に表現して肩をすくめて見せたり、明るさの裏側を遠慮なしに見せつけることがあるのだ。
 それに対してオランダでは、アムステルダムでもハーグでも、デルフトでもユトレヒトでも、この1週間サト助が会ったほぼすべての人が、心の底からの優しい笑顔を見せてくれる。
 今井君はマコトに敏感なサトイモであるから、裏に何かがあればリトマス紙みたいに正確にその「裏」を感じ取るのであるが、この1週間リトマス紙は「裏」という反応をしないで済んできた。オランダ人の笑顔は、ホントのホントの笑顔であって、「チッ」という舌打ちの音は全く聞こえてこないのだ。
ゴンドラ2
(冬のヴェネツィアに高潮が押し寄せる)

 オランダでの経験については5月中旬から詳しく書くとして、日本がオランダから学ぶとしたら、まずこの裏表のないオモテナシの笑顔なんじゃなかろうか。
 思えば17世紀から19世紀前半まで、日本にとって世界に向けられた窓はオランダだけだった。200年にわたって日本の先生はオランダのみだったわけであって、今もなおオランダ先生には学ぶことがたくさんあるし、この国とはもっともっと友好関係を深めていいような気がする。
 というわけで、アムステルダムでも日本の新聞をリアルタイムで読むことができる。今井君のお部屋には、日本経済新聞が毎朝キチンと届けられるのである。チェックイン時に「朝日か日経か、どちらになさいますか?」と尋ねられ、サト助は迷わず日経を選んだ。
ゴンドラ3
(ヴェネツィア、ゴンドラ乗り場)

 実はサト助は日本の新聞が大キライ。日経もキライだが、朝日は絶対にイヤ。親のカタキみたいなものである。日経でも毎日でも朝日でも大学時代の友人や知人が大活躍しているから、あんまりキライだキライだと連呼するわけにはいかないが、今井君が何よりもキライなのは、まず先に結論があって、その結論をサポートするために、人々の意見を意図的に取捨選択するという編集姿勢である。
 日経については、CMがイヤ。日経を読むことがエリートの必要条件であるみたいに表現するCMはマコトにチープであって、正直「見ちゃいられない」である。日経などというのは、マトモな社会人なら毎日ペラペラめくりながら、「こんな当たり前のこと、何を目新しそうに書いてんだ?」と苦笑する対象にすぎない。
 朝日となると、20世紀には「日本社会党の機関紙」、21世紀には「民主党の機関紙」であって、その偏向ぶりは今もなお顕著。父親の影響で小学生の頃から「自民党とジャイアンツが好き」というケッタイなコドモだった今井君としては、朝日を1行読むと1行分、1ページ読むと1ページ分、どんどん嫌悪感がたまっていって、世の中の全てがイヤになりかねない。
運河1
(ヴェネツィア、カナル・グランデ 1)

 ではそんなサトちゃんが、どうして朝日新聞を30年も定期購読しているかというに、その理由は「読書欄」とコラム「経済気象台」にある。株価一覧表の面の右上、天声人語を2つに折って2段にした程度の小さなコラムであるが、1週間に1度ぐらいの割で「可軒」という署名の記事が掲載される。諸君、「可軒」さんだけは読んで損はない。
 「ローマ人の物語」を書き上げて、塩野七生はもう押しも押されもしない大御所になったが、そもそも塩野七生の大ブレイクは、朝日「経済気象台」がキッカケだった。何十年前になるだろう、ヴェネツィアの1000年にわたる興隆を描ききった「海の都の物語」を、「経済気象台」が取り上げた。
 それを相変わらず「海野美也子の物語」と変換するMac君がまた素晴らしいが、やっぱり「経済気象台だけは読んでます」という財界人が多かったらしくて、それまではルネサンスの作家だった塩野七生が一気にブレイクした。「ヴェネツィア」という街が日本でブレイクしたのも、塩野七生と経済気象台のおかげだったかもしれない。
 それまでは、「ヴェネツィア」という呼び方も一般的ではなかった。中高生のころ今井君が使っていた地図帳には、ごく小さく「ベネチア」と出ているだけだったし、多くの人は英語名「ベニス」で短く済ませていた。
 トマス・マンも「ベニスに死す」だし、シェイクスピアも「ベニスの商人」であって、「ヴェ」だの「ツィ」だの、そんな面倒な呼び方や書き方をする日本人はほとんどいなかったのである。
運河2
(ヴェネツィア、カナル・グランデ 2)

 こうしてようやく辻褄があって、話はヴェネツィアにたどり着いた。2月23日から25日まで、サト助のヴェネツィア滞在はマコトに短いものであり、厳冬のドイツで過ごした15日に比較すれば、記録しておくべきエピソードも少ない。超定番のMustな観光地、リアルト橋にサンマルコ広場、パラッツォ・ドゥカーレにサンマルコ寺院を見学するだけなら、2日もあれば終わってしまう。
 もちろん、リド島・ムラーノ島・ブラーノ島など、ヴァポレットを駆使して離島めぐりをすれば、もう1週間ぐらいはヴェネツィアを満喫できる。しかしそれは2年後、2007年の春までオアズケにすることになった。

1E(Cd) Sheila E. & The E-Train:HEAVEN
2E(Cd) Tower of Power:TOWER OF TOWER
3E(Cd) Tower of Power:URBAN RENEWAL
4E(Cd) Tuck & Patti:CHOCOLATE MOMENT
5E(Cd) 村田陽一 & Solid Brass:WHAT’S BOP
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