2014年04月20日(日)

Thu 140327 ウィーンのフシギな夜 ウィーン→ヴェネツィアへ(ヨーロッパ40日の旅14)

テーマ:ブログ
 2月22日深夜、というより23日未明、ウィーンの今井君は昨日書いた「ラーメン京都」に出かけた。「何でそんな時間に?」であるが、ウィーンの酒屋で購入したジンの小瓶を1本カラッポにし、ついでだからスティックタイプのポテト菓子をポリポリかじっているうちに、異様な空腹を感じたのである。
 ラーメンというより野菜煮込みだった顛末については、まさに昨日書いた通りであって、「なんちゃって」と「何だこりゃ」をナイマゼにしたような驚きの中、誰もいなくなったウィーンの裏町をトボトボ歩いてホテルに帰ることにした。
イタリア国鉄
(ウィーンからアルプスを越えてイタリアに入る。オーストリア国鉄(右)とイタリア国鉄(左)の電車が共存する)

 大ゲンカ中の日本人カップルと出会ったのは、まさにその時である。時刻はすでに午前1時。気温はおそらく氷点下10℃を下回って、ほとんど凍死の危険さえ感じるような厳寒の街を、2人は国立オペラあたりの薄闇から現れた。男子も女子も30歳前後である。
 何だかワケが分からんが、大ゲンカの末、こんな時刻にホテルをチェックアウトしてしまったらしい。午前1時のウィーンで完全に孤立の状況。そのことについて盛んにお互いを厳しく難じあい、これからどうするかに関してはマコトに無責任な放棄のコトバを投げあっていた。
「何でこんなことになっちゃったんだよ」
「アナタが悪いんでしょ」
「オメーだろ!!」
「これから、どうすんのよ?」
「知るかよ。勝手にしろよ」
「あっそー。じゃ、勝手にする」
「けっ!!」
という、まあたいへんな事態である。
 ストレートで飲んだジンの酔いと、野菜煮込みの衝撃と、歯に挟まったホテト菓子の苛立ちと、そういうモロモロを全て忘れさせるほどの、マコトに激しい罵りあい。それぞれ大きなスーツケースを引きずりながら、2人はシュテファン寺院方面の薄闇の中に消えていった。
ヴェネチア
(陸側のヴェネツィア・メストレ駅から、海をわたってヴェネツィアに入る)

 あれからもう9年ちょいが経過した。あのカップルがいったいあれからどうなったか。2014年の今井君はオランダ・アムステルダムのホテルでそんなことを考えて、思わず1人ニタニタ笑ってしまう。
 だって、あれだけの大ゲンカを演じ、自暴自棄になって厳寒の闇の中に飛び出してきても、それでも2人でチャンと寄り添っていたのだ。シュテファン寺院のずっと先のあたりできっとやむを得ず仲直りして、そのまま今もなお一緒に生活しているに違いない。
 というか、もしもあのままキッパリと「サヨナラ」「また逢う日まで」ということになったとしても、それはそれで素晴らしいじゃないか。今は別々に生活していても、
「9年前は、バカだったな」
「ウィーンでヒドい罵り合いをしたな」
「アイツは今も元気にやってるかな」
「元気に決まってる。だってあんなに元気だったんだからな」
と、お互いの現在を完全に肯定しあっているに違いないのだ。それもまた素晴らしい人生じゃないか。
ヴェネチア駅
(ヴェネツィア・サンタルチア駅に到着)

 さて、あの夜の今井君は「いよいよ明日はウィーンからヴェネツィアに向かう」という緊張感の中にいた。荷造りはジンをチビチビやりながら済ませたけれども、移動の列車はウィーン発9時前。まだ暗いうちから起きて駅に向かわなければならない。
 朝7時半、冬のウィーンの夜明けは8時半ごろだから、ホテルのあたりまだ真っ暗である。4泊したホテル・アストリアをチェックアウトして、タクシーに乗りこんだ。行き先は「Süd Bahnhof」、イタリアに向かう列車は、全てウィーン南駅から出る。
船乗場
(駅を出ると、すぐに水上バス「ヴァポレット」のチケット売り場がある。サト助は早速「3日券」を購入)

 諸君、サト助はこれからアルプスの東の端を回って、オーストリアから一気にイタリアに抜けるのである。むかしむかし、ドイツ人が夢の国イタリアに旅するには、多くの人がこのルートをたどったはずだ。
 ミュンヘンから南下するルート、あるいはスイスやチロル地方を経由するルートだと、アルプス主峰級の険しい峰々が立ちふさがるので、それを避けて迂回するわけである。その先には「君知るや南の国」「冬でも花に満たされた国」、昔のドイツのヒトビトにはまさに天国に思えたであろうイタリアが待っていてくれる。
サンマルコ広場
(ヴァポレットでサンマルコ広場に到着)

 今井君が乗車した列車はEC31。愛称は「ヨハン・シュトラウス号」。WIEN SUD駅 08:57発、VENEZIA SANTA LUCIA駅に16:43着。約8時間の長旅であるが、この8時間のうちに、車窓は雪に覆われたドイツの真冬の風景から、春が間近に迫ったカラフルなイタリアの景色に変わる。
 今回の40日の旅の中でも最も感動的だろうと予想していたのが、この1日の移動である。昔の日本人なら、雪の新潟からに快晴の関東平野に抜ける清水トンネルで、ほぼ相似形の感動を味わったはずだ。
 同じトンネルを、正反対に関東平野から新潟に入って感動したのが川端康成どん。しかし感激の大きさ&激しさの面だけにかぎれば、新潟→関東平野の移動のほうが圧倒的だ。今回サト助が求めたのは、あの感激のスケールをさらに数倍大きくして「厳寒のドイツから早春のイタリアへ」という8時間なのだった。

1E(Cd) The Doobie Brothers:MINUTE BY MINUTE
2E(Cd) Grover Washington Jr.:WINELIGHT
3E(Cd) Kenny Wheeler:GNU HIGH
4E(Cd) Jan Garbarek:IN PRAISE OF DREAMS
5E(Cd) Joe Sample:RAINBOW SEEKER
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