2014年04月15日(火)

Sat 140322 後宮からの誘拐 フュッセンへ 見残しという発想(ヨーロッパ40日の旅9)

テーマ:ブログ
 2月16日、トラムを降りまちがえて(スミマセン、昨日の続きです)、マリアンネプラッツからマリエンプラッツに戻る途中、目ざといサト助は大きな市民市場を発見。広場に何十ものテントが並んで、肉に魚にチーズに野菜、食品なら何でも売っている。
 と言うことになれば、あの頃のサト助は「今日の晩飯はここでいろいろ買って、ホテルの部屋で食べちゃおう」とすぐに決めたものである。レストランで贅沢にオカネを使うのもいいが、市場で買い込んだハムやチーズやオリーブをかじりながら、お部屋でノンキにワインを楽しむのも悪くない。
 何しろ夜8時からバイエルン州立歌劇場で「後宮からの誘拐」を観なければならない。飲み屋で際限なく酔っ払うわけにもいかないじゃないか。チケット売り場の女性係員に「素晴らしい選択ですね」と褒められながら、ミッテルロージェンプラッツを手に入れた。
フュッセン1
(フュッセン行きの列車。ミュンヘン中央駅で見たときは、ガチンガチンに凍っていた)

 ミッテルロージェンプラッツって、なあに? 諸君、ドイツ語であるよ。Mittellogenplatz。2階の中央ボックス席のことでござる。そんなリッチな座席がとれたのに、飲み屋なんかで酔っぱらってちゃ、ダメじゃないか。
 で、サト助は大雪をかきわけかきわけ、7時ちょい過ぎにオペラ座に到着した。東京から一応ジャケットとネクタイは持参したから、この間のベルリン国立歌劇場の時と全く同じスタイル。ただし、ホテルからオペラ座まで5分の雪道を歩かなければならないから、靴はあくまで雪道用のゴツいヤツである。
 靴が余りにゴツいのを気にしていたら、諸君、さすがにヨーロッパのオジサマ&オバサマは年季がはいっている。劇場の入口で着替えたり靴を履き替えたりしているオジサマ&オバサマが大勢いらっしゃるのだ。
 たとえ雪道をかきわけてきても、オペラ座は上級の社交場。汚れた靴なんか履いて入場するなんてのは、オペラに対する侮辱に他ならない。そういう考え方である。トーキョーのクマさんは、ゴツい雪靴のまま入場するのが何だか申し訳なかった。
フュッセン2
(マコトに地味なFüssenの駅)

 でも肝腎のオペラは、うーん、「大したことなかった」というか、「もっとオーソドックスにやったほうがいいんじゃないか」というか。ステージに十数個の巨大ブランコを並べ、全ての場面がブランコを揺らしながらブランコの上で演じられる。
 舞台向かって左端にすべてをPCで支配する「ich」が陣取って、PCをカタカタ&パチパチやりながら舞台を動かしていく。カーテンコールの時にもich=「ワタシ」は舞台に登場、「実は全部ワタシの夢の中の出来事でした」みたいな締めくくりになるのだが、そのシカケがマコトに面倒くさい。
 最も素直な反応をしたのは、オジーチャンズ&オバーチャンズ。
「せっかく劇場前で靴まで履き替えたのに、こんなクダラン演出を見せられて迷惑だ」
「何がカーテンコールだ。ワシはこんなものを観るために、大雪をかきわけてここにたどり着いたんじゃない」
「クダラン。全くクダラン」
「拍手なんか、してやらん」
「バーサン、帰るぞ!!」
「そうですねジーサン、とっとと帰っちゃいませう!!」
 こうして、せっかくの新演出もコテンパン。カーテンコールも1回だけで終わりになった。「ワシは古典をじっくり観たいんだ」というヒトビトを前に、例えば「歌舞伎とポップスの融合」「文楽とロックの融合」「能とヒップホップの融合」みたいなことをやろうとすれば、こんな反応もやむを得ない。
フュッセン3
(ノイシュヴァンシュタイン城 1)

 さてと、翌日のサト助はミュンヘンから列車で2時間余り、フュッセンに出かける予定。日本人がフュッセンを訪れるとなれば、要するにそれはフュッセンの町それ自体ではなくて、ノイシュヴァンシュタイン城とホーエンシュバンガウ城を訪れるのである。
 ガチンガチンに凍りついた列車の姿に驚きながら、17日のサト助は午前11時前の列車でフュッセンに向かった。ミュンヘンを出た列車は山道をどこまでも登っていき、車窓はマコトにのどかな雪景色になった。
 ある山の中の町で小学生が大量に乗り込んできた。「まだお昼なのに、もう放課後?」であるが、おそらくお昼ゴハンを食べにいったんオウチに帰る集団である。諸君、この小学生たちが、恐るべき悪ガキたちなのであった。
 周囲は、美しい青い峰々と純白の雪である。
「こんなに美しい自然の中で育てば、さぞかし素直で純粋な天使のようなコドモたちになるだろう」
「きっとアルプスの少女ハイジみたいなコドモたちばかりだろう」
などと考えるのは、21世紀のコドモたちを見くびっている証拠。いやはや、たいへんな悪ガキちゃんたちであった。
 彼ら彼女らが発見したのは、珍しく列車に乗って単独でフュッセンを目指すアジア人・クマ蔵。普通のアジア人なら、バスに乗って集団でどっとノイシュヴァンシュタインを目指す。集団はコワいが、単独の日本人なら格好の標的だ。
 いやはや、彼ら彼女らがどんなイタズラを思いついたか、あんまり詳しく書くのはヤメておく。悪童のイタズラの中身なんか、いちいちここで公開するほどのことはない。
 しかし諸君、彼ら&彼女らが幼いアタマで考え、ありあわせの紙に書き散らして今井君に示した悪口雑言は、アジア人蔑視の表現に満ちあふれ、昔ドイツ語をかじったせいで今でも読解能力が少々残っているサト助としては、うーん、何だか彼ら&彼女らの将来が心配になるほどだった。
フュッセン4
(ノイシュヴァンシュタイン城 2)

 フュッセン到着、13時。駅前にバスが待っていて、ノイシュヴァンシュタインの麓まで10分で連れて行ってくれる。麓から城までは「馬車」なんてのもあるが、少々苦しい雪の坂道を徒歩で登っていくほうが間違いなく楽しい。馬車は、ジーチャンバーチャンなり、幼いマゴなりを含む家族集団用のものである。
 まるで大病院の薬局みたいにスクリーンに予約番号が示され、お城には先着順30名ぐらいの小集団を作って入場する。小集団は一列になって粛粛と進むが、やっぱりこのお城は「外から眺めて楽しむもの」。中に入ってしまえば、ヨソのお城と大して代わりばえがしない。
 というか、やっぱりこの大雪の中、石だけでできたお城の中は寒すぎる。それもこんな山の中だ。昨日のニンフェンベルグも寒かったが、今日の寒さはその数倍の緊張感を伴っている。緊張感って? もちろん「ここに置き去りにされたら、1時間で凍死しちゃうよ」というレベルの緊張感なのだった。
フュッセン5
(ノイシュヴァンシュタイン城 3)

 帰りも山道を徒歩で下って、バスでフュッセンの駅まで戻った。ノイシュヴァンシュタインまで行ったら、ついでに向かい側の山のてっぺん:ホーエンシュバンガウ城も見ておいたほうがよさそうなものだが、何しろもう時間が遅い。深い山の中のフュッセンは、午後3時、すっかり夕暮れの雰囲気に沈んでいた。
 こうしてホーエンシュバンガウは「見残し」になった。「見残し」とは、むかしむかし弘法大師が四国の足摺岬を旅し、岬で一番美しい海岸線を見残したことから生まれたコトバ。今井君も世界各地で「見残し」を作り、「だからこそ必ずまたあの町を訪れて、見残したスポットを見て歩こう」という旅の動機にしている。
 諸君、最後の最後までナメ尽くすような旅のやり方をしてはダメなのだ。「あそこは見残した」「あれも見残した」→「だからこそ、いつか遠い将来もう1度あの町を訪れて、見残した数々を見て歩きたい」。そういう旅が一番いいし、実は人間との付きあいもおそらく同じことであって、「互いを知り尽くすのは遠慮したほうが幸せ」ということのほうが多い。

1E(Cd) Schreier:BACH/MASS IN B MINOR①
2E(Cd) Schreier:BACH/MASS IN B MINOR②
3E(Cd) Herb Alpert’s Tijuana Brass: WHIPPED CREAM & OTHER DELIGHTS
4E(Rc) Amadeus String Quartet:SCHUBERT/DEATH AND THE MAIDEN
5E(Cd) Karajan&Berlin:HOLST/THE PLANETS
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