2013年09月29日(日)

Thu 130905 濃すぎる飲み会 リオからサンパウロに帰る(第2次ンラゼマ地球一周記30)

テーマ:ブログ
 旅行記に入る前に、今日はまず1枚の異様な写真を掲載しなければならない。3人の風変わりなオジサマが肩を組んで、「さ、メシを食おう」と張り切っている、マコトに心温まる情景である。場所は新宿「分とく山」。真ん中でニカニカ濃密に笑っている優しそうなオジサマが予約してくれた有名店である。
 ワイン2本とともに楽しい夕食を満喫したあと、サト助はすっかり満腹してオウチに帰ることにした。残る2人の超有名講師は、「2軒目に行こうぜ」と衆議一決、東京の街をタクシーで南下。「木が六本生えている」という有名な繁華街を目指していった。
怪しすぎる光景
(濃密なオジサマたちの、怪しすぎる光景)

 しかし普段からマコトに品行方正なサト助ちゃんは、「自分のお部屋でゆっくりウィスキーでも飲もうかな」と、夜10時にはチャンと帰宅。木が六本生えている通称ギロッポンとか、もっと高級な通称ザギンのような、華やかでヒラヒラしたド派手な街は、地味な性格のサト助にはやっぱり眩しすぎるのである。
 ただし、その後がいただけない。グラスにタップリの氷をいれ、コンビニで買ったウィスキーをチビチビやりはじめた途端に居眠りを開始。気がつくと午前4時を回っていた。うにゃにゃ、このごろはすっかりダラしなくなった。
めし
(メシはたいへん旨かった)

 9月5日、リオデジャネイロ・コルコバードの丘で巨大なキリストさまに別れを告げたサト助は、アメリカのオジサマ&オバサマ連に取り巻かれつつ、登山電車に乗り込んで麓を目指した。
 発車間際に乗り込んできた地元の若者たちが、発車と同時に賑やかな演奏を開始。曲はやっぱりバリー・マニロウ「コパカバーナ」。楽器はともかく、歌が下手すぎるような気がしたけれども、リオの絶景とキリストの勇姿とに大満足した直後だから、オジサマもオバサマも大いにチップを弾んでいた。
 登山電車を降りて、すぐにタクシーがひろえた。これはなかなかラッキーであって、タクシーがつかまらなくて悪戦苦闘したNYの経験がトラウマになっている身としては、思わずガッツポーズさえ出るところ。15分後にはコパカバーナ・パレスに戻って、チェックアウトの準備を始めた。
 チェックインも表六玉だったが、チェックアウトも全く同レベルのヒョーロクダマ。普通なら、ベルボーイを部屋に呼んで、大きなスーツケーツを4つも5つもクルマに積み込んでもらうところである。
 そのクルマだって、「ゴシップガール」のチャックが乗り回しているような黒いリムジン。もちろん運転手つき。シャンパングラスを手にして、長かったリオ滞在に別れを告げ、馴染みのホテルマンたちと談笑→熱く握手ないし抱擁して、来年の再会を誓い合うのである。
ポンジアスカール
(下界に降りて眺めるポン・ヂ・アスーカル。うーん、ぐっと地味になるでござるよ)

 ところが我らがクマ蔵どんの場合、たった1泊2日の滞在だったわけだから、荷物は相変わらず小さなリュック1つだけ。もちろんこのリュックはタダモノではない。この8年間、のべ60週間にわたって今井君と海外を渡り歩き、訪れた街の数知れず、宿泊したホテルの数知れず。そういう恐るべきツワモノではある。
 しかしやっぱり、世界有数の宮殿ホテルをチェックアウトするときに、「リュック一つ」というのは異様な光景なのだ。カウンターの向こう側で、さすがのホテルマンも驚き入り、コトバもつまりがち。驚きのあまり眉毛がヒタイの真ん中あたりまで上がってしまい、その眉毛を下に引き下ろせないほどである。
「おクルマは?」とか「タクシーをお呼びしましょうか?」とか、そういう問答になっても、サト助どんの態度は変わらない。だってタクシーは必要ないのだ。
「いいえ、歩いていきます」
「電車を利用します」
と続くに及んで、ホテルマンの眉はもう取り返しのつかないほどヒタイを上昇し、ついに生え際を乗り越えて、髪の毛に同化してしまうかと思われた。
フィレ
(同じ店の同じフィレ肉を食べにいく)

 こういうふうで、常識的なヒトビトをのけぞるほどビックリさせつつ、サト助どんは「まず昼メシだな」と決めた。確かにもう10年も1日1食を続けてはいるが、「見渡す限りファベーラ」のリオデジャネイロから、「世界一危険な犯罪都市」のはずのサンパウロに移動するのだ。こういう時は、さすがに話は別。「腹が減ってはイクサはできぬ」のほうを優先する。
 入ったのは、昨日の夕食と同じチキン丸焼きの店。カウンターに座ると、昨日と同じオジサマウェイター、昨日と同じチキン丸焼き職人、昨日と同じおっかないオーナーオバサマが、昨日と同じように日本のクマ蔵を優しく迎えてくれた。
 こうなれば、何でもかんでも昨日と同じにしたくなるのがサトイモ君のクセである。昨日と同じビア、昨日と同じ赤ワイン、昨日と同じウシのフィレ肉を注文して、ウェイターオジサマも昨日と同じようにぶっきらぼうに、しかし昨日と同じ恥ずかしそうな笑顔で、丁寧に今井君の世話をしてくれた。
 大満足で外に出ると、空港までのタクシーはすぐにつかまった。上空の雲はすっかりとれて快晴、クルマは気持ちよく空港に向かった。快晴の空の下で眺めるファベーラは、昨日ほど悲惨さを感じさせない。「これならワールドカップもオリンピックも大丈夫かもしれない」と、サト助もすっかり楽観的な気分になるのだった。
 リオの空港は、次々とやってくるそういう大イベントを控えて大改修中。VIPラウンジも閉鎖されていて、スターアラインスのVIPメンバーである今井サト助君も、さすがに閉鎖中では利用することができない。
 仕方なくその辺のベンチに座り込んで、売店で買ったビールをチビチビやりながらヒコーキの時間を待ったが、男子トイレに一驚を喫することになった。諸君、下の写真に示すとおり、3人も4人も並んで用を足すことのできる、昔なつかしいステンレス製の便器だったのである。
空港にて
(リオ空港のトイレにて)

 今井君が通った秋田市立土崎小学校は、第2次世界大戦の戦火を免れた戦前からの木造校舎。終戦直前の8月14日深夜、秋田市土崎港は埼玉県熊谷市と同じ「最後の空襲」の餌食となった。土崎小学校から徒歩10分のところに帝国石油の製油所があって、そこが狙い撃ちされたのである。
 そんな戦前→戦中の亡霊のような小学校に通ったから、悪臭に満ちた昼なお暗いトイレは怪しい怪談の宝庫。当時は「便所」と呼んだが、夕暮れの便所の鏡の中で赤ん坊を抱いた長い髪の女が泣いていたとか、当時は汲取クミちゃんだった大便所のツボに、ニンゲンの足が浮いたり沈んだりしていたとか、そういうマコトしやかなウワサが小学サト助を震え上がらせた。
 リオの空港のこんな便器を一瞬眺めただけで、ここまで記憶が蘇るサト助も困ったものだが、オリンピックを3年後に控えた大都市の空港に、こんな前世紀の遺物が堂々と残っているのもまた困りものだろう。
 それでもヒコーキはチャンと飛んで、16時過ぎにサンパウロに到着。混雑したバスを諦めてタクシーに乗り、「ニッケージン」を自称する優しい運転手さんの日本語に癒されつつ大渋滞の街を走り、すっかり日の暮れた18時前、インターコンチネンタルホテル・サンパウロに無事到着した。
 フロントでは、例のマエストロ氏がお出迎え。たった2日しかここを離れていないのに、「懐かしい我が家に帰ってきた」という温かい安心感に包まれたクマ蔵であった。

1E(Cd) Barenboim:MENDELSSOHN/LIEDER OHNE WORTE 2/2
2E(Cd) Barenboim & Chicago:SCHUMANN/4 SYMPHONIEN 1/2
3E(Cd) Barenboim & Chicago:SCHUMANN/4 SYMPHONIEN 2/2
6D(DMv) MR. AND MRS. SMITH
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