2013年09月25日(水)

Sun 130901 南半球の大西洋を西から コパカバーナの豪雨(第2次ンラゼマ地球一周記27)

テーマ:ブログ
 9月4日夕暮れ、リオデジャネイロのサト助は、「とりあえずコパカバーナの大西洋に接近してみよう」と考えた。ごくごく普通に考えて、日本人が大西洋の海水に触れる機会は極めてマレである。
 今井君は秋田県秋田市の港町で育ったから、海は身近な存在である。小学校から徒歩10分で目の前は日本海だったし、冬になれば連日連夜厳しい北西の季節風が吹いて、夜も日本海の波が逆巻く音の中で眠った。「海鳴り」である。
 しかし諸君、それはあくまで小さな日本海の話。海の向こうにはすぐにユーラシア大陸の東の端があって、秋田から西に広がる海を眺めても、「果てしない」とか「無限の」とか、そういう雄大な形容詞はなかなか出てこない。
 太平洋ならば、仙台でも八戸でも、沖縄でも宮崎でも、仕事で出張したついでにちょっと観光すればタップリ満喫できるけれども、話が大西洋となると、滅多なヒトが眺められる情景ではない。
 ハワイに行っても太平洋、オーストラリアでもカリフォルニアでも、タヒチやニュージーランドでも太平洋。支倉常長も勝海舟も、意地でも太平洋であって、「日本人は太平洋の呪縛から逃れられないんじゃないか」と、我々を取り囲む広大な太平洋が、ふと疎ましくなったりする。
夜プール
(夜のコパカバーナ・パレス、プールサイドの風景)

 大西洋を初めて見た日本人は、誰だったのだろうか。クアトロ・ラガッツィこと天正遣欧少年使節団? 確かに、ポルトガル・シントラの街を旅したとき、「この教会には、伊東マンショが演奏したオルガンがあります」などというのがあったから、中浦ジュリアン・原マルチノ・千々石ミゲルの諸君は、4人並んで大西洋の光景に絶句したのかもしれない。
 しかし諸君、彼らは東から西に向かって、大西洋を眺めたのである。コロンブスもバスコ・ダ・ガマも、マゼランにとっても、大西洋とは常に西に広がる海であって、熟した赤い夕陽はいつでも大西洋に沈んでいく。「新鮮なオレンジのような太陽が毎朝うまれて昇る海」と認識することができたのは、アメリカ大陸の先住民だけである。
 かく言う今井サト助どんも、2010年5月にポルトガル・ロカ岬を旅して、大西洋をユーラシアの果てから眺めた。「この海の向こうはアメリカ」という茫洋とした感覚に、コロンブスちゃんとともに思わずフラフラしたものだが、せっかくの茫洋感は、大型バスで訪れた中国や韓国の団体ツアーの喧噪に打ち破られてしまった。
パレスホテル1
(コパカバーナ・パレス、リムジンで到着したヒトビト。こうじゃなくちゃダメなのだ)

 以上、日本海の海鳴りの中でスクスク育ったサト助くんが、とうとう大西洋を朝日が昇る海として眺めるに至った経緯を述べてみた。サトちゃんは古今東西マレに見る変人であるから、ちょっとコパカバーナに来てみただけで、これほど深い感慨にふけることができるのである。
 しかし、クマやニンゲンやサトイモの感慨や感動なんか、天と地を治める神ないし神々の知ったことではない。初めて大西洋の西の果てを訪れたクマ蔵どんがどんな感慨に浸っていようが、「そんなの関係ねえ」であって、雨を降らせたければ降らせるし、雷鳴を轟かせたければ、少しも遠慮することはない。
 危険なほどの大波の打ち寄せる夕暮れのコパカバーナ海岸で、それでも海水浴をしているヒトビトがいた。10人ほどの大家族である。コドモが3人もいたから、きっとコドモたちにねだられて海に入ったんだろうが、この寒さで海に入るなんてのは、誰が考えても滑稽である。
 今井サト助は、海岸で売っていたアイスキャンディを1本買って、彼ら彼女らの様子を眺めていた。おそらく海水温は20℃ちょっと。打ち寄せる波は、オトナの背丈を遥かに超える。「自己責任」とは言うものの、「そんな海に家族で入ったら、危険すぎて話にならない」というぐらい、バカバカしい光景であった。
アイスクリーム
(イタリアン・ジェラート。シロクマさんのお顔がかわいい)

 気がつくと、西の空に真っ黒い雲が出現。アイスを買ってから、3分も経っていない。しかも、その黒雲がグングンこっちに近づいてくる。うにゃにゃ、うにゃにゃにゃ。あんまり雲の接近が速いので、思わずニャゴの鳴き声をマネしてしまったが、2013年の日本人なら、声をそろえて「じぇじぇ」「じぇじぇじぇ!!」と叫ぶところである。
 海岸の大家族から悲鳴が上がった。そりゃそうだ。海水が悲劇的なほど冷たい所へ、その数倍も冷たい雨滴が容赦なく降り注ぎはじめたのだ。ホンの4日前、シカゴで経験した「カンロ飴のような雨滴」と同じぐらい悪魔的な、マコトに大きな雨滴が、あっという間にコパカバーナを包み込んだ。
 こういうふうだから、今井君はせっかくの「イタリアン・ジェラート」の味を全く覚えていない。小学生の頃の「24色えのぐ」には「はだいろ」というチューブがあったが、まさにその「はだいろ」のジェラートが何の味だったか、全く記憶がない。そのぐらい、あの夕暮れの雨は激しかった。
 大家族とともにビーチを全速力で走って、屋根のあるピザ屋まで30秒ほど。シャツもズンボもすっかり濡れてしまったが、走りながらアイスも全部飲み込んでしまった。後から追いついた大家族は、雨をシャワーがわりに使って、みんなでゲラゲラ爆笑していた。
黒雲の接近
(ビーチに黒雲が急接近)

 こういうふうだから、今井君の「大西洋を西の果てから体験」は台無し。豪雨は一向に止む気配がなかったので、コパカバーナ・パレス9階のジュニアスイートにトボトボ戻って、「仕方がない、豪華ホテルライフを徹底的に楽しもう」という負け惜しみをやることにした。
 もちろん「豪華ホテルライフ」と言ったって、正確には「酒を飲みながらテレビをみる」だけのことである。酒は、コパカバーナのワイン専門店で赤ワインを1本買って、店で栓を抜いてもらった。「ツマミは、瓶詰めオリーブ!!」といきたい所だったが、どうしても見つからないから、適当なスナック菓子で済ませることにした。
 テレビは、イタリアの3流映画。ナチスドイツに抵抗する連合国の特殊部隊員が、鉄腕アトムみたいに背中にロケットをくくりつけて大活躍。UFO型のナチス巨大飛行艇を麻縄1本で墜落させ、哀れなほどカンタンに気絶を繰り返す女子工作員と結ばれて、戦争は連合国の大勝利。いやはや、マコトに今井君向きの豪華ストーリーであった。
パレスホテル2
(コパカバーナ・パレス、夜の光景)

 あんまり豪華ストーリーに感激したので、夜9時、サト助は豪雨をものともせずに、折り畳み傘をさして夕食に出かけた。ワイン1本とスナックで夜を締めくくるには、豪華ストーリーの後ではあまりに物足りなかったのである。
 シーズンオフの夜ではあったが、コパカバーナ・パレスの南側には、ニースやカンヌやモナコの海岸を髣髴とさせるようなオシャレな飲食店が数軒だけ営業中。サト助は手近な1軒を選んで、ピザを1枚注文した。
 飲み物は、驚くなかれ、生ビール2杯のみ。だって諸君、UFOが麻縄に絡まって墜落し、ナチスの超悪者が墜落してバラバラになるシーンを夢中になって眺めながら、赤ワインをペロリと1本カラッポにした直後だったのである。
 夜半、大西洋の豪雨はますます激しくなった。テントふうの店の屋根を叩く雨音もどんどん激しくなって、「明日は朝からコルコバードの巨大キリスト像を見に行くつもりなのに、大丈夫かね?」と、クマ蔵の不安はますます高まっていくのであった。

1E(Cd) Barenboim:BEETHOVEN/PIANO SONATAS 5/10
2E(Cd) Barenboim:BEETHOVEN/PIANO SONATAS 6/10
3E(Cd) Barenboim:BEETHOVEN/PIANO SONATAS 7/10
6D(DMv) WILD ORCHID
total m6 y1537 d11732
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