2013年01月13日(日)

Thu 121220 自暴自棄の言語道断 唾棄すべきヤツ ラパン・アジール(パリ速攻滞在記18)

テーマ:ブログ
 12月28日、モンマルトルの空は重たく曇り、雨が降るような降らないような、霧雨が降っていると言えば言えるような、マコトに微妙なお天気の午後である。サクレクール寺院前はまだまだクリスマス市の雑踏が続いていて、パリのクリスマスはどうやらこのあと新年を迎えても、賑やかなまま延々と続くようである。
 サクレクールを出た後も、今井君はしばらく「SUPER DRY=極度乾燥」のオジサマ夫妻を追いかけ(スミマセン、昨日の続きです)、何とか彼のジャンパーを写真に収めようとこの世で一番クダラン努力にいそしんでいたが、何かの拍子にふと普段の知的なクマ蔵に立ち返り、20世紀初頭にモンマルトルに集まった文学青年みたいな深い思索を開始した。
ムーラン1
(モンマルトル、ムーラン・ド・ラ・ギャレット)

 つまり「オレはいったい何をやっているんだ?」という自責である。19世紀末でも20世紀初頭でも、文学青年というものはみんなこの「オレはいったい何をやっているんだ?」「オレとはいったいナニモノなんだ?」をやりながら、20歳代から40歳代までを過ごし、悩みと自責が行き過ぎて、やがて自暴自棄に陥った。
 というか、悩みと自責で自暴自棄になってみせないかぎり、友人たちから「文学青年らしくない」「アイツは俗物にすぎない」という激しい非難を受ける。チョイとでも自分が可愛くて、稼いだオカネを酒や女に浪費せず、銀行なり郵便局なりに貯め込んだりすると、あっという間に「アイツは俗物根性のトリコ」ということにされてしまう。
壁男
(モンマルトル、壁抜け男)

 その昔、「唾棄すべき」という表現があって、自暴自棄にさえなれない俗物根性に対しては、飲み屋の仲間たちさえも「唾棄すべきヤツ」「唾棄すべき存在」「顔を見るのも吐き気がする」と、ツバやゲロ同様の悪口雑言を浴びせたものである。
 同時期の鉄道の駅には洋の東西を問わず「痰壷」という恐るべき器が存在した。かくいう今井君も、自暴自棄の時代の末裔だから、営団地下鉄東西線・早稲田駅のホームでおそらくこの地上最後の痰壷を目撃した。高さ20cm、直径20cmぐらいの赤い円筒形のツボであった。
 1980年代のこと、地下鉄の駅にもまだ「吸い殻入れ」「痰壷」が生き残っていたのである。ヒトビトは、特に人生の終わりにさしかかった20世紀初頭生まれのオジサマたちは、灰皿にタバコの吸い殻を捨てるのと変わらない、ホントに平気な態度で駅の痰壷を利用していたものである。
壁男
(モンマルトル、壁抜け男とともに)

 「カカッ、カーアアッッッ…ペッッ!!」。当時、今はマコトに懐かしい音が、東京中の地下鉄の駅、新宿や池袋みたいな庶民的な駅ばかりではなく、銀座、六本木、21世紀の今では「痰って何でございます?」「タンツボって、何でありんすか?」みたいな超上品な駅でさえ、平気で設置され、みんな平気で使用していたわけである。
 うにゃにゃ、モンマルトルから話がどんどんズレていく。しかし若い諸君、痰壷をバカにしてはならない。太宰治を読んでも、志賀直哉や永井荷風をヒモといても、昭和中期までの日本の小説と痰壷は、切っても切れない深いエニシで結ばれている。ま、そろそろ「脚注」の対象になって、ヒトビトの記憶からも消えて行きそう。そのことについてはご同慶のいたりである。
映画館
(モンマルトル、最古のプチ映画館)

 さて、19世紀末から20世紀初頭に話を戻そう。モンマルトルの文学青年や芸術家のタマゴたちは、チラリとでも俗物根性をチラ見させてしまうと「唾棄」の対象になる。ツバやゲロやタンとイッショクタにされなされたくなければ、言語道断にバカげた行動を日々延々と続けなければならない。
 すると、酒/女/男/クスリ/賭博にカネを浪費し、生活を持ち崩し、病気でもないのに病院を転々とし、病院から戻れば様々な女のところに入り浸り、生活を崩壊させ、崩壊したらアメリカやアフリカにわたって、すでにボロボロの人生をもっともっとボロボロにする。
メゾンローズ
(ラ・メゾン・ローズ)

 100年前のモンマルトルには、そういう芸術家のタマゴと文学青年が渦を巻き、飲み屋やらキャバレーやらが軒を並べ、そこからアマタの天才も生まれた。ピカソ、ユトリロ、モジリアニ、アポリネール。うにゃにゃ、たいへんな人たちが集まったものである。
 サクレクールから坂を1つ降りたあたりに「ラ・メゾン・ローズ」。モンマルトルの坂をほぼ降りきった所に、数々の名画に描かれたムーラン・ド・ラ・ギャレット。さらに「ラパン・アジール」。このラパン・アジールこそ、ピカソとユトリロとモジリアニとアポリネールが連日連夜の乱痴気騒ぎを繰り返していた店である。
モンマルトル風景1
(モンマルトル風景 1)

 どういうものかねえ。100年が経過して、どうも「文学青年」というものの旗色はよくないようだ。ピカソやモジリアニの絵を見たことのないヒトはあまりいないだろうが、じゃ、アポリネールの詩を実際に読んだことのあるヒトって、どのぐらいいるんだろう。
 その同時代人をとってみても、ラヴェルやドビュッシーの音楽を聴いたことのないヒト、例えばラヴェルの「ボレロ」を聞いたことのないヒトがあまり考えられないのに対して、ヴェルレーヌの詩やランボーの詩を(高校の教科書で断片的にではなくて)チャンと詩集を1冊まるまる読破したヒトって、ごくごく少数派なんじゃないか。
 文学青年たちは、おそらく
① 長くたくさん書きすぎた
② 固有名詞を作品に盛り込みすぎた
のである。
モンマルトル風景2
(モンマルトル風景 2)

 美術館でモジリアニやユトリロを観るとしても、1枚の絵の前に立っている時間は長くてもせいぜい30分。どんなに1枚の絵に感動しても、それ以上長く立ち尽くしていれば、セキュリティのオジサマの観察の対象になってしまう。
 「毎日同じ絵を観に通う」というマコトにロマンティックな行動もあるだろう。1枚のモジリアニ、1枚のマティス、1枚のマネに惚れ込んで、毎日同じ美術館の同じ絵の前に立ち尽くす。おお、感動的だ。
 あるいは日本の人間が、「今年もまたパリに来ました。あのモネの絵に逢うためです」とか、そういう文章を日記なりブログに書き込むのも、それもまたスンバラシイ。「会う」じゃなくて「逢う」であるあたりが、今井君なんかは甚だ恥ずかしいのだが、しかし、その邂逅なり逢瀬なりも、やっぱり1時間もかからない。
 音楽だって同じことで、ラヴェルやドビュッシーのCDは1枚1時間あれば終わり、CD全集を買って1日中お部屋で酔ったように聞きつづけても、やっぱり1日か2日で聞き終えてしまう。
ムーラン2
(ムーラン・ド・ラ・ギャレット、拡大図)

 ところが諸君、まかり間違ってドストエフスキーなんかに挑戦してみたまえ。こりゃ、1年かかっても終わらない。ロマン・ロランなんかと付き合いを始めて見たまえ。どれもこれも長すぎてめんどくさくて、1枚1時間の絵画や音楽みたいに、パッパ&サバサバ終わってはくれないのだ。
 ついでに②固有名詞の問題も小さくはない。店の名前、ヒトの名前、当時流行の俳優や女優やオペラ歌手の名前、今では消えてしまった街の名前、当時の名士や繁華街の名前。すると当然、「それが有名である」ということを前提に書かれたすべての冗談、すべての賛美、あらゆる軽口が注釈の対象になってしまう。
 詳細な脚注をつけてもらって、まるで「岩波古典文学大系」みたいな形で読むアポリネールやヴェルレーヌのつまらなさ、というより滑稽さは、ちょっとやそっとで語れるものではない。文学青年の旗色の悪さは、実はこのタイプの芸術の生まれながらの運命のような気がする。
 しかし100年前、いま目の前には残骸しか残っていない「ラパン・アジール」が大繁盛していたころのアリサマを想像するに、サトイモ閣下は楽しくてたまらない。この絵に描かれた、鍋から飛び出した酔っぱらいウサギが何とも可愛らしいじゃないか。
うさぎ
(ラパン・アジール)

 自暴自棄の言語道断な日々、それでもコッソリ悪戦苦闘を続けていた毎日、酒と女と賭博のせいで、いつが昼でいつが夜なのか判然としなくなった世界。100年前の天才たちのドロドロの泥沼は、いつまでも青年たちの憧れであってほしいものだ。
 21世紀の日本でも、ラパン・アジールは大人気のようである。東京なら、六本木と吉祥寺にラパン・アジールの名の店がある。横浜方面は、青葉台と新杉田。名古屋近辺だと一宮、大阪なら藤井寺。ジャズバーだったり、お菓子のお店だったり、飲み屋さん(Mac君の変換は「野宮サン」だ)だったり、いろいろであるが、こんなに同じ名前の店があるんだから、日本のヒトのラパン・アジール好きは相当なものである。
ラパン
(ラパン・アジールの前で記念撮影する家族連れ)

 この絵を描いたのがジルという名の画家。「ジルのウサギ」から転訛して「ラパン・アジル」になったとのこと。1993年、ここを舞台にスティーブ・マーティンが書いた芝居が、「Picasso at the Lapin Agile」。この店でピカソとアインシュタインが出会うという架空のストーリーであるが、そこから先の研究は読者の皆さんにお任せしたい。

1E(Cd) Vellard:DUFAY/MISSA ECCE ANCILLA DOMINI
2E(Cd) Oortmerssen:HISTORICAL ORGAN AT THE WAALSE KERK IN AMSTERDAM
3E(Cd) Philip Cave:PHILIPPE ROGIER/MAGNIFICAT
4E(Cd) Savall:ALFONS V EL MAGNÀNIM/EL CANCIONERO DE MONTECASSINO 1/2
5E(Cd) Savall:ALFONS V EL MAGNÀNIM/EL CANCIONERO DE MONTECASSINO 2/2
total m103 y2168 d10062
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