2012年08月29日(水)

Wed 120805 永遠の夏休みについて またまたカドキョイヘ(イスタンブール紀行26)

テーマ:ブログ
 現在ヨルダンで大活躍中のモト生徒・税所篤快君からメールが来た。彼とはつい1ヶ月半前に吉祥寺でバッタリ出会い、中野までの電車の中で近況を報告しあったばかりである。
 メールによれば、「今週土曜日の9月1日朝6時20分から7時までのNHK『おはよう日本』でバングラデシュでの活動が4分間ほど放映されます」とのこと。諸君、ぜひビデオに録画して見てくれたまえ。
 9月1日と言えば、このクマ蔵ブログの読者のうち高校生の諸君は「うぉ、夏休みが終わってしまった」「うぉ、今日から学校だ」「うぉ、もう夢も希望もない」と悲しみにうちひしがれているころである。なにしろ「夏休みが終わる」というのは、人生最大の悲劇だ。その気持ちは当たり前である。
灯台
(カドキョイで。「もうすぐ夏休みが終わる」な感じ)

 もし永遠に夏休みが続くのだったら、それほど素晴らしい人生はない。しかも「永遠の夏休み」を実現できるヒトは、ホントにごくごく少数だけれども、確かにこの世に実在するのである。なのに自分にはその奇跡は訪れず、夏休みが終わり、今日から平凡な現実が再開してしまう。諸君がムクれているのは、当然のことなのである。
 特に高校生にとっての夏休みの終わりは、小学生や中学生にとって以上に、はるかに決定的なものである。ホントの意味で夏休みと呼べる夏休みは、高校3年か2年の夏休みで終わり。こんなに夏休みらしい夏休みは、もうやってくることはない。
 高3生諸君、10月の中間テストが「人生最後の中間テスト」であるのと同じように、今回の夏休みはおそらく「人生最後の夏休み」だったである。残った2~3日の夏休みを、万感の思いをこめて過ごしたまえ。小学校入学以来、合計12回の夏休みを、1つ1つ心をこめて振り返りながら、「ホントの意味の夏休みは、これで終わりなんだ!!」と実感し、人生のあまりの短さを確認したまえ。
海
(イスタンブールで。夏の海は輝いていた)

 そんな心境の中では、とても「今井君のモト生徒」や「バングラディシュでの活躍」どころの気持ちにはなれないかもしれない。ましてや今井の「イスタンブール紀行」になんか、何の興味もわかなくなっているのも、マコトに仕方ない話である。
 しかしだからこそ、9月1日6時台のNHK「おはよう日本」は、タイマー録画して、絶対に見逃してはならない。必ず、録画ね。ニュースショーで「40分のうち4分」などというのは、インデックスでもつけてもらわなきゃ、とても我慢して見続けていられるものではない。トイレに行きたくなって、我慢できなくなって、テレビの前に戻ってきたら、もう半分終わっている。
ウスキュダル
(カドキョイから、ウスキュダル「乙女の塔」方向を望む)

 バングラデシュやヨルダンやルワンダでの税所君の活躍を見ていると、「どうやらこの人は、『人生を夏休みにする』ことに成功しかけているかな?」と今井君は感じるのである。「人生を永遠の夏休みにする」というのは、「永遠に夢を追いかけて後ろは振り返らない」ということであって、「夢」をカブトムシやクワガタに置き換えれば、幼稚園児や小学生と同じことになる。
 高校や予備校の先生がたが「あきらめなければ夢は必ず実現するんだ」と声を嗄らして諸君を叱咤激励するのは、「あきらめなければカブトムシやクワガタは必ず見つかるぞ」という激励の発展形なのである。諸君、セミだってアゲハだって見つかった。夢ぐらい見つかるし、夢が見つかれば夏休みは永遠に続くのだ。
トルコガールズ
(エミノミュで。トルコガールズたちは元気いっぱいだった)

 税所君のメールには、なおも立派なオトナのお世辞が続いていて、「今井先生以上に会場が一体化した講演会は知りません。あの早稲田祭での講演会の白熱ぶりが、ムハマド・ユヌスの白熱教室以上だったのは、僕の鳥肌が証明しています」とのことである。
 うーん、なかなかお世辞もうまい。大学生諸君、今井君をぜひ学園祭に呼んでくれたまえ。確かに3年前、早稲田祭での講演会は、出席者800名。90分の盛り上がりは、今井君のネクタイが汗でビショビショ、どれどころかネクタイを伝って汗が滴り落ちるほどに白熱した。
船内風景
(カドキョイへのお船の中で)

 さて、イスタンブールの今井君は、いよいよ最終盤。5月末、一足早いイスタンブールでの夏休みは、あと2日で早くも終わろうとしていた。今の高校生諸君とほぼ同じ心境である。
 今井君の場合は、20歳のころから「人生を永遠の夏休みにしよう」と考え、そのために挫折とドロップアウトを限りなく繰り返した。数百年経過して気がついてみれば、「常識的な現実の生活の中に、たくさんの夏休みが断続的に点在する」という、「永遠の夏休み」の惨めなヴァリエーションが発生しただけだった。昔のコトバではこれを「亜流」と呼んだ。
お花を売る1
(お花を売る1 カドキョイで)

 あまりにも悲しいので、今日もまたカドキョイの「運命の店」に夕食をとりに出かけた。カドキョイの埠頭では、今日も中年女性たちがズラリと並んで生花を売っている。やっぱり今日も生け花はサッパリ売れないようである。
 エミノミュから船が着けば、彼女たちは一斉に船の側を向いて花を掲げる。やがて船の出発が近づけば一斉に街の側を向いて、街から船に急ぐ乗客たちに花を示して、花を讃え、花を買うことの功徳を説く。ほとんどユニゾンと言っていいトルコ語の響きが悲しい。
お花を売る2
(お花を売る2 カドキョイで)

 しかし諸君、クマ蔵は腹が減った。どんなに響きが悲しくても、お花なんか買ったって、とてもクマの空腹は収まるものではない。何よりもメシ。意地でも、メシ。何が何でもメシ。お花にウットリしている風流や、面倒なワビ&サビなんかは、日本のタンスに畳んで置いてきた。
 ありゃりゃ、3月までの今井君は、お酒はいくら飲んでも、こんな大食漢ではなかった。4月上旬に10日間の禁酒をしてから、高校生時代みたいな大食漢に戻ってしまったようである。マコトにお目出度いことであるが、だからこそ、こんな空腹時にお花を買うどころの騒ぎじゃないのだ。
 というか、こんなところでお花を買えば(Mac君の変換は「お鼻を替え刃」。お鼻のウブ毛でも剃りたいのかね?)、スイスホテルに帰り着くまでにしぼんじゃって、結局枯らしてしまうのが関の山。お花の運命を考えたって、ここでお花を買うわけにはいかない。
ハイダルパシャ
(カドキョイ、ハイダルパシャ駅。まもなく取り壊される予定)

 イスタンブールという街は、昔ながらを残しながら、新しいものがどんどん生まれている、活気溢れる街である。今井君は、新しいものを愛さないわけではないが、どちらかと言えば「昔ながら」が好き。こういうお花売りのオバサマたちや、もうすぐ取り壊しの決まっているイスタンブール第2の中央駅ハイダルパシャの駅舎とか、こういう昔ながらが大好きでたまらない。
 こうして今日もまた暮れていく。今日もまたイワシ料理とイカ料理を満喫し、同じ白ワインをカラッポにし、「サービスだ」と言って出されたフルーツ盛り合わせにはほとんど手を付けずに、ひたすら蒸留酒ラクをストレートで飲みまくった。
フルーツ
(サービスで出て来たフルーツ)

 「ラクをストレートで」ということについては、トルコ人は相当な驚きの表情を浮かべる。トルコ人は、必ず水で割って飲む。水で割ると白濁して、強い苦みが出てしまうこの酒を、おそらくその苦みを楽しみながら飲むのである。
 この3日間、大いに世話になったウェイターが、マコトにおずおずと「ご職業は何なんですか?」と尋ねてくれた。確かに、不思議な日本人である。3日も4日もこんな街のこんな店に入り浸って、酒もタップリ飲んで帰る。物書きか? レポーターか? マスコミの取材か何かか? 適当にコトバを濁らせて、ニヤニヤ笑いながら帰ってきた。
肉団子
(今日は、こんなのも食べてみた)


1E(Cd) Richter:BACH/WELL-TEMPERED CLAVIER③
2E(Cd) Richter:BACH/WELL-TEMPERED CLAVIER④
3E(Cd) Richter:BACH/WELL-TEMPERED CLAVIER①
4E(Cd) Richter:BACH/WELL-TEMPERED CLAVIER②
5E(Cd) Richter:BACH/WELL-TEMPERED CLAVIER③
total m25 y1295 d9190
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