2012年05月28日(月)

Thu 120503 作家たち4名の記憶 菊池君の思い出 (スコットランド周遊記3)

テーマ:ブログ
 アイルランドが生んだ作家としてベケットとスウィフトとジョイスの3人をあげれば、この国の文学の豊かさは分かる。今回ダブリンを旅することに決めたのは、この3人の呼吸した空気を呼吸し、朝に夕に見上げた空の色を見たかったからでもある。
 スウィフト「ガリバー旅行記」は、「小人国」と「巨大人国」の2篇が子供向けの絵本や物語で有名になりすぎた。残念なことである。スウィフト本人も、天国で地団駄を踏んで悔しがっているに違いない。実際にガリバーで出色の出来映えなのは、第3篇「ラピュタ」と第4篇「馬の国」なのである。
 おそらく、ガリバーを書きながらスウィフトは急速に成長したのだ。住民がみんな右側に頭をかしげて生活している「ラピュタ」は、1ページ読めば確実に1回は爆笑できる奇想天外な発明発見の嵐である。
 「ラピュタ」でググっても、宮崎駿とスタジオジブリしか出てこないのが日本の状況だが、ぜひ若い諸君にはスウィフトのガリバーのラピュタを読んでほしい。特に理系の諸君、ラピュタを読んだら、早速21世紀の日本版ラピュタをオマージュとして書いてみないかね。
ダブリン城のイメージ1
(街で発見したダブリン城のイメージ 1)

 第4篇「馬の国」については、「小人国や大人国を読み飛ばしてでも、ここだけは読むべきだ」と断言できるほど、余りに辛辣な文明批判が続く。読むヒトによっては怒り心頭に発するだろうし、正反対に破顔大笑で絶賛するヒトも多いだろう。
 中でも、弁護士を含む法曹についての強烈な非難の連続は圧巻。法律や裁判に関わってイヤな思いをしたことのあるヒトなら、コブシで宙を打って快哉を叫ぶはず。学者でも弁護士でも裁判官でも、日常的に法律を扱っているヒトなら、馬の国の馬の語る法律論にいちいち頷いてしまうのは請け合いだ。
ダブリン城のイメージ2
(街で発見したダブリン城のイメージ 2)

 ベケットについての思い出は、マコトに残念なことに昨日の記事に書いた早稲田・大内義一教授の「西洋文学」の講義に戻る。4月から5月上旬でジョイス「フィネガンズ・ウェイク」を語り終えた教授は、5月半ばからベケット「ゴドーを待ちながら」の話に進んでいた。
 政治学科の1年生は、この時期になっても「東大に入れなかった」失望だけを引きずって教室に座っている。昔は大学の教室にクーラーなんか設置されていなかったから、5月下旬から6月上旬の蒸し暑い教室の中で、ノートは湿気を含んでヨレヨレになり、学生たちはどこまでもムクれにムクれていく。
改善おじさん
(改善おじさん)

 この春は、神宮の早慶戦でも何故か慶応に負けてしまう。金森、岡田、向田、三谷など、超一流選手を揃えていながら、スコアは1-0。慶応の加藤に完封され、ホームラン一本でカンタンに決着がついた。
 負けるはずのないものが負けたショックは大きい、東大に落とされて、仕方なく早稲田に通っていて、だから早稲田が大嫌いな学生たちでも、この敗戦はやっぱりイヤだった。しかも、ホームランを打った慶応の選手は、2塁を回ったところで右のコブシを高く突き上げ、ガッツポーズをしてみせたのである。
パブ外観
(花のたっぷり飾られたパブ)

 そのコブシ一つが、ますます我々の神経を苛立たせた。大内教授は次の火曜日の授業でそのガッツポーズを話題に取り上げた。「早稲田の選手なら、あそこでコブシを突き上げたりはしなかっただろう」とおっしゃるのである。
 それだけのことで、涙が出そうになった。愛校精神とは、ホントに不思議なものである。教授の一言で涙が溢れそうになった、あの瞬間から今井君は早稲田が好きで好きでたまらない。いまだに秩父宮や国立競技場にラグビーを見に出かけて、早稲田のウィングにボールが回ると、もう絶叫を抑えきれないのである。
ダブリン城1
(ダブリン城 1)

 その火曜日に大内教授が論じたのが、ベケット「ゴドーを待ちながら」である。ついでに1学期の期末テストで出題されたのも「主人公2人が待っている『ゴドー』とは、本来何者であるか。自由に述べよ」であった。
 今井君は文化人類学で流行していた「トリックスター」であると書いて、答案用紙2枚分を猛然と書きまくった。青森県弘前高校出身の菊池君は「実存である」と考え、同じ答案用紙に半分ぐらい簡潔に書いて提出した。「いや、絶対に実存だ、実存以外に待つものなんかないはずだ」と、試験後の学生食堂で彼は力説した。
 その後3年経過した初夏5月22日、我が友・菊池君は心不全で突然この世を去ることになった。お葬式は暑い日で、大学では緑濃いイチョウの葉が風に揺れていた。考えてみれば菊池君と初めてマジメに討論したのは、ベケットのゴドーについてだったのである。
ダブリン城2
(ダブリン城 2)

 ジョイスは、あまり好きな作家ではない。意味不明なセンテンスがどこまでも連続する作家を好きになるのは難しい。学部生の頃、神田神保町の古書店街をうろつくと、やたらに「ジョイス・ユリシーズ」の文字が目についた。あのころはユリシーズが大流行だったのだ。
 今では店の規模をすっかり縮小してしまったが、神保町に北沢書店という洋書専門の名店があって、昭和の作家や文学部生なら北沢書店の世話にならなかったヒトは少ないだろう。北沢書店の書棚にもユリシーズの原書が数種類並んでいて、見栄っ張りの今井君は買うか買わないか逡巡し、何度も足を運んだものである。
なでしこどん
(ダブリン城内でナデシコどんに出会う)

 結局ユリシーズは敬遠したまま、数百年後の現在に至る。だから、ジョイスで読んだことのあるのは「ダブリン市民」だけである。今井君が中3のころ、姉は早稲田大1年で、夏休みの帰省の土産に文庫本3冊をくれた。ソルジェニーツィン「イワン・デニーソヴィチの1日」ドストエフスキー「貧しい人々」と、ジョイス「ダブリン市民」であった。
 今井君の記憶力は恐るべきものであって、あのころ読んだ「貧しい人々」の主人公の名前を今でもキチンと記憶している。マカール・ジェーブシュキンである。ところが、「ダブリン市民」のほうは記憶が曖昧で、ストーリーさえよく覚えていない。どうもジョイスとは相性が悪いようである。
ダブリン城ガイドツアーの人々
(ダブリン城ガイドツアーの人々。装いは、冬である)

 さて、アイルランド出身の作家でもう1人、欠かすことのできないヒトがいる。バーナード・ショウである。ただし、若き日の今井君が愛読したとか、そういうことではない。愛読するも何も、岩波文庫にも新潮文庫にも入っていなかったし、図書館で探すほどの興味もなかった。
 しかしバーナード・ショウという男は、日本の大学受験の世界でだけは根強く生き続けた。「次の英文を和訳せよ」という古式ゆかしい英文解釈タイプの教材には必ずと言っていいほど顔を出す。
 1980年代から90年代の駿台には、英文解釈タイプの教材が3つあって、難しいほうからCHOICE/SELECT/TYPICALであったが、その3冊ともにバーナード・ショウがしつこく粘り強く意地でも登場した。彼の言葉ばかりでなく、どんな剽軽な行動をしたか、どう相手をやり込めたか、どうピンチを切り抜けたか、そういう逸話がいくらでも残っているのである。
 今井君は講師として93年にSELECTを、94年から96年にかけてCHOICEを担当したから、バーナード・ショウがどんな人物でどんな作品を書いたのかよく知らないまま、ただ単に構文を説明し、和訳してみせた。あの頃の駿台生たちも、すでに35歳を過ぎて40歳に近づいている。
熱心なガイドさん
(熱心なダブリン城のガイドさん)

 以上のようなことを考えながら、滞在2日目のダブリンを歩き回った。ダブリン城は「ガイドツアー以外での入城はできません」ということだったので、クマ蔵としては珍しく自由な散策を諦めてガイドツアーに参加した。
 ガイドさんはダブリン城を心から愛している感じの30歳代男子。あんまり熱心なので、途中からみんな辟易してしまい、特にオジサンたちは完全に飽き飽きして勝手な行動をとり始めた。ウンチクを語りまくるのは、ガイドでもブログでも授業でも、同じようにチャンと相手を見てからにすべきなのである。

1E(Cd) Solti & Chicago:BEETHOVEN/SYMPHONIES②
2E(Cd) Solti & Chicago:BEETHOVEN/SYMPHONIES③
3E(Cd) Solti & Chicago:BEETHOVEN/SYMPHONIES③
4E(Cd) Solti & Chicago:BEETHOVEN/SYMPHONIES④
5E(Cd) Solti & Chicago:BEETHOVEN/SYMPHONIES⑤
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