2012年01月28日(土)

Tue 111228 無目的の神髄 黒いマリア像 モンセラッとマドリッ(バルセロナ滞在記20)

テーマ:ブログ
 さて、昨日予告した「マトモなモンセラート巡礼記」であるが、ホントにホントに残念なことに、モンセラートでも「マトモなこと」は殆どしていないので、もちろんマトモな巡礼記も書くことは全然思いつかない。数百年に及ぶ今井君のここまでの人生を象徴するような「マコトに空しい無目的な一日」と言っても差し支えない。
 もっとも、行き当たりばったり&無我夢中で行動していたら、普通の人が滅多に行かないモンセラートの聖地をいつの間にか回りつくしていて、帰国後に復習するにつれ、「行き当たりばったりの豊かさ」「無我夢中の豊穣」「無目的の神髄」を実感し直す結果にもなった。
 どちらを好み、どちらを選ぶかは、読者諸君の嗜好と選択眼による。
(A) 無我夢中で、行き当たりばったり&無目的に行動するうちに、他の人の経験できない豊かな幸福を目一杯味わい尽くしている。
(B) 予習と準備にじっくり時間をかけ、ガイドブックの記載を忠実にたどり、他人とピッタリ同じ経験だけをして満足する。
黒いマリア様1
(モンセラート「黒いマリアさま」 ただしショップで買ったオミヤゲ 1)

 この場合、もちろん能力の問題もあるので、今井君には(B)の選択肢は存在しない。「じっくり準備」「たっぷり予習」みたいなことは、高校生の昔から中年のコケが生えた現在まで、出来たタメシは一度もない。(B)ができる能力があるなら、それに越したことはないのかもしれない。
 しかし、むしろこの能力不足を今井君は満喫している。メシ屋でも飲み屋でも駅弁でも、予習なしの行き当たりバッタリだからこそ、思いもかけぬ僥倖を満喫できる。こういう僥倖は、もちろんモンセラートに限らないのだ。
 要するにデジタルとアナログということであって、クリックしながら目標に直線的に進むショッピングでは出会えない珍しい本やCDに、神保町の古本屋とか下北沢のCDショップで出会う楽しみは、どうしてもゆずれない。
 「第一志望はゆずれない」みたいな頑固さも悪くないが、受験生時代に第一志望をカンタンにゆずった苦い経験のある今井君は、行き当たりばったりの楽しさを絶対にゆずりたくない。
修道院1
(モンセラート修道院 1)

 帰国後の復習によると、この日モンセラートでクマ蔵が回ったのは、まずどんどん山道を登って「サンジュアン祈祷庵」。さらに登りつめて「サンジェロニ祈祷庵」。昨日の記事の中で「さらに上へ」「廃墟」と記した写真がそれである。おお、全く知らなかったが、いいところに行けた。
 14時近く、雲が厚くなってきたので、いったん修道院まで降りた。観光客の多くが下山した後だったので、修道院はもう閑散としている。昼ごろまでは中に入るだけでたいへんそうだったから、これもまたラッキーである。
 モンセラート修道院は「黒いマリア像」=愛称「ラ・モレネータ La Moreneta」も有名。Morenoとは「浅黒さ」を意味し、-etaは「…な子」「…なヤツ」という愛称形接尾辞。秋田方言の「…っこ」→「雪っこ」「虫っこ」「ドジョウっこ」「フナっこ」と同じことである。まとめて、La Morenetaとは「浅黒いマリアちゃん」である。
黒いマリア様2
(黒いマリアさま ただしショップで買ったオミヤゲ 2)

 この黒いマリア様にだけは、午後遅い時間帯になっても長蛇の列が出来ていた。座像は祭壇の一番奥に安置されているのだが、老若男女の善男善女が聖堂の入り口から列を作っている。マリア様の目の前まで行って、お手に触れんばかりにしてお祈りできるのだ。もちろん今井君も列に並んで、約50cmの至近距離でお参りすることにした。
 ナポレオン侵略時、「修道院が全て破壊され略奪されても、このマリア様だけはカタルーニャの人々が全力でお守りした」という、大切なマリア像である。あんまり畏れ多いので、至近距離での写真は撮れなかった。
 代わりに修道院のショップで、20ユーロのお土産マリア様を購入。本日写真を掲載したのはお土産マリア様にすぎないが、土産物でさえ1年経っても「ありがたや&ありがたや」と口走らせるだけの迫力がある。
モニュメント
(サンタコバへの道で出会ったモニュメント 後方はモンセラート修道院)

 修道院を出て、今度は山道をしばらく下ってみたら、20分ほどで「サンタコバの洞窟」に到着。途中にはガウディ作のモニュメント「キリストの復活」などもあって、無計画というのはマコトに楽しいものである。
 これも帰国後の復習で分かったことだが、サンタコバの洞窟はさっきの「黒いマリア様」が発見された伝説の洞窟である。今は礼拝堂が建っていて、ちょうど一緒になったロシア人グループが、何だか分からないがロシア語で激しく感動していた。
洞窟
(サンタコバの洞窟 今は礼拝堂が建っている)

 モンセラートについては、「モンセラット」という発音もあるらしくて、「地球の歩き方」は「セラット」を採用している。スペルはMontserratだから、セラートでもセラットでも、まあどちらでもいいだろう。
 最近サッカー情報誌などで「レアル・マドリー」というのが流行中のようだ。伝統的に日本では「マドリード」と「マドリッド」が併存してきたから、最後の「ド」を省略して「マドリー」にしてしまうのは、マコトに画期的である。
 確かにスペイン語では、語尾の子音は発音しないか、あえて発音しても[θ]の音が軽く聞こえる程度。「マドリー」も、決して悪くはない。しかしそういうことを言いだすと今まで「マドリッド」で通してきたヒトは、「マドリッ」というマコトに苦しい事態に陥ることになる。「ねぇねぇねぇ、昨日はレアル・マドリッは勝ったぁ?」である。
 いや、突き詰めて言えば、もっと縮めて「マドリ」の方が正確だ。無意味に「…ー」と伸ばしてみたり、「…ッ」と息を飲んで苦しむんじゃなくて、「最後のdは発音しない」なら潔く「マドリ」のはずではないか。
 モンセラートも同じことで、最後のtはほぼ発音しないのだから、「モンセラー」「モンセラッ」のどちらか。うーん、やっぱり「あのさ、バルセロナに旅行したら、モンセラッは行くの?」という苦しい世界が待っている。なら、潔く「モンセラ」がいいじゃないか。
修道院2
(モンセラッ修道院)

 「マドリー」を思い切ってやってみたサッカー情報誌の勇気は讃えるが、無理しないほうがいいんじゃないか。「マドリッ」「モンセラッ」は苦しすぎないか? 第一、「現地の発音に忠実に」ということなら、Madridの真ん中のdを「ド」と発音するのはおかしいじゃないか。だから「マドリ」もダメ。本来「マdリ」である。
 こういうふうで「現地の発音に忠実に」というポリシーは「ランdン」「モskヴァ」「Bリュッセl」みたいな滑稽な悲劇を招きやすい。それだって、ホントに「ラ」「ヴァ」「リュ」が正確なのかといえば、甚だ心もとない限りである。
黒いマリア様3
(もう一度、ショップの「黒いマリア像」)

 もちろん、「現地の発音に忠実に」という理由じゃなくて、「ただ単にカッコいいから」というなら、「マドリー」も「マドリッ」も「マドリ」も大歓迎。「マdリθ」だってOKだ。長年「セビリア」と扱われてきた街が、フットボールのおかげで「セヴィージャ」に生まれかわった。確かにあの街は「セヴィージャ」がふさわしい。カッコいいのは、今井君も常に大歓迎である。

1E(Cd) Ibn Baya:NUBA AL-ISTIHLAL
2E(Cd) Philip Cave:PHILIPPE ROGIER/MISSA EGO SUM QUI SUM
3E(Cd) Jochum & Bavarian RSO:MOZART/THE CORONATION MASS
4E(Cd) Oortmerssen:HISTORICAL ORGAN AT THE WAALSE KERK IN AMSTERDAM
5E(Cd) CORONATION OF THE FIRST ELIZABETH
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