2012年01月12日(木)

Tue 111213 腐蝕の放置 グエル公園からサグラダ・ファミリアへ(バルセロナ滞在記8)

テーマ:ブログ
 (マコトにスミマセン、昨日の記事「ミロ助くん」からの続きでございます)人間の熱情は一般に「崩壊の拒絶」「腐食からの修復」に向かう。例えば医学とは、肉体や精神の腐蝕を拒絶する熱情が生んだ科学である。
 ギリシャ彫刻も、ローマ帝国の壮大な建築の数々も、ヨーロッパ中世から近代にいたる大教会建築も、すべて腐蝕を拒否し、永遠を志向する人間のマニフェストであって、堅固であること、腐敗も融解も許容しないこと、有毒な時間の溶液の侵食に対し毅然と対峙すること、そういう共通のベクトルをもつ。
 しかしガウディの建築は、志向する方向性が完全に逆なのである。彼は、腐蝕を放置する。むしろ腐蝕しやすいように、作品の到るところに溶解や融解のキッカケや気配を付随させる。
サグラダ1
(サグラダ・ファミリア)

 カサ・ミラにしても、カサ・バトリョにしても、サグラダ・ファミリアにしても、熱い南風を受ければ腐敗しやすく、冷たい北風や雨に侵食されやすい構造を、設計の段階であえて選択的に取り入れているように見える。それはちょうど、彼が強い影響を受けたモンセラートの岩山が、雨と風と樹々の根に穿たれて、見る間に風化していく様子と酷似する。
 カサ・ミラのデザインが「海を思わせる」「海底のイメージ」と言われるのは当たり前であって、侵食と融解を最も迅速に実現するのは、風よりも雨よりも、打ち寄せる海の波なのである。
グエル公園1
(グエル公園で 1)

 だから、たとえばサグラダ・ファミリアが100年経過しても完成しないのは、むしろ当然の結果である。作者の意欲は、完成させることよりも、むしろ風化を見届けることを志向する。だから半ば作って放置し、その完成を熱望しない。
 やがて、完成を待たずに風化と融解が始まる。周囲の人間がハラハラしながら完成の努力を促し、ガウディの指示しない修復を開始しても、いったん始まった崩壊のプロセスが止まることはない。
 崩壊のプロセスに打ち克つなどというのは、宇宙の摂理や神の意思に反することであって、それを目指す努力は人間の傲慢である。やがて、修復の速度を腐食の速度が上回る時、彼の建築は溶解し、崩壊し、消滅する。言わば、その時こそ彼の芸術が完成するのだ。
 日曜のノンビリしたグエル公園でビールを飲みながらクマ蔵が考えていたのは、以上のようなバカバカしいガウディ論である。9月上旬の昼下がり、曇りがちではあったが気温は高い。海からの風は、爽快というより、むしろ蒸し暑さがつのった。
グエル公園2
(グエル公園で 2)

 グエル公園も、いまだに完成されていない。サグラダ・ファミリアは半分も完成しないうちに崩壊が始まって、表面の腐食は痛々しいほどである。たくさんのクレーンが動き、数えきれないほどの人が修復作業を続けているが、腐食の速度に修復が追いつくようには見えない。
 それもこれもガウディの目指したことなのかもしれなくて、固定の情熱に憑かれたミロやダリには考えられないような性質の強烈な意志を、今井君は感じる。
 修復作業のために張り巡らされた膨大な量のゴツい鉄骨を眺めながら、ガウディが「そんなことしても、勝てませんよ」とニヤニヤ笑う姿を想像してみたまえ。この世に足跡を残そうと必死にしがみつく人々が、一瞬この上なく矮小化されて見えるではないか。
グエル公園3
(グエル公園で 3)

 得意の絶頂の富者、勝利の喝采を浴びる勇者、その足許に無造作に置かれたシャレコウベが、無言のうちに「死を思へ」と命じるのと同じ構図である。常に融解し崩壊に向かうガウディの建築は、富み栄えるバルセロナと、絶頂にある王国と、それをとりまく文明全体に、風化の必然性を示し、避けられない崩壊の足音を聞かせる。ま、建築の形式の「メメント・モリ」なのだ。
ガウディ邸宅
(グエル公園内、ガウディの家博物館)

 以上、参考文献なし、予備知識なし、思考訓練なし、徒手空拳のシロートが、ガウディを目の前に見て、日曜日のバルセロナの街を逍遥しつつ思いついたガウディ解釈である。もちろん、冷笑するのは自由、失笑するのも結構。
「だから凡人は困る」
「ガウディみたいな天才は、自由に作りたいものを作り、壊したいものを壊しただけなのだ」
「学部生レベルですな。学部生のゼミで、こういう話はよく出るんだ」
そう喝破して、肩をそびやかして歩み去るのも自由。その投げやりな思考停止の真っただ中で、ガウディの建築は今日も着実に風化と溶解を続け、修復の努力をあざ笑うかのように、それを上回る着実な速度で消滅への歩みを続けている。
とける1
(サグラダ・ファミリアで)

 グエル公園を出て、サグラダ・ファミリアに向かうには、地下鉄レセップス駅から3号線でディアゴナルへ、5号線に乗り換えて、2駅目がサグラダ・ファミリアの駅である。
 今井君はディアゴナル大通りをノンビリ歩いていくことにした。地下鉄駅から地上に上がって、いきなり頭上に例のヘンテコリンな塔を仰ぐより、せっかく初対面のヘンテコリン君が、視界の中に次第次第に大きくなっていくプロセスを楽しむほうが感激も大きいだろう。
 しかし、初秋の強烈な日差しの中、だんだん接近してくるヘンテコリンなサボテン君には、「何だ、ありゃ♨」「変なの♡」「どう言ったらいいのかね?」というタイプの感興しか湧き上がらない。グエル公園を散策しながら「建築によるメメント・モリ」とまで頑張って考えたのに、やはりシロートの愚かな志向など、ガウディは一切寄せつけないらしい。
とける2
(修復するそばから溶けていく 1)

 この日のクマ蔵は、ヘンテコリン君に西側から接近していった。西側は未完成のまま100年放置された側であって、ようやく21世紀になって世界中から名人や気鋭の職人を招集し、急ピッチ&猛スピードで完成を目指している。
 しかし諸君、新品のピッカピカで、まだ直線が融解していないガウディ、スミズミの融けはじめていないガウディは、ガウディのニセモノみたいに見える。「ニセモノ」と呼べばきっと叱られるから、遠慮して「ガウディらしく成りきれていない」に留めておくが、ガウディは100年放置されて風化の様相を帯びなければ、ホンモノのガウディとは感じられないのだ。
ピッカピカサイド
(サグラダ・ファミリア西側のピッカピカ・サイド)

 今回のバルセロナ旅行中、今井君はサグラダ・ファミリアを3回訪問した。1回目がこの「新品ピッカピカ」からの接近と失望。2回目、風化と溶解が進行した東側と、ピッカピカな内部の探検、あるいは比較であった。
 そして3回目は、バルセロナ最終日。東側の足許のカフェに2時間座って、夕暮れ迫る夏空を背景に、着実に溶解しつづける東側の塔を呆然と眺めていた。どうやら、この3回目のやり方が一番正しいようである。
とける3
(修復するそばから溶けていく 2)


1E(Cd) Kenny Wheeler:GNU HIGH
2E(Cd) Jan Garbarek:IN PRAISE OF DREAMS
3E(Cd) Keith Jarrett & Charlie Haden:JASMINE
4E(Cd) Miles Davis:KIND OF BLUE
5E(Cd) Weather Report:HEAVY WEATHER
total m65 y1701 d7658
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