2012年01月10日(火)

Sun 111211 9月の旅は物悲しい モンジュイックの丘に上がる(バルセロナ滞在記6)

テーマ:ブログ
 今井君の仕事の性質上、7月と8月は夏期講習等で多忙を極め、とても旅行どころではない。夏期講習に一段落ついた8月下旬から9月上旬、ようやく一息ついて旅行に出かけることになる。
 もちろん予備校講師の駆け出しのころは、夏期講習なんかカンタンには担当させてもらえない。新人講師は「総合コース」のセット時間割の中にコッソリ入れてもらえる程度。予備校文化の花である「単科ゼミ」や「特設単科」は、夢のまた夢である。
 だから夏期講習での新人のコマ数はごく限られる。かくいう今井君も、駿台1年目の夏期講習単科は、大宮校で「グレードアップ私大英語」12コマ×2本しかなかった。あとは「総合コース」で細々と稼いでいただけである。
 これがベテランになってくると、逆にいろいろワガママを言いはじめる。
「代々木の他は、名古屋と横浜だけにしてください」
「夏期講習は前半から中盤にかけてまとめて入れてください。8月中旬から旅行に行きたいので」
みたいな発言をしているベテランをよく見かけた。
 今井君は控えめな人間で気が弱いから、「教務課からオファーされたコマを断る」とか「校舎を選り好みする」などというワガママをしたことはほとんどない。「来る者は拒まず」であって、どこの校舎でも行ってみれば楽しいし、いったん授業が始まってしまえば、楽しくて楽しくて、頭の中は授業以外何も考えられなくなる。
港の眺め1
(バルセロナ、バルセロネータ近くのヨットハーバー)

 そういう性格だから、夢の中でも、それこそ夢中で授業をしている。他の予備校の先生がたに尋ねてみると、授業の夢は悪夢が多いようだ。
「生徒が次々と席を立って教室から出て行ってしまう」
「うまく説明できなくて、絶句or立ち往生する」
「準備が間に合わない」
「時間が足りなくなって、テキストが全然終われない」
の類いの悪夢の話をよく聞く。何のことはない、「夢の話じゃなくて、それはそのまま現実じゃないか」と、思わず意地悪が言いたくなったりする。
 しかし諸君、今井君がみる授業の夢は、悪夢になることはほとんどない。
「何でこんなに説明がうまいんだ?」
「おお。驚くほど分かりやすい授業をしているねぇ、ボクは」
と悦に入って、もっともっとこの授業を続けていたいのに、新聞配達の音で目が覚める。「あーあ、もっと授業の夢を見ていたかったのに」と、残念で残念でならない。
 こういうふうで、夏期講習も教務課の指定通り「何でも入れ食い状態」で担当してきたから、旅行に出られるのはいつも9月初旬である。北イタリア・マッジョーレ湖滞在も、ダブリンとウィンダミアとエジンバラの旅も、バルセロナもアテネも、9月初旬に日本を発って、9月下旬に帰国するスケジュールになる。
下界の眺め
(バルセロナ、モンジュイックの丘からの下界の眺め)

 9月の旅は、何だか終わりが物悲しい。大昔、竹内まりや「セプテンバー」がヒットしたことがあった。歌詞の冒頭、「カラシ色のシャツ」を着たいかにも慶応義塾的な男子が登場。どうも主人公女子を裏切って、他の女子とコソコソやっているらしい。そんなことはどうでもいいが、曲の最後は「September、一番寂しい月」と結ばれる。
 ただでさえ「一番寂しい月」と断定されるぐらいだから、日本より秋の訪れが一足早いヨーロッパを9月に旅していれば、その物悲しさはヒトシオである。旅の始めの9月初旬はまだ真夏のリゾート気分でも、帰る頃には街路樹の葉が黄色く染まりはじめている。
 エーゲ海とかイタリア湖水地方などは、9月末にはサッサと店じまいが始まる。土産物屋は「来年4月まで休業」。ペンションやホテルからもどんどん客が引き上げて、街はすっかり静まり返り、「クマさんたちも、もう冬眠の季節です」という風情になる。エジンバラの9月なんか、欧米人はみんな真冬の服装だった。
 こういうわけで、ヨーロッパの9月は「一番寂しい月」どころか、この時点で暢気に観光なんかしているのが、何だか申し訳ないというか、表六玉の唐変木というか、「早く帰ったほうがいいね」と目配せされている気分になるのだ。
下界拡大図
(下界の眺め、拡大図。真ん中にぼやけて見えるのが、サグラダ・ファミリア)

 バルセロナのような南欧でも事情は同じである。到着の翌日、海岸まで出て真昼の陽光を浴びた時は、「何でこんな灼熱の土地に来てしまったんだろう」と後悔するほどの炎暑。10分も歩けば、とにかくビールが欲しくてたまらない。要するに、常に熱中症の危険がつきまとう。
 しかしよく見ると、ランブラス通りのプラタナス並木はすでに少し色づきはじめていて、少なくとも真夏の濃い緑の勢いはない。早朝や深夜に窓を開けると、吹き込む風は驚くほど冷たい。同じように、ケーブルカーやロープウェイで丘の上に上がると、気温は高くても風はあくまで爽快に冷たく、どうやら自分が秋の真っただ中にいるのを感じる。
港の眺め2
(モンジュイックの丘からバルセロナ港を望む)

 バルセロナに「の」の字を書く今井君の計画では(スミマセン、一昨日の続きです)、ランブラス通りを一気に南下して港に出たら、右折して市の南西・モンジュイックの丘に登ることになる。
 20年前のバルセロナ・オリンピックで、マラソン銀メダルに輝いた有森裕子や森下広一が最後に駆け上がったのが、モンジュイックの丘。若い諸君は知らないかもしれないが、有森選手は給水所でとった飲み物の容器を、乱暴に投げ捨てずに、道路脇にそっと置いてから走り去った。その礼儀正しさが世界中で絶賛され伝説になった、あのモンジュイックの丘である。
 地下鉄パラレルの駅から、ケーブルカーに乗りかえる。スペインでもイタリアでも登山電車は「フニクラ」であって、クマ蔵は当然「フニクリ、フニクラ」を口ずさみながらこのフニクラで丘の麓まで登っていく。
 フニクラを降りたら、ゴンドラに乗り換えて丘の頂上に上がる。日本のスキー場にあるのと同じゴンドラであるが、途中で90°右折するのが面白い。
もんじゅいっくビア
(モンジュイックの丘の上、秋風に吹かれながらのビアが旨い)

 丘の上には秋の気配が漂いはじめていたが、丘の上のクマ蔵は、まずビールでノドを潤すことから始めた。この丘からバルセロナ市街全域を一望のモトに収めるのが、この日の目標。「まずマクロの目で全体を把握する」であるね。
 さて、明日の記事のクマ蔵どんはミロ美術館とガウディ作の庭園「グエル公園」を回り、普段の今井君からは想像もできないような高尚で難しい話を始めることになるかもしれない。諸君、覚悟してかかりたまえ。

1E(Cd) Radka Toneff/Steve Dobrogosz:FAIRYTALES
2E(Cd) Stan Getz & Joao Gilberto:GETZ/GILBERTO
3E(Cd) Kenny Wheeler:GNU HIGH
4E(Rc) Solti & Chicago:R.STRAUSS:DON JUAN・EULENSPIEGEL・ALSO SPRACH ZARATHUSTRA
5E(Rc) チューリッヒ・リチェルカーレ:中世ルネッサンスの舞曲集
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