2011年11月19日(土)

Wed 111026 貴重な「曇りのギリシャ」 SASA’のマナコに見覚えが(ギリシャ紀行17)

テーマ:ブログ
 8月29日、ミコノス滞在3日目になった。ホテル館内のノベツ幕なし音楽と対岸の大音量ハードロックのせいで、当初は絶望的に思われたミコノスの4日間は、あっという間に後半に突入する。
 前半2日は、ものの見事に何1つしなかった。「何もしない」を目指してミコノスに来たんだから、何1つしないのは当然だし、まさに目標通りにコトが運んでいるのだが、それでも若干の罪悪感が残ってしまうのは、勤勉な日本人のサガとして仕方がないことである。
ささー
(リトル・ヴェネツィアで自分撮り。泥酔したアヤシイ目の表情が何を意味するのか、この後を読んでくれたまえ)

 だから後半2日も、当然のことのように、意地でも、何が何でも、何もしない。明日はデロス島に行くから、何もしないポリシーは崩れてしまうけれども、例えデロス島に行くとしても、要するに船に乗って無人島を歩いて、3時間後に船で帰ってくるだけだから、「何もしない」はまあ崩壊してはいないのだ。
曇り空のオルノスビーチ
(オルノスビーチ)

 3日目は、朝から曇りがち。時おり細かな雨粒(mac君は「尼粒」だ。それってどんな粒?)も落ちてくる。2週間のギリシャ滞在で、雨はおろか曇った空を見たのもこの日1日だけである。「雨のギリシャ」「太陽が隠れたギリシャ」はそれだけ貴重であって、滅多に体験できるものではない。
 だからこそ、「何もしない」方針の堅持が重要。雨のギリシャで、何のアクティビティにも一切関わらず、迷路の街を歩き回り、ネコがいればそのネコのそばにかがみ込んで、東京の2匹のネコの話をしてあげようと思う。
バス停1
(オルノスのバス停)

「東京に、ニャゴロワとナデシコという可愛いネコがいてね」
「実は2人とも、もう9歳のおばあちゃんネコなんだけどね」
「純白とキジトラの姉妹ネコなんだけど、純白のニャゴロワは腎臓の病気なんだ」
「病気だから、2日に1回点滴をしないと死んじゃうんだ」
「点滴のことを『チク』って呼んでてね。『ニャゴ、チクするから、こっち来な』って言うと、テーブルの下に隠れたつもりで、でも真っ白だからすごく目立って、全然隠れたことにならないんだ」
「キミはいいね。そういうシマシマの保護色ガラの毛皮なら、いつでもコッソリ隠れられるね」
しましまネコ
(しましま)

 こういうふうで、ギリシャのネコとお話しすることはいくらでも湧いて出てくる。ネコのほうも、おそらくギリシャ語で「私なら『チク』なんか絶対させませんよ」とソッポを向いてみせる。
 ホテルのフロントにタクシーを呼んでもらうのも何だか飽きてしまったから、海岸のバス停まで歩き、1時間に2本しかないバスでミコノスタウンに出ることにした。バス停まで、閑散とした別荘の裏を10分、雨模様のせいで誰もいないビーチを5分。「トボトボ」な感じで歩いていった。
曇り空
(曇り空のオルノス)

 「病気のニャゴがどうしているか心配」というより、ニャゴ独特のソプラノの声が聞きたいのである。ネコというものは、こちらが猫撫で声で撫でてやる対象ではなくて、ネコの聞き慣れた声を聞いて、人間サマのほうがが心の底から癒されるのが正しい。
 人間が癒されているのを見て、というよりそれを感じて、ネコは安心するのだ。冷淡な態度でアクビして、水を飲んで、ちょっと胸とお腹を舐めて、その場でゴロリと横になって、いつの間にか眠ってしまう。自分の寝姿を見て人間がまた癒されるのを、「バカじゃん?」と呆れながら、それでもやはりネコは嬉しいのである。
オルノスビーチ
(雨模様のせいでガラガラなオルノスビーチ)

 日本人の感覚ではとてもバス停と思えないが、それでも一応この小屋はバス停である。もちろんバスは日本みたいに時間キッチリには来ない。10分、15分、その程度の遅れはむしろ当たり前なのであって、万が一時間通りになんか走ってきたら、乗り遅れるお客が大量に発生して、返ってクレームの対象になりかねない。
 バス停では、パラダイスビーチでのヌーディスト・パーティーのポスターが、剥がれかかって風に揺れている。前にも書いた通り、これはフェデリコ・フェニーニ的祝祭空間であって、天国にも地獄にも見える。日本のクマにとっては天国の要素はほとんどなくて、こりゃどうしても地獄である。
バス停2
(バス停で)

 ダンテ「神曲」で一番の白眉は地獄編であって、ダンテ憧れの女性ベアトリーチェが登場する天国編はちっとも面白くない。今井君が高校生のころ読んだ河出書房版の「神曲」の訳者は、東大教授・平川祐弘。代々木上原に移転した当初、その平川祐弘の自宅を発見して感激に咽んだが、その平川教授だって、天国編を訳しながらアクビしてたんじゃないか。
 だからクマ蔵は、地獄の魅力や魅惑を認めないのではない。昔から地獄絵図というものは世界中のコドモたちを魅了したのであって、ボッシュだってゴヤだって、一番魅惑的な作品は彼らの夢想した地獄絵図である。
 なお、我が友Mac君は、地獄絵図を「事後食えず」としか理解できないらしい。「事後食えず」って、何の事後に食えなくなるのか、その辺にも今井君の興味は飛翔し、夢想の連鎖はまさに留まるところを知らない。
ササー
(SASA')

 しかし諸君、パラダイスビーチの地獄絵図は、さすがに今井テイストに合わない。ポスターにはOPENING SPEAKER=SASA’と大書されている。SASA’なる中年男が、ポセイドン像ソックリの見事な肉体をさらし、一糸まとわぬ姿で何事か激しくスピーチするのがパーティーのオープニング。彼こそが、このパーティーの方向性を決めるカリスマDJなのである。
 他にもカリスマDJとしてマッテオ・エンメにフリー・スピリットの名前が挙がっている。諸君、驚くなかれ、FREE SPIRITであるよ。さらにSpecial Surprise Guestも登場し、混沌は混沌を極め、酒&タバコはもちろん、入り乱れる男女の汗の匂いが会場に渦巻くことだろう。
ポセイドン
(ポセイドン像)

 その中で、SASA’は何を語り、FREE SPIRITは何を吠えるのか。Special Surprise Guestの登場に、人々はどんな喝采と絶叫を浴びせるのか。うにゃにゃ、思ってみるだに、恐ろしさに身の毛がよだつ。
 何よりも今井君の全身の毛を逆立たせたのは、SASA’の目の表情である。おお、この自分に酔いしれたマナコ、見覚えがある。酔いしれたこのマナコこそ、講演会で大爆笑を連発させている最中の今井君のマナコそのものである。
ビア
(曇り空のビア)

 ついでにこのマナコ、今井君の伯父サンのマナコとも酷似している。伯父サンとは、母(=快傑ババサマ)の兄上、例の元・静岡大学学長である。伯父から甥の今井君へ、血脈によって受け継がれた「自分に酔いしれ系」のマナコは、ミコノス・ビーチパーティーのオープニング・スピーカーSASA’と、どうやら等質のものなのである。

1E(Cd) Cluytens & パリ音楽院:BERLIOZ/SYMPHONIE FANTASTIQUE
2E(Cd) Richter & Borodin Quartet:SCHUBERT/”TROUT” “WANDERER”
3E(Cd) Alban Berg Quartett:SCHUBERT/STRING QUARTETS 12 & 15
4E(Cd) Argerich:RACHMANINOFF 3/TCHAIKOVSKY 1
5E(Cd) Gergiev & Kirov:RACHMANINOFF/SYMPHONY No.2
total m130 y1461 d7422
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