2011年11月13日(日)

Thu 111020 ミコノス・バブルは終わったのか 祇王と仏御前(ギリシャ紀行12)

テーマ:ブログ
 ミコノス島が脚光を浴び始めたのは、1970年代から1980年代だっただろうか。その後、ミコノス・バブルが訪れ、「今を時めく」「押しも押されもせぬ」の形容詞がピッタリの超人気スポットに急成長した。欧米のお金持ちがこぞって訪れ、1ヶ月2ヶ月単位で夏を過ごしていくようになった。
 すると「今を時めく」がちょっと行き過ぎて、「訪れるだけではなく、別荘を建てたらどうですか?」ということになる。白く輝く島に、白い漆喰で塗り固めた美しい別荘群は、アメリカのお金持ちの心を射抜いたに違いない。大金持ちばかりか、小金持ちたちも中途半端な別荘を建て、短期間の滞在を楽しむようになった。
 こうしてミコノス・バブルは百花繚乱となった。1990年代、映画でもテレビドラマでもミコノスの夏は欧米人の憧れとして語られ、セレブの演ずるセレブのセリフの中で「夏はミコノス」が合言葉になった。
 島の観光業者が大いに潤ったのはこの頃で、タベルナでもタクシーでも不動産屋でも、大した工夫をしなくとも、どんぶり勘定の現金商売で楽に生きていけたはずである。
ミコノスのネコ1

ミコノスのネコ2
(ミコノスのネコ。タベルナ「アントニーニ」付近で)

 ネコが増えたのも、このバブルの日々。セレブや文化人が夏に訪れ、ちょっと寂しいからネコを飼う。しかしエーゲ海の冬は言語道断に厳しくて、飛行機も船も動けなくなる。冬のミコノスは完全休業状態であって、外国人はまず寄り付かない。というより、寄りつけないのである。
 すると冬の間にネコたちは野生化、正確には野良化するしかない。野良化しても、もちろんネコは決定的に可愛いから、そういう日なたの野良ネコを求めて、作家が訪れ、写真家や画家が訪れ、土産物屋にはネコグッズが溢れ、やがて「ネコの島」「ネコの街」として脚光を浴びることになる。
夕暮れの風車
(夕暮れの風車群。ミコノスにて)

 ゲイやヌーディストなど、強烈な感性の持ち主がこの島に増えだしたのも、この頃からである。今やミコノスはゲイタウンとして高名。街を歩いてもオシャレなゲイカップルが目立ち、そういうオシャレな人々は島の奥へ奥へと進出する。
 やがて島の奥には「ヌーディストビーチ」が花開く。彼らのリーダーが現れ、カリスマDJとして君臨したりする。パラダイスビーチは特に有名であって、大音量の音楽が夜明けまで鳴り響き、ド派手パーティーが繰り広げられる。ポスターを見るに、ほとんどフェデリコ・フェリーニの祝祭空間のようである。
ポスター
(パラダイスビーチのポスター。オルノスのバス停で)

 それはそれで素晴らしいことであるが、平凡な感性しか持ち合わせない今井君のような人間は、島の奥のそういう雰囲気を遠慮、ないし敬遠して、ますます慎ましく振る舞うようになる。有名な「6つの風車」が見える港近くの中心街をサッと見ただけで、ほとんどカネを落とさずに島を通り過ぎるワケだ。
 こうして、ミコノス・バブルの斜陽が始まる。島の旬は過ぎたのである。日本の「失われた20年」と余りにもよく重なるものがあって、今や島の風景にはバブル崩壊後の哀愁が漂う。迷路のような旧市街は、「儲かりまへんな」という諦めが支配し始めている。
港の風景
(教会のある港の風景)

 かつて暢気な現金商売であんなに潤ったのに、今は現金を落としていくお金持ちが素通りするようになって、観光業者の多くが呆然としているように見える。別荘は放置され、ホテルの料金は高止まり。欧米経済が不振に陥ってからは、料金高止まりの高級ホテルを敬遠し、すると島自体に足が向かなくなる。
港の教会

教会内部
(港の教会と、その内部)

 観光客は「エーゲ海クルーズ」の船の中に寝泊まりして、「ミコノスに留まるのは数時間」という人が多い。旗を掲げたツアーコンダクターの後ろから、ゾロゾロついて歩く欧米人団体の何と目立つことだろう。土産物屋やタベルナをキョロキョロ&オドオド覗くだけで、昔の日本人団体旅行とソックリだ。
 「ミコノス港到着朝9時、ミコノス発午後4時。乗り遅れのないようにご注意ください」と言われて船を降り、6つの風車と、土産物屋と安いタベルナの並ぶ迷路のような旧市街を覗いて、サッサと船に帰ってしまう。これでは、島は儲かりまへんな。
 こういうふうだから、街の雰囲気はちょっと荒んでいる。荒んでいるというより、みんな不機嫌なのである。日本でもミコノスでも、崩壊前のバブルの記憶がまだ残っているうちは、哀愁はまだ浅く、とげとげしさと不機嫌さと愛想の悪さばかりが目立つのだ。
夕暮れのリトルベネチア
(夕暮れのリトル・ヴェネツィア)

 ポルトガル・リスボンの斜陽は、大航海時代以来500年もの年季が入っているから、斜陽それ自体が美しい。哀愁の味も深くて、アズレージョの色が街にすっかり染み込んでいるのである。
 それに対してミコノスで目立つのは、舌打ち、ささやき、サービスの傲慢さ。もちろん暖かい応対もまだタップリ残っているが、ホンの20年前なら苦労せずに転がり込んだ小額の現金をつかむのに、「何もそんなに努力しなくてもいいんじゃないの?」という気持ちになるのは、むしろ当然なのかもしれない。
リトルベネチア1
(風車の丘からリトル・ヴェネツィアを望む)

 今や、かつてのミコノスの栄華は、近所のサントリーニ島にすっかり奪われてしまった感がある。映画やドラマでセレブの演ずるセレブのセリフに「ミコノス」はもう出てこない。台本に登場するセレブの夏は、専らサントリーニである。
 もちろん、今を時めくサントリーニだって、決して永遠に安泰なわけではなくて、その栄光はミコノス以上の短命に終わる可能性がある。エーゲ海の島なら、どこにでも青い空があり、美しいビーチがあり、神々の時代のエピソードが豊かに絡み、夕暮れの海は昔から「葡萄酒色に染まる東地中海」であって、プロがその気で開発すれば、サントリーニの後釜はあっという間に見つかるだろう。 
 平家物語に例えれば、ミコノスは祇王、サントリーニは仏御前。そういう話であって、エーゲ海を消費する観光業者にとって、美しい島々はダメになったらいつでもポイ捨て可能な消費財。略奪農業みたいな発想だって、入り込まないとも限らない。
リトルベネチア2
(波の打ち寄せるリトル・ヴェネツィア)

 ミコノスの盛衰は、社会学なり観光学なりのケーススタディに優れた研究対象になるんじゃないかと、クマ蔵は愚考する。いや、スケールは違いすぎるけれども、衰退する日本にとって、健全で穏やかな衰退と縮小の方向性を探る処方箋として、エーゲ海のケーススタディは有効だと考える。
 以上のような感慨をいだきつつ、8月26日、ミコノス初日のクマ蔵はホテル前からタクシーに乗り込んだ。タクシーについては、明日の記事でどうしても詳しく書かなければならない。ミコノス・バブルの斜陽の始まりを、何よりもよく示唆するのがこの島のタクシー事情だからである。
風車拡大図
(風車、拡大図)

 KIVOTOSからタクシーで10分あまり、午後2時の「6つの風車」に到着。台風並みの強風が吹き付け、風車から見下ろす「リトル・ヴェネツィア」には高波が押し寄せて、店のテーブルも椅子も波をザブザブかぶっている。
 あまりの強風に立っているのも厳しいほど。風車の周囲は、駐車場にされてしまっていて、ゴミがたくさん散乱して強風に舞っている。ギリシャ危機は、アテネ以上に、ミコノスにも吹き荒れているのだった。

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