2011年11月05日(土)

Wed 111012 ドラクマ復活なんて アテネの夕と、爽快な夜のタベルナ(ギリシャ紀行6)

テーマ:ブログ
 さて8月25日、久しぶりにギリシャ紀行に戻るが、世の中の情勢からして、暢気なギリシャ紀行なんか書いていてはイケナイような、余りにも緊迫したムードになってしまった。
 旧通貨・ドラクマ復活論が公然と語られ、「ルールを守らないなら、鐚一文ギリシャには融通しない」とフランスの大統領が血相をかえる。売り言葉には買い言葉だから、ギリシャ国民としても「EUの言いなりにはなりたくない」「ギリシャが小国だからって寄ってたかって虐めるなんて」と憤慨せざるを得ない。
ドラクマ紙幣1

ドラクマ紙幣2
(4半世紀前のギリシャのドラクマ紙幣)

 この2~3日、テレビニュースの画面には、クマ蔵の思い出の場所ばかりが映し出される。シンタグマ広場のギリシャ国会議事堂ばかりではない。G20の開催されているカンヌは、2005年の夏の終わりに、ニースから乗合バスで2時間、何度も出かけた海辺の街である。
 カンヌから小舟に乗って「レラン諸島」に出かけたこともあった。鉄仮面が幽閉されていた城砦のある小島である。小石だらけの浜辺には小型のヤドカリがいくらでもいた。あの平和な島に渡るカンヌの船着き場が、繰り返し画面に映し出され、キャスターが緊迫した顔で交渉の成り行きを伝える。これじゃ暢気なクマどんもカンタンに冬眠に入れない。
ドラクマ硬貨
(4半世紀前に旅したギリシャのドラクマ貨幣)

 フランクフルトの夢のように大きな€マークも同じことだ。2009年5月、ある時は徒歩で、ある時はトラムに乗って、あの前を繰り返し往復した。ホンの2年前には「今を時めくユーロさま」の象徴。近くにはトルコ人街や東欧人街も出来て、このままトルコやハンガリーみたいな異民族国家も、どんどんユーロ圏に吸収されそうな勢いだった。
ユーロ君
(フランクフルト、巨大なユーロ君)

 8月25日、あの強烈な日差しの1日も、日が傾くにつれて強くなった風のおかげで、いくらか過ごしやすくなった。滞在初日でよほど張り切っていたのか、いつもは怠け放題に怠け続けるクマ蔵は、昼食後もさらに観光地を回った。
図書館
(アドリアヌスの図書館)

 回ったのは、「アドリアヌスの図書館」「ローマン・アゴラ」。古代ローマ帝国時代の2つの廃墟である。どちらもモナスティラキ駅から近い。アテネの土産物として有名な海綿を店先に満載した、ちょっと怪しい土産物店が並ぶあたりだ。
ローマンアゴラ

風の塔
(ローマン・アゴラと「風の塔」)

 これほど大量の海綿が自慢気に飾られた光景が珍しいので、さっそく写真に収めていると、どこで見張っていたのか、どこからともなく店主がヌッと姿を現し、「日本大好き、日本大好き」「マケとくヨ、1個3ユーロでOK」と言う。1個300円強がどういう相場なのかサッパリ分からないから、まあ適当にゴマカして逃げちゃうことにした。
海綿1
(自慢げに店先に並べられた海綿たち1)

 午後5時、今井君としてはホントにあり得ないほど丸1日観光に精を出して、足が棒になった。シンタグマ広場、国会議事堂に向かって右側のカフェに入って、この日3本目のギリシャビールMythosを注文。5月6月にも激しい暴動があったところだが、この店には被害が及ばなかったらしい。
 穏やかに風の吹き抜ける気持ちのいい店である。席について10分ほど経過した頃、近くのベンチでオジサンが誰かを罵る声が上がった。まあ、ケンカであるが、あの程度の騒ぎなら池袋や新宿でなら日常茶飯事。ちょっと変わったオジサンがあたり構わず罵倒して鬱憤を晴らす光景だから、今回のギリシャ危機とはほとんど無関係である。
海綿2
(自慢げに店先に並べられた海綿たち2)

 地下鉄に乗ってエヴァンゲリスモスのホテルに帰り、余りに閑散としたロビーを、足音を忍ばせて走り抜けた。いつかこの静寂を「水晶のような硬質の静寂」と書いたが、どうもあの頃が、張りつめた緊張が限界に達した日々だったようである。
 11月現在、あの緊張の糸は切れ、硬質な水晶の静寂は崩壊した。危機はドロリとした細胞の原形質のように、水晶を黒く濁らせながら広がり、もう留めることは困難である。この濁った流れが、大好きなイタリアやポルトガルやスペインに拡大しないことを祈るだけである。
リラ紙幣
(4半世紀前のイタリアのリラ紙幣)

 部屋でヒト寝入りした後、まだ外が明るいのにつられて、クマどんはホテルの外に買い物に出かけた。ホテルから道を渡ったところにキオスクがあったから、夜に備えてビールぐらい買っておこうと考えたのである。キオスクにはビールも水も食料も豊富にあって、この国がホントにそんなに貧しいのか、信じられないぐらいであった。
 買い物ついでに、ちょっと晩飯を食べていくことにした。これも怠け者の今井君としては珍しいことである。普段の旅行なら、午後3時か4時まで昼飯のテーブルにかじりついてワインを飲み、それで疲れ果てて翌朝まで一気に寝てしまう。しかし時計を見るとまだ午後8時。軽い夕食には絶好の時間帯であった。
ラムスブラキ
(夕食のラム・スブラキ)

 宿泊中のDIVANI CARAVELとヒルトンホテルにはさまれたエリアは、ちょっとした飲食店街になっている。夏の夜の爽快な風が吹き抜ける中、屋外のテーブルはいかにも心地よさそうである。
 クマ蔵が選んだのはVOUGA VARVARA。優しそうなオバサマがメニューを広げ、ニコヤカに店内に導いてくれた。「ブーガ・バルバラ」という屋号についても、有名店だから記憶しているのではなくて、クレジットカードの領収書から探し出しただけのことである。
 食べたのは、ラムのスブラキと、チーズをステーキ状に焼いた料理。ついでにMythos1本と赤ワイン1本。おやおや、クマ蔵はいくらでも飲むね。夜の風はむしろ寒いぐらいで、北のクマにとっては最高のシチュエーションになってきた。ギリシャは、日が沈んでからが勝負の国なのだ。
焼いたチーズ
(チーズを焼いた1皿)

 しかし、いくら待っても他の客はこない。観光客のたくさん集まる場所ではないから、店としては地元のヒトたちを期待するしかないが、さっきの親切なオバサマがいくら頑張ってメニューを差し出しても、道行くヒトは全く相手にしない。相手にするとして、近所の馴染みのヒトであって、楽しそうに世間話はしても、お客として入店する様子は一切ない。
 オバサマが可哀想になりつつ2時間ほどテーブルに座って、お腹は破裂寸前にまで膨らんだ。その2時間で入店したのは1組の老夫婦だけである。通行人を見かけるたびに、オバサマはメニューを見せて入店を促すのだが、ホントに誰もマトモに取り合わない。
タベルナからの眺め
(VOUGA VARVARAからの寂しい夕景)

 それでも彼女は全くめげることがない。こういう生活が、ごく普通の日常になっているのだ。しかも、この状況はこの店だけではない。隣の店も、その隣の店も、みんな開店休業状態。しかし同じようにウェイターが外に立って、道行くヒトに懸命にメニューの説明をし続ける。
 むしろクマ蔵のほうが悲しくなって、夏の夜風の中で思わず涙がこぼれそうである。ギリシャの危機の本質は、このようなことなのかもしれない。しかし泣きそうなクマさんのお腹はもうパンパン。オバサマのためにもっと注文してあげたいが、もうこれ以上一口でも飲み食いしたら、クマの腹がポポポポーン!!と弾けとんで、収集がつかなくなりそうだ。
 夜10時近く、「また明日、この店に来よう」と決意。明日もまたオバサマがメニューを掲げ、悲しそうに寂しそうに夜の風の中で頑張っているだろうから、東洋のクマどんもニッコリ笑いながらまたこの店に入ろう。たったそれだけのことでも、このあたり一帯が少しだけ活気づきそうなのである。

1E(Cd) Incognito:FUTURE REMIXED
2E(Cd) Incognito:ADVENTURES IN BLACK SUNSHINE
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4E(Cd) Incognito:NO TIME LIKE THE FUTURE
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