2011年10月28日(金)

Mon 111003 アテネ2日目は、地下鉄に乗ってアクロポリスに向かう(ギリシャ紀行3)

テーマ:ブログ
 8月25日、実質アテネの初日であるから、何はともあれパルテノン神殿を訪ねることにする。昼前にホテルを出て、最寄りのエヴァンゲリスモス駅まで炎暑の中を歩く。海外旅行初日に独特の違和感があって、走り抜けるクルマたちが異様に近く、その走り方が異様に乱暴に感じられる。
 自分の歩き方だけがノロマかつマヌケで、ヒトビトに迷惑をかけている。ヒトビトがみんな眉をひそめ、心の中で舌打ちをしているような、ちょっとした被害妄想も初日に独特のものである。今井君の世代は「他人に迷惑をかけちゃいけません」と、そればかり言われ続けて育ったから、この違和感は相当なものである。
地下鉄
(アテネ地下鉄)

 地下鉄の駅は、なかなか見つからない。ローマでもマドリードでも、地下鉄駅の「M」の文字は赤く大きく「誰でもすぐ見つけられるように」のほうを配慮しているのだが、神殿の街アテネではむしろ街の景観を重視しているようである。
 宿泊先DIVANI CARAVELを出て1分足らずのところで、早くも中年男性の物乞いのヒトに遭遇。ヒルトンホテルの目の前である。やはりこの街は貧しいのだ。とは言っても、2週間の旅行全体を振り返ってみて、物乞いのヒトに積極的に接近されたのはこの時だけだったから、初日だけクマ蔵の打率が高かったということかもしれない。
乗車券
(地下鉄1回券。€1.40で2時間、何度でも乗降自由である)

 「乗車する前に、切符に刻印しなければならない」という20世紀ヨーロッパ独特の習慣が、アテネにはまだ残っている。刻印機で切符に乗車時刻を刻印しないと、検札が回ってきた時に不正乗車と見なされ、「切符を持っていても正規料金の30倍を徴収する」と切符に印刷されている。「おお、コワ」である。
 ロンドンは日本のSuicaと同じオイスターカードが普及して、チケット刻印制度は消滅した。フランクフルトでも制度がなくなって久しいらしく、「刻印機はどこにありますか?」と質問すると怪訝な表情で「刻印って、何ですか?」と逆に聞き返される。ミュンヘンには制度自体は残っているが、制度はすっかり形骸化して、今や実際に刻印なんかするヒトは誰も見かけない。
刻印機
(地下鉄の刻印機クン)

 いずれ、このちょっと意地悪な制度はヨーロッパ全域から姿を消すだろう。同じ経済危機のポルトガルでさえ、紙カードVIVA VIAGEMの普及ですっかり21世紀的に進化したのだ。パリにはもう4年もご無沙汰しているから、今どうなっているかわからないが、クマ蔵のような20世紀的人間は、こういう変化を寂しく感じる。
 タバコを口にくわえ、ポケットを探って、回数券の残りを探している中年男性。全てに飽き飽きし、全て面倒で、くわえているタバコの煙にさえ倦怠しか感じない。その絵柄は20世紀パリによく似合ったものだ。今や「くわえタバコ」は絶滅危惧種。10枚綴りの回数券「カルネ」も風前の灯である。
 アテネの駅には、まだ刻印機がズラリと並んでいる。ロボット君みたいな表情の刻印機が4台も5台もニコニコ笑いながら客を待っているところは、たいへん微笑ましい光景である。ノスタルジーとわかっていても、この風景、なくなってほしくない。
刻印貴君
(ズラリ勢揃いした刻印機クンたち)

 地下鉄は、なかなか来ない。10分に1本、悪くすれば15分に1本、そのぐらいの頻度に減便になっている。これもまた財政危機の煽りである。駅構内の冷房も、設定温度を高めにして、節電に努めている様子。2011年東京と原因は違っても、状況はほぼ同じなのである。
 来ない電車を待って、乗客は辛抱強く沈黙して立ち尽くす。暑苦しいホームに静寂が沈殿し、沈殿した静寂はあっという間に固まって、やっぱり水晶のように硬質なものに変わる。昨日の記事の最後に書いた通り、やはり危機の本質は静寂の中にあるようだ。
 10分以上が経過して、大混雑のホームに電車はまだ来ない。もしここで誰かが怒りの叫びをあげれば、静寂は一気に破裂して、静寂の硬い殻の向こうからドロリとした崩壊が流れ込んできそうである。崩壊は圧倒的であって、オスマントルコ陸軍の軍楽「エステルゴン城」「ジェッディン・デデン」のように、「もう誰にも止められない」という重く諦めを呼ぶだろう。
アクロポリ
(地下鉄アクロポリ駅)

 とはいえ、まあ今井君は観光客に過ぎない。昨日着いたばかりで、危機の事情も状況もサッパリわからない。こういう時に変に深刻になるのは愚かなので、ま、とりあえず隣のシンタグマ駅で降りて、大規模な暴動が先月起こったばかりのシンタグマ広場を一周することにした。
 確かに最高級ホテル「グランド・ブルターニュ」のエントランスは投石で破壊され、段ボールで痛々しく補強されている。路上には赤や青のペンキの痕がナマナマしい。7月の暴動の日、国会議事堂に向かってぶちまけられたペンキが、消えずに残っているのだ。ただし、黒コゲになりそうな8月の炎暑の中、街行くヒトはすっかり穏やかであって、その表情には暴動の痕跡は全く感じられない。
 もう1度シンタグマ駅のホームに降り、また1駅「アクロポリ」まで地下鉄に乗った。パルテノン神殿には、この駅から丘を登って徒歩で20分ほどである。
アクロポリスを見上げる
(アクロポリスの丘を見上げる。パルテノン神殿はこの上だ)

 駅の外に出てすぐ、観光客目当てのタベルナで、8~9歳の子供がバイオリンを弾きながらテーブルを回っているのを発見。姉と弟か、誰か元締めがすぐ近くで糸を引いているのか、要するに子供に物乞いをさせているのである。
 翌日も、1週間後も、この辺りでこういう形で働いている子供たちを見かけた。タベルナの店主やウェイターが激しい身振りで子供たちを追い払う様子も目撃。タベルナとは、ギリシャ式食堂であるが、子供たちが食堂で踊ったり歌ったり楽器を弾いて物乞いする姿は、さすがにバルセロナでもマドリードでも見たことがない。
ディオニュソス
(ディオニュソス劇場)

 ちょっと暗澹として気持ちで、焼けつく日差しの中をアクロポリスの丘に踏み出した。名所旧跡を6カ所見て回れる共通チケット(=12ユーロ)を購入して、まずディオニュソス劇場。VIP席まで完備した古代劇場の遺跡、15000人収容の大劇場である。
今井宏オフィシャルブログ「風吹かば倒るの記」Powered by Ameba-5279 古代の男1
(神殿修復にあたる「古代の男」)

 丘を登って、古代ギリシャ人かと見間違う男性が、鑿と槌を真剣に操りながら神殿修復に当たっている姿を発見。あらま、こりゃ、わざとやってるとしか思えない。
古代の男2
(古代の男、拡大図)

 さらに登って、161年建築のイロド・アティコス音楽堂へ。ここは6000人を収容。もちろん座席をチャンと修復した上で、今もなお利用されている。古代ローマ帝国→ビザンティン帝国→トルコ帝国支配を経て、なお現役である。2000年近い歳月は、ギリシャでは大した長さとは考えないのかもしれない。
イロド
(イロド・アティコス音楽堂)


1E(Cd) Karajan & Berliner:BACH/MATTHÄUS-PASSION 3/3
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