2011年09月19日(月)

Wed 110824 クマ蔵改め ケム蔵、シントラでも山を登っトラ(リシュボア紀行13)

テーマ:ブログ
 ロカ岬からの復路は、往路とはルートを変え、シントラ経由でリシュボアに帰ることにした。
 断っておくが、カシュカイシュの不良高校生集団との出会いにビビったわけではない。あの程度の人数なら、クマ蔵が一声ホンキで吠えただけで、クモの子を散らすように逃げていく。ビビっていない証拠に、クマ君はこの後10日ほどのリシュボア滞在中、カシュカイシュをもう2度も訪れることになる。
 ルートを変えたのは、ただ単にシントラの街を見ておきたかっただけである。諸君、あまり有名ではないが、シントラも世界遺産である。しかも「自然と文化遺産」であって、何とも欲張りなことに、自然遺産と文化遺産との両方を獲得している。そういうことなら、カシュカイシュのイナズマ・イレブン高校生集団よりも、ずっと見応えがありそうだ。
 ロカ岬からカシュカイシュ行きと反対方向のバスに乗れば、40分でシントラに着く。来る時と同じ一般乗合バスであるが、睨みつけてくる女子高生集団との遭遇もなし。たいへん穏やかな40分を、地元のオバチャンやオバーチャンとともに大人しく寝んねしているうちに、何事もなくシントラに着いた。
ムーア人の泉
(シントラ「ムーア人の泉」)

 バス停から15分ほど、左手に「ムーア人の泉」を眺めながら歩いていくと、シントラの中心・レプブリカ広場に到着。目の前には14世紀初期に建てられた「王宮」がある。
 その王宮前で、驚くべき偶然の遭遇があった。何と今から4日前、深夜のロンドン・ヒースロー空港でホテルとバスチャーターを求めて共に戦った同志(Thu 110811「ヒースロー空港で何が起こったか」参照)が、向こうから手を振って走り寄ってきたのである。
シントラ近景
(シントラ近景)

 しかし、とにかく今井君は内気であり、この上なくマイペースを大事にする男。こういう場所で友人づくりをして、「じゃあ、今日は一緒に行動しますか」などということになってしまうと、やりたいことも自由にできず、したくないことにも付き合わなければならない。
 ここは「偶然ですね」「これからのご予定は?」「じゃあ、またどこかで」と早口を連ねて、誘い&誘われる面倒な関係を一気に断ってしまった。向こうはもう王宮に入って「アラブ人の間のアズレージョ」その他を見学してきたらしい。「大したこと、ありませんでした」という。
王宮
(シントラの王宮)

 うーん、確かに外見的にも「大したこと」はなさそうだ。ガイドブックによれば、日本の天正遣欧少年使節団がここに招かれたことがあって、「その時の『白鳥の間』の天井画が見事だ」とあるが、欧米人の背の高い団体観光客の間を縫って、すっかり煤けた500年前の白鳥の絵を振り仰いでも、やっぱり「大したこと」はないだろう。
 だって、天正遣欧少年使節団でござるよ。伊東マンショ、原マルチノ、中浦ジュリアン、千々石ミゲルでござるよ。同じミゲルなら消臭力のミゲル君の方が、ミーハーの今井君にはピッタリだ。
 彼らクアトロ・ラガッツィ=4人の少年の名所旧跡は、ヨーロッパの至る所に残っていて、明後日もコインブラ大学で「伊東マンショが演奏したオルガン」を見る予定。何も、彼らが招かれた部屋の天井画を、500年も経過した日本のクマが、口半開きのアホヅラで見上げる必要はないだろう。そもそも500年前のクアトロ・ラガッツィだって、余りの歓迎ぶりに感動して、天井の白鳥の絵なんかに気づいたはずはない。
シントラ遠景
(シントラ遠景)

 というわけで、いつの間にかクマ蔵は「山登り」を決意した。王宮前から標高450mの山道を登り詰めたあたりに、レコンキスタ時代にポルトガル王エンリケスに滅ぼされた「ムーア人の城跡」が広がっている。ガイドブックは「高所恐怖症だとちょっとタイヘン」というフザケた写真を掲載。「どうせ誰も行かないでしょうがね」というスタンスだ。
 今井君は高所恐怖症ではないし、それどころか「高い所が大好き」という愚かな性向がある。昔から「高いところが好きなのはパーとケムリ」ということに相場は決まっていて、もしも「パー」とか「バカ」といった軽薄なコトバが、重厚で格調高い♡このブログにふさわしくないとすれば「愚か者とケムリは高い所に登りたがる」と言い直しておこう。
 今井君は大学受験の予備校講師としてすでに20年近くもトップクラスに君臨♡しているのだから、まさか「パー」や「愚か者」とカテゴライズされることはないだろう。
 「いや、そういう経歴だからこそ、そのカテゴリーがピッタリなのだ」などと意地悪なことをツイートしてニヤリと笑うのも悪くないが、正直申し上げて、その程度の意地悪はあまりにも陳腐。横丁のオヤジでも、TVニュースショーのヒナ壇芸人でさえ、何の苦もなく口にできる程度の意地悪に過ぎない。
ムーア人の城1
(濃霧と強風の「ムーア人の城」 1)

 こういう論理から考えれば、クマ蔵の高い所好きは、愚か者やパーだからではなくて、むしろケムリのカテゴリーに入る。今日からしばらく、「クマ蔵改め ケム蔵」と名乗ることにする。「ケムリのケム蔵」ということである。クマ蔵もケム蔵も、AKBに倣って子音だけで示せばKMZ。KMZひろしなら、猫ひろしに勝るとも劣ることはない。
 ケム蔵は、あんまり高い所が好きだから、泊まるホテルも高層階が好き。イタリアのマッジョーレ湖に旅したときも、目の前にあんなに美しい湖があるのに、わざわざ湖に背を向け、湖を見下ろす2000m級の山(モッタローネ)に3度も登った。ついでに猛犬の群れに遭遇したりして、帰国の頃にはヘトヘトに疲れ、激しい筋肉痛に悩まされた。
ムーア人の城2
(濃霧と強風の「ムーア人の城」 2)

 2011年5月のミュンヘン滞在でも、ホフブロイハウスに入り浸って土産にビアグラスでも買ってくればいいものを、わざわざ好き好んでインスブルックまで足を伸ばし、またまた3000m級の山に登り、強風に凍えそうになって、震えながら帰って来た。
 せっかくだから、昔ヒトラーが冬季オリンピックのために開発したガルミッシュ・パルテンキルヘンの街にも出かけ、そこから「ドイツ最高峰・ツークスピッシェ」なるものにも登頂。万年雪の残るスキー場で、ビールをシコタマ飲んで凍死しそうになった。
ムーア人の城3
(濃霧と強風の「ムーア人の城」 3)

 こういう無意味なエルマーのぼうけん(Fri 110812「エルマーのぼうけん」参照)は、もちろん全て「ロープウェイで一気に山頂近くまで行ける」という条件で試みたのである。しかし、2010年5月のシントラでは、「ムーア人の城跡」は標高たった450mであるから、だれも「ロープウェイで」「ゴンドラで」などと甘やかしてはくれない。
 だからこの日のケム蔵は、最初から最後まで後悔のしっぱなし。一歩一歩登るにつれ、街はやがてはるか眼下に遠ざかり、頭上には巨大な落石が樹々に遮られたまま50年も60年も経過し、すっかり苔むしている不気味な風景が広がる。
「いったい、ムーア人の城跡って、どこから始まるの?」
「もしかして、この巨大な落石群が城跡?」
と、ケム蔵がすっかりムクれ始める頃、もともと曇りがちだった空は、ケム蔵の頭上すぐの所で濃い霧になって渦を巻き始めた。
落石群
(シントラ「ムーア人の城」付近の巨大落石群)

 イマイマしいことに、こんな場所にもしっかり関所があって、入場料金5ユーロを要求される。そこからがホンモノの「ムーア人の城跡」であるが、ホントにイマイマしいことには濃霧に強風が吹き荒れ、5ユーロも何もあったものではない。ケム蔵は「ロカ岬観光の直後、ムーア人の城跡で遭難&凍死」という新聞記事を思い浮かべたほどである。
ムーア人の城4
(濃霧と強風の「ムーア人の城」 4)

 しかも諸君、今日のクマ蔵はケム蔵だ。ケムリというものは、強風にはめっぽう弱い。濃霧に滲んだケム蔵は、寒風に煽られてムクれ放題ムクれてしまう。ムクれている時ほど予期せぬヘマが多くなるもので、頭上のデカイ岩にシタタカ頭をぶつけて、岩以上の巨大なコブができた様子である。ここで
「もう、これ以上はゴメンだ。5ユーロは捨てたことにする」
と方針転換。ほうほうの態で地上に降りることを決意した。命からがらでオッカナビックリの日は、最後まで命からがらで終わるものである。

1E(Cd) Kirk Whalum:CACHÉ
2E(Cd) Kirk Whalum:IN THIS LIFE
3E(Cd) Kirk Whalum:THE GOSPEL ACCORDING TO JAZZ
4E(Cd) THE WORLD ROOTS MUSIC LIBRARY トルコの軍楽
5E(Cd) THE WORLD ROOTS MUSIC LIBRARY トルコの軍楽
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