2011年05月24日(火)

Thu 110519 ライン河舟下り 準ローレライの悲劇 2つのローレライ ボッパートのこと

テーマ:ブログ
 さて、いよいよ動き出した船の上のクマ蔵は甲板のテーブルに陣取り、中国人観光客の団体の騒々しさに辟易していた。おお、欧米人の少年が確保していたテーブルを、50歳がらみの中国人オジサンたちが5~6人で横取りした。少年は大人しく引き下がった。うにゃにゃ、可哀想でならない。
 乗船したのは、リューデスハイム発14時15分のコブレンツ行き。乗船直前までは並んでいた客は10人足らずでいかにも寂れた雰囲気だったが、乗ってみるとほぼ満員の盛況である。後ろからたくさん乗ってきたか、それとも始発のマインツからすでに大勢乗船していたかだが、ここからコブレンツ直前のボッパートまで、約3時間の舟下りである。
 しばらく「古城また古城」の連続に乗客すべてが歓声を上げているが、やがて「もう古城はたくさんだ」の雰囲気が漂いだす頃、いよいよクライマックスのローレライに接近する。
城3
(ライン河の古城。確か「ネコ城」である)

 蛇行するライン河に突き出た巨大な岩山に過ぎないが、ロマンティックな伝説がくっついて有名になった。どんな伝説か知らないヒトは、自ら検索して学んでくれたまえ。このブログは、観光案内代わりには絶対にならない。舟下りの船に乗って舟下りのことを書くのは、その道のプロに任せた方がいい。
 実際に船で接近していくと、似たような巨大な岩山が次々と現れる。団体客の多くは「あれがローレライ?」「今度こそローレライ?」「今度こそホンモノ?」とカメラを向け、そのたびにダマされて意気消沈する。
 もっとも、可哀想なのはローレライになりそこねた準ローレライ諸君である。準ローレライと言ってもらえればまだ幸せであるが、世の中の悲哀を味わったことのない冷たい人には「ニセ・ローレライ」と言われかねない。今井君は、いろいろ悔しい思いを積み重ねて生きてきたから、ギリギリでホンモノになりそこねた準ローレライ諸君の味方である。
 ライン河の場合、ホンモノのローレライと、準ローレライの間に、それほど大きな隔たりがあるとは思えない、要するに河に突き出た岩山である。ところが、準ローレライの写真を撮ってしまった団体客は激しく舌打ちし、無慈悲に「一件消去」をクリックし、ダマされて写真を撮った男を囲んで、その仲間たちが囃し立てたり失笑したりする。
 今井君は可哀想で、かつ悔しくてならない。彼らor彼女ら=準ローレライにも、ホンモノと同じようにもてはやされるチャンスはいくらでもあったはずなのだ。
 ところが、誰かがある日「これこそホンモノだ」と宣言する。その瞬間から、同じような実力をもち、同じような魅力を備えた「準」クンたちは「ニセモノ」の汚名を着せられる。冷笑され、紛らわしい無価値な岩としての一生を余儀なくされたのだ。その誰かの「ホンモノ宣言」に、果たして客観的な基準でもあったのか。うにゃ。うにゃ。準クンたちの悲劇が、クマ蔵の胸に深く食いこんでいくのだった。
ろーれらい
(ローレライ)

 やがてホンモノのローレライが近づくと、船のスピーカーから「ローレライの歌」が流れる。どんなメロディかは、YouTubeを自分で検索すること。繰り返すが、このブログほど観光案内から遠く懸け離れたものはない。さらに繰り返すが、舟下りの船に乗って舟下りのことを書くのは、その道のプロに任せるべきだ。今井君の信条である。
 そのころ、船の上の気難しいクマさんの脳裏に去来していたのは、2つのローレライのことであった。1つ目のローレライは、むかしむかし早稲田大学の教室で皆で合唱したローレライである。今井君が在籍した1年5組はドイツ語選択クラス。担当は厳しいことで有名だった根岸教授。教授自身が執筆された教科書「パラレル・ドイッチュ」を使用しながら、容赦なく授業が進んでいく。
 5月末、厳しさに耐えかね、そろそろ落伍者や脱落者が出始めた教室に、根岸教授がラジカセを持ち込んだ。諸君、今は死語となった昭和の花形「ラジカセ」である。「今日は皆でローレライを歌いましょう」「カセットに合わせて」というわけだ。
 もともと早稲田政経をそのまま卒業するつもりではなかった今井君、東大コンプレックスをかかえ、仮面浪人するつもりでいた今井君。彼にとって、「ローレライを歌いましょう」は余りにもキツかった。もちろん、口パクで応戦するしかない。
 しかし、教室内の多くはマジメを絵に描いたようなヒトビト。厳しくても、離れずに食らいついていこうとするヒトビト。歌おう、歌いましょう、歌え、そう言われれば、誰も反抗しようとしない。クラスに4人いた女子学生のファルセットも混じって、曇った初夏の蒸し暑い教室は、時ならぬローレライの大合唱となった。
ボッパート1
(ライン河畔、ボッパート駅)

 もう1つののローレライは、中3の秋に秋田市土崎の書店で買ったドイツ語の教科書である。西日の入る「金子書店」で、中3の今井君は何故か矢野健太郎「解法のテクニック・数学Ⅰ」(科学新興社)と、ドイツ語の入門書を購入した。
 中学生が高校数学Ⅰの参考書を購入したのは、もちろんコンプレックスのなせるワザ。「今井は、自分は頭がいいと思ってテングになっているが、都会のコドモたちは中3で高1の範囲まで終わっている。今井なんか井の中のカワズだ」とか、そういうことをいろいろ言われて悔しかったのである。
 ドイツ語の本を一緒に買ったのは、そのコンプレックスと同じ流れである。「どうしても医学部に行かなきゃ」と思いつめ、当時はまだ「医学はドイツ語」という迷信が残っていて、だから「早くドイツ語をやっちゃお」と考えたのだ。それもまた同じ「都会のコドモはもうとっくに」という脅し文句に踊らされただけである。
 本のタイトルは「ぼくらのドイツ語…シュバーベンは汽車に乗って」、早崎なんとか先生著。「ぼくらの」も「汽車に乗って」もどちらも死語になったが、当時の可愛い今井君はホンキ。その本に「ローレライの歌」の楽譜があり、ローレライの伝説が載っていた。
 ウムラウトだのßだの、見慣れぬ文字の溢れるドイツ語の本と、都会のコドモたちが「とっくに」仕上げているらしい高1数学の参考書をかかえて、汲取トイレの臭う国鉄官舎(一昨日の記事参照)まで、ホクホクしながら早足で帰ったものである。
ボッパート2
(ボッパート、19時の夕景)

 こうして、周囲のヒトビトにはおそらく理解出来ないであろう思いを巡らせつつ、クマ蔵の乗った船は17時過ぎにボッパートに到着。その前のザンクト・ゴアールで中国人の団体が大挙して降りてしまったので、船はすでに閑散としていた。
 ザンクト・ゴアールで降りたヒトは、陸路を通ってローレライの岩山に登るのであるが、遠くから眺めて歓声なり嘆声なりを漏らすべき対象に、わざわざ土足で登ってみる必要はない。教会の塔でも、岩山でも、城の天守閣でも同じことである。
 ボッパートは、日本のガイドブックには全く触れられていない。シカトというか、黙殺というか、見て見ぬフリというか、その類いのことだろうが、欧米人では有名な観光地のようである。
 上品な欧米ばあちゃんと、イタズラっぽい笑顔の欧米じいちゃんたちが、手をつないでそぞろ歩いている。じいちゃんがコドモでもしないようなイタズラをして、ばあちゃんに叱られているのもよく見かける。夕暮れになって河の風が冷たいのに、それでも外のテーブルでビールを飲もうとして、ばあちゃんとケンカしている姿は、まさに今井君の理想そのものであった。
 教会のある静かな広場のレストランで、クマ蔵はコルドンブルーをムザボリ食い、白ワイン1本をカンタンにカラッポにして、おお、爽快である。その直前に、地元の酔っぱらいしか相手にしない超ジモティ飲み屋に入ろうとして妙な顔をされたけれども、そんな失敗は、もうどうでもいいのだ。
 レストランを出ると20時前、まだ外は日本の午後3時ぐらいの日差しで明るい。ボッパートの駅から列車に乗って帰る。さっき船で下ったライン河を左に見て、河を船とは逆方向に遡っていくことになる。
 いよいよ西に傾いた夕陽に赤く照らされたライン河を、再び次々と姿を見せる古城の復習をしながらフランクフルトに戻っていく。このとき、すでに明日の行動計画がまとまっていたのだが、さすがに長く書きすぎた。計画のことは明日の記事で書くことにしたい。

1E(Cd) Münchinger:BACH/MUSICAL OFFERING
2E(Cd) Münchinger:BACH/MUSICAL OFFERING
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4E(Cd) Ono Risa:BOSSA CARIOCA
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