2010年01月29日(金)

Fri 100108 2005年2月、シェーンブルン宮殿で何が起こったか(その1)

テーマ:ブログ
 ウィーンの完全なmustなのに、まだ見に行っていないところが1カ所あった。ちょっと特別な思いもあって、どうしても今日中に行っておかなければならないと、朝から張り切っていた。なぜ「特別な思い」なんかがあるかは後で詳細に述べるとして、見残していたそのmustとはシェーンブルン宮殿である。ウィーンに何度か滞在して、それなのにシェーンブルンに出かけたことがないなどというのは、「東京に住んでいて東京タワーに行ったことがない」「大阪に住んでいて通天閣に行ったことがない」、ほぼそんなことに該当する。
 ということは、逆に言えば「むしろ普通」なので、東京タワーにのぼったことのない生粋の東京人など、探さなくてもゾロゾロ見つかる。前回2005年2月のウィーン滞在ではそういう気取り方をして、あえてシェーンブルンを回避。朝6時の電車でアルプスを越え、ヴェローナ経由でヴェネツィアに向かったのだが、何だかデカイ忘れ物をしてきたようで、我ながら「バカげたことをするものだ」という後悔と、朝4時に起きた頭がふらつくのと、前の晩にジンを飲み過ぎたせいで、ちょっと吐き気がしたものだ。ジンのツマミに食べたポテトのスナックの油が込み上げてくるのも、吐き気をひどくした。

(ウィーン、シェーンブルン宮殿)

 では、「ホントに前回はシェーンブルンに行っていないか」というと、それは真っ赤なウソなのである。恥をさらすことになるので、正直に告白するのがイヤでモジモジしているのだが、実は「オランジェリー」にだけは足を踏み入れた。シェーンブルン宮殿に向かって左端の建物である。たいへん恥ずかしい思い出ではあるが、思い出すたびに噴き出して笑いが止まらなくなるので、せっかくの機会だ、ここに告白してしまおうと思う。何を隠そう、「オランジェリー・コンサート」に出かけ、結果的にはあの40日のヨーロッパで最高に楽しい記憶が残ったのである。

(シェーンブルン宮殿のクリスマスツリー、2009年)

 もう5年も前のことだから、恥を忍んで喋ってしまうが、要するに「パッチものにダマされたかもしれない」ということである。ウィーンの街を歩いていると、そこら中で「コンサートのチケットいりませんか?」と声をかけられる。その頻度は半端ではない。オペラ座の前、シュテファン寺院の横、美術館の脇、王宮広場、とにかく観光客がアホ面で口を開けてぶらついている場所に立っていると、よほど恐ろしい顔でもしていないかぎり、2~3分に1度は声をかけられる。街角にいくらでも立てかけてあるコンサートの看板を眺めていたりすれば、すぐに「パンフレットいかがですか?」とくる。たいへんな勢い、というより、血相をかえて営業に出てくるという感覚である。
 しかも、それがみんな驚くほど愛想がいいのである。まずドイツ語で、次に英語で、最後には日本語で「チケットいりませんか」「今夜のコンサートです」「シェーンブルン宮殿でのコンサートです」「オペラ、バレエ、何でもあります」とくる。1人で営業に来ることが多いが、2~3人に囲まれることもある。
 ある程度こういう状況に慣れれば、周囲でチケット売りに声をかけられて困っている観光客を見ながら、「ああ、やられてる、やられてる」「おお、つかまった、つかまった」「ほら、頑張って振り切れよ」、そう思って内心ニヤニヤしながら見物できるようになるのだが、ウィーンに到着した直後で、しかも何日かよそを旅行して少し寂しくなってきた頃だったりすると、この愛想の良さに思わずフラリとしてしまう。

(シェーンブルン宮殿のクリスマス市、2009年)

 5年前の今井君は、まさにその「フラリと」してしまったのである。引き込まれるように巧みな営業に耳を貸すと、シェーンブルン宮殿の一角「オランジェリー」でのコンサート。午後7時半開場、8時開演、終演10時半。おお、しっかりしている。そんなに条件は悪くない。席はS/A/Bの3種類あって、Sが50ユーロ、Aが30ユーロ、Bが20ユーロ、まあそんなところである。
 最初からアヤシイという認識で対応すれば20ユーロの席でいいのかもしれないが、アヤシイという前提ならもともとチケットを買ったりしない。つい「せっかくなら一番いい席で」と考えて50ユーロを手渡してしまう。そうやってフラフラ行動して、「あれれ、まてよ」「あれれ、ヤメたほうがよかった?」と気がつくのは、ホテルに帰ってゆっくりトイレに入って、ほっと一息ついてからである。
 5年前の今井どんは、「あああ、あああ」、何度も何度も溜め息をついた。「せっかくのウィーンの一夜を台無しにするなら、50ユーロは捨てたことにして、これからもっとマトモなチケットを買いに出るか」、そういうことも考えた。しかし、まあいいだろう、翌日は国立オペラ座でテオドッシウとリチートラの出演する「ノルマ」を見る予定だったから(そしてホントに感動して、カーテンコールも最後まで残って、最前列まで出てリチートラと握手しかけたのだが)、まあ今夜はご愛嬌だ。せっかくの50ユーロだ、8000円だ。いいから出かけてみよう、真っ青な顔でそう自分に言い聞かせて、吐きそうなほどの落胆を、やっとのことで抑えたのである。

(地下鉄シェーンブルン駅)

 5年前の気持ちをこれほど鮮明かつ詳細に記憶しているのは、あの午後の落胆がよほど大きかったからだろう。それでも、どんなコンサートであれ、ネクタイにジャケット着用ぐらいは一応の礼儀である。あのとき日本から持参したジャケットは、96年に梅ヶ丘の「コナカ」で買って、駿台と代ゼミの授業で着古してテラテラになったもの。ネクタイも、「この旅行から帰ったら捨ててしまおう」という前提で持参した、一部は擦り切れ、首にかいた汗が染みこんで変色したシロモノである。
 鏡に映った姿は、どう見ても大昔の農協の団体旅行。1970年に大阪万国博を訪れた秋田のオヤジと択ぶところがない。しかし、かまうものか、これはリベンジである。50ユーロ払ってパッチものに出かける。はるばるウィーンまできて、オペラ座も楽友協会も目と鼻の先にチラチラしているのに、それなのにおそらくはパッチものなのである。農協ジャケットと、汗の滲みた臭いネクタイで十分すぎるほどだ。いや、むしろそのことで気持ちだけでも50ユーロを取り返すんだ。

(地下鉄シェーンブルン駅、拡大図)

 そういう悲壮な決意にますます顔を真っ青にして、2005年のクマどんはオペラ座の脇から地下鉄に乗り、血相をかえてシェーンブルン宮殿に乗り込んだのである。やっとユーロ圏に入ったばかりの東欧諸国からの移民がみんな深刻な顔で歩き回っていて、まだウィーンの地下鉄は薄暗く物騒な感じが残っていたが、あのとき一番物騒な顔をしていたのは、リベンジに乗り込む未来のカニ蔵くんだったかもしれない(誠に申し訳ありませんが、明日に続きます)。

1E(Rc) Solti & Chicago:R.STRAUSS/DON JUAN ・ ALSO SPRACH ZARATHUSTRA
TILL EULENSPIEGEL’S MERRY PRANKS
2E(Rc) Collegium Aureum:HAYDN/SYMPHONY No.94 & 103 
3E(Rc) Solti & London:HAYDN/SYMPHONY No.101 & 96
4E(Cd) Akiko Suwanai:SIBERIUS & WALTON/VIOLIN CONCERTOS
7D(DMv) W.
total m63 y63 d4176
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