2008年10月09日(木)

Tue 081007 緒形拳、死去のこと 豪徳寺、世田谷城址 マッジョーレ紀行11

テーマ:昭和の人々の記憶
 緒形拳が亡くなり、株価が1万円を割り込み、日本人3人のノーベル物理学賞が決まり、たいへんな一日だった。もちろん私は相変わらず極楽トンボで、豪徳寺まで烏山川緑道を散歩したり、今度の参考書にたくさん掲載する図版を描いたりして、いつもと同じようにのんびり過ごしていた。
 緒形拳については、いつかNHK大河ドラマについて書いた時に触れた(080825参照)。繰り返しになるが、私としては「源義経」の弁慶役が一番印象的である。緒形拳の弁慶が虚空を睨んで高館の前で両手を広げ、藤原方の矢を無数に受けながら立ち往生していく姿は忘れられない。40年前の演技である。当時、緒形拳は30歳になるかならぬかの若さ、私は赤ちゃんに毛が生えた程度の幼児だった。
 弁慶というのは脇役を宿命づけられた男であって、義経という主役がいない限り存在さえあやふやな役柄なのに、安宅の関でも大物浦の舟弁慶でも、いつの間にか主役・義経を押しのけてその場の主人公になってしまう不思議な男である。脇役を与えられながらその場その場で主役にのし上がる。そういう役を演ずると、緒形拳はいつでも見事だった。突然の死だったが、虚空を睨みつけながらの死だったという。そういう話を聞くにつけても、太閤記の緒形拳より、源義経最終回の弁慶立ち往生をもう一度見せてほしいと思った。

(写真上:豪徳寺門前、招き猫の売店。ニャゴロワそのままである。ニャゴ姉さんの祖先がモデルだったかもしれない。ということは「ひこにゃん」もニャゴ姉さんの遥か祖先か。ニャゴ姉さんは、実は「ひこニャゴ」である)

 大河ドラマでは「峠の群像」もよかった。緒形拳が大石内蔵助、伊丹十三が吉良上野介。狂言回しの役で近松門左衛門(中村梅之助)が出てきて彼が本来話すはずのないことをいろいろ言うのと、原作者堺屋太一の「元禄が時代の峠でここから時代は下り坂に向かう」という歴史観が随所にうるさく登場するのが欠点だったが、歌舞伎臭のない忠臣蔵としては十分楽しめた。
 ただ、最初から主役を与えられてしまうと、緒形拳の迫力が活かせない。彼の迫力は、むしろ準主役で光るのである。首相が霞んで見えるほどの外務大臣とか、ハムレット役者が嫌がるようなホレーショーとか、オセローがバカバカしく見えてしまうイアーゴーとか、そういう役どころである。まあ、その分このドラマは脇役陣が充実していた。中村伸郎、宇野重吉、金子信雄、戸浦六宏、花沢徳衛、今井和子、寺田農その他昭和の名優がこぞって登場の感がある。こういうのを思い出すと、思わず堺屋太一が乗り移ってきて「1980年代が峠で、そこから時代は下り坂に向かう」とでも言いたくなるのであるが、そこへ株価が1万円を割り込んだ、というニュースが入ってきた。なるほど今や下り坂もいいところなのかもしれない。
 まあ、そんなことを考えながら、今にも雨の降り出しそうな烏山川緑道を豪徳寺に向かって歩いた。この緑道は蜂が多いような気がする。この緑道というよりも季節的に蜂が盛んに活動する時期なのかもしれないが、あちこちで蜂さんたちがブンブン唸っていて、どうも安心して歩けない。ホンモノのクマさんなら皮下脂肪がきわめて分厚いので、蜂さんにさされてもそんなに痛みを感じないはずだし、だからこそ「クマのプーさん」みたいに行動できるのであるが、私は(それなりに皮下脂肪はついているのだが)まだまだ修行が足りないらしくて、蜂に刺されれば痛そうである。

(写真上:豪徳寺にもナデシコがいた。脚の構えがナデシコそっくりなので、ナデシコと名付けた)

 緑道はそのまま東急世田谷線のチンチン電車の線路に突き当たって、そこで右に曲がれば豪徳寺がある。「豪徳寺」というのは小田急線の駅名に過ぎないと思っていたら、広い境内に五重の塔まである大きな寺の名前である。本道の左に大きな墓地が続いていて、井伊直弼など歴代彦根藩主の墓が並んでいる。桜田門外の変の井伊直弼、日米修好通商条約の大老井伊直弼、「花の生涯」の井伊直弼である。彦根、井伊家、とくれば「ひこにゃん」。私はオジさんだが、彦根の近くの滋賀県八日市市で2年連続で講演会をやったぐらいだから、ひこにゃんぐらいは知っている。そういう所縁があるからなのか、境内には招き猫を売る売店もあるし、ここに至る烏山川緑道にもネコのオブジェがいろいろ並んでいた。
 帰りに、世田谷城址にも立ち寄った。城とは言っても土塁のようなものが3つ4つ残るだけであって、熊本城や松山城のような大規模なものとは全く違う。1300年代から1500年代のものであって、南北朝時代とか戦国時代の城というより「砦」の趣きが強い。小さな看板に書かれた説明を走り読みすると、かつては吉良家の居城だったのだという。そういえば、ついさっき伊丹十三の吉良上野介を思い出したばかりだった。

(写真上:世田谷城址)

 1週間近くすっかり忘れていたが、9月7日、モッタローネ山頂からマッジョーレ湖畔を目指して標高差1400mを4時間かけて降りる道は、いよいよ最終盤にさしかかっていた。あと少し、というところで「バベーノ」と言っているのか「バベーネ」と叫んでいるのかよくわからないデカイ酔っ払いジイサマに出会い(081001参照)、ストレーザはあっちだと教えられていったん引き返し、それですっかり混乱してしまったのである。陽は大きく傾いて、方向のよくわからない暗く細い山道をたどり、しかもその道はどんどん深い山に入って、不安は大きくなるばかりである。
 そのとき目の前に「STRESA」の看板が見えた。確かに、ジイサマは正しかったのである。しかし、その看板が真っ赤に錆ついている。山頂から降りてくる道で見た案内板はどれもこれもよく磨かれてキレイなものだったのに、最後の「STRESA」だけが異常に真っ赤に錆びていて「もう見捨てられて30年経ちました」という風情。それでも、真っすぐ立っていればもっと不安は小さかったのだろうが、実にイヤな感じで傾いている。一度地面に倒れてしまったのを、誰かがおざなりに元に戻したという感じの傾き方である。

(写真上:豪徳寺山門)

 そのすっかり錆びて傾いた案内板から、道は左に大きく曲がっている。その道がまた怪しいのである。明らかに今までの道と様子が違っている。まず、踏み固められた様子がない。ここまでは山道だったにしても、いかにも「毎日大勢の人が利用しています」という感じで地面が露出していたのであるが、ここからは突然「草ボウボウ」で踏み固められたところは全くない。踏み込むと、草は膝の高さまではないまでも、くるぶしまではすっかり隠れてしまう。頭上の樹々の枝からはツル植物のツルがいくらでも垂れ下がっていて、頭をかがめないと歩けない。
 つまり、人が最近歩いた様子がほとんど感じられないのだ。しばらく行くと、何の廃墟だかわからない廃墟があった。その先には崩れかけた小さな橋があって、わたりながら下を覗き込むと、そこにも何だかわからない廃墟。「ホントにこの道でいいのか」「ジイさんにダマされたのではないか」「今では誰もつかわない古い道で、エズのニーチェの道と同じように、この先で行き止まりになっているのではないか」そういう疑心暗鬼の思いがジュルジュルと脳に湧きだしてきて、ついでにニーチェの道のトラウマもジュルジュル戻ってきて、口の中にはあの苦い味がよみがえったりした。

(写真上:烏山川緑道の招き猫オブジェ)

 10分ほどさまよったあげく、目の前に広い草原が姿を現して、道が完全に消えた。草原は小さい牧場ほどの広さ。持参した地図には出ていないし、とにかく下山道と言えるような道は全く見当たらない。要するに、牧場に迷い込んだのである。遠くでたくさんの犬が盛んに吠えている。何に吠えているかといえば、彼らが遠くに感じ取った、東洋のクマの接近に対して警告の意味を込めて吠えているのである。ヒトが接近してくることがないはずの方向から、怪しいクマさんがオロオロしながら近づいてくれば、犬としては吠えないわけにはいかないだろうし、だとすればそれは「番犬」と呼ばれる類いのものであって、番犬が吠えればそれをたくさん飼っている種類の人物が猟銃とかそういうものにタマを込めて姿を現すかもしれない。
 まあ、人が出てくれば、猟銃を持っていようがどうしようが何とか話はつくだろうから、今の苦境から救われることにはなるかもしれない。問題は「犬たちだけ」が出てくるケースである。番犬たちが飼い主から責任を一任されてクマを追い払う仕事を任され、彼らだけの裁量で仕事を全うしようと張り切って走り出てきたとして、クマさんはこれを撃退あるいは処理できるであろうか。吠えている犬たちの数から大急ぎで考えて、その可能性は非常に低そうである。
 しかし、マッジョーレ湖は目の前に見えている。乱暴に中央突破すれば、状況が打開できることもまた確かである。時刻も時刻であり、草ボウボウの暗い道に戻って右往左往するのもイヤである。1度中央突破をはかって、ディフェンスが殺到してくるようならその時別の攻撃を考えればいい。この際、牧場の坂を一気に駆け下って事態を打開しよう。そう考えたのと、農家の門から大量の犬が猛然と飛び出してきたのと、ほぼ同時だった。
 恐怖は、犬の数を5倍ぐらいに見せたかもしれない。とにかく大量の犬、今までの人生で見たこともないほどの数の犬が、東京ドームのドッグショー(そんなものがあるかどうか知らないが)より多くの犬が、一度に農家の門から飛び出し、一斉にこちらに向かって走り出した。「命からがら」というのはこういう場面のことをいうのである。クマさんは、1400mの山道を4時間かけて降りてきた疲労も全て忘れて、一気に山道を駆け上がり、気がつくとさっきの「STRESA」の看板のところまできていた。
 それから何度も錆びて傾いたSTRESAの看板と牧場までの山道を往復した。確実に別の道はあるはずだ。この道は牧場で行き止まりになっていて、新しい下山道がつくられているはずだ、そう考えていろいろさまよったが、どうしても見つからない。農家の人のトラックに出会い、聞いてみたが「知らない、この道でいいはずだ」との答え。状況を打開するに至らない。ニーチェの道以上に「途方に暮れる」というか「切羽詰まる」というか「にっちもさっちもいかない」というか、要するに「戻るしかない」ところまで追いつめられてしまった。

(写真上:烏山川緑道のネコオブジェ)

 そこで出会ったのが、中年ドイツ人グループである。オジさん2人、オバさん2人。「ケルンの近郊から来た」と言う。この道を降りれば間違いなくSTRESAだ、一緒に行こう、犬は何とかしてやる、とのこと。「あなたは北京から来たのか」と聞かれて「うんにゃ、わしゃあ、トーキョーからきただよ。トーキョーって知ってるだかね?」と応えるほど、疲れ果てていたが、まあこれは天の助けだった。
 今日のブログもずいぶん長く書いてしまったから、そろそろこの弱虫グマをヴィラ・アミンタのネグラに帰らせてあげたいのだが、聞いてみると彼らもヴィラ・アミンタに宿泊中という。「おお、あなたもか」と驚かれてしまったところをみると、私がヴィラ・アミンタに泊まっているのは相当に意外だったらしい。この段階で5時間山を下りてきて、確かに相当汚らしい姿をしていたから、それも仕方なかったかのかもしれない。

1E(Cd) Wand & Berliner:BRUCKNER/SYMPHONY No.4
2E(Cd) Karajan & Wiener:BRUCKNER/SYMPHONY No.7
3E(Cd) Wand & Berliner:BRUCKNER/SYMPHONY No.8 1/2
4E(Cd) Wand & Berliner:BRUCKNER/SYMPHONY No.8 2/2
5E(Cd) Wand & Berliner:BRUCKNER/SYMPHONY No.9
6E(Cd) Karajan & Berliner:BRAHMS 4 SYMPHONIES 1/4
7E(Cd) Karajan & Berliner:BRAHMS 4 SYMPHONIES 2/4
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