2008年09月30日(火)

Mon 080929 ポール・ニューマン死去 マッジョーレ紀行9

テーマ:昭和の人々の記憶
 ポール・ニューマンが死去。ちょうど4~5日前に、映画「カーズ(CARS)」を観たばかりである。「カーズ」は、事故が元で引退した名スポーツカーの役で、声優としてポール・ニューマンが最後に出演した映画である。私が映画をやたらに見始めた70年代後半は、「スティング」とか「明日に向かって撃て」とか、まさにポール・ニューマンの代表作が東京中の名画座でかかっていた時代だった。
 「名画座」というのも、平成生まれの高校生たちには全く分かってもらえない古語or死語になってしまった。1980年ぐらいまでは「300円2本立て」「350円3本立て」の「名画座」というものが日本中にあって、高級なロードショー館ではかからなくなった古い映画を、たった300円で2本も3本も見ることが出来たのだ。そういうものを眺めながら、1日中怠けていられる天国のような場所が、東京にはいくらでもあったのである。高田馬場パール座、早稲田松竹、三鷹オスカー、飯田橋佳作座、飯田橋ギンレイホール、池袋文芸坐、池袋文芸地下、私の馴染みの名画座はだいたいそんなところ。馴染みの場所で好きな映画がかかっていなければ、三軒茶屋や五反田や東銀座の名画座にも出かけたものである。
 記録魔&記憶魔だから、当時の名画座で私がいつ何を見たか、すべて記録に残してある。早稲田時代の親友・青森県木造町出身の菊池君がたった25歳で亡くなった(心不全という診断だったが)という連絡が入ったのも、私が早稲田松竹で映画を観た帰りだった。電通に辞職届を出して人生にいったん句読点を打った直後も、友人2名と高田馬場で酒を飲んで彼らにその報告をする前に、私は近くの名画座で一人で映画を観ていた。

(写真上:天国へ旅立つポール・ニューマンに、手を振って別れを告げるナデシコ)

 「スティング」と「明日に向かって撃て」は当時の名画座の定番。ポール・ニューマンとロバート・レッドフォードの顔が映画館の前に出ていれば、まず間違いなく4~5時間は退屈せずに時間がつぶせるから、大学のゼミに出るのがイヤな時、授業に出るのが面倒な時、イヤな電話をとりたくない時、名画座は絶好の隠れ場所で、しかもそこはほとんどの場合ガラガラだから「前から5列目、左端」という気に入りの席がいつでも空いていたのである。「前から5列目、左端」が気に入りだったのにも理由があって、
(1)当時の私は「字幕なしで観る」などというシャレたことはしなかった
(2)当時の字幕は画面に向かって右側に縦書きで出た
(3)前から5列目左端なら、字幕を読みながら画面全体もうまく視野に収まった
ということである。いまならDVDを借りてきてそれで済むことだが、昔の日本人にも、今に勝るとも劣らない、いろいろな楽しみ方があったのである。
 「スティング」「明日に向かって撃て」のポスターやスティル写真でポール・ニューマンとロバート・レッドフォードが並んでいる写真を眺めていると、OCEAN’S 11/12/13のジョージ・クルーニーとブラッド・ピットの写真にそっくりだし、ストーリー展開にも通いあうものがある。映画の細かいことについては、私は完全に無知なのであるが、お互いの間に何か通じ合うものがあるのかもしれないし、ジョージ・クルーニーは私と世代が同じだから、ポール・ニューマンに受けた影響などをどこかでいろいろ語っているかもしれない。

(写真上:ポール・ニューマン死去を知らせる新聞記事を読みながら、思い出に浸るナデシコ。横は、ナデシコにそっくりなネコを描いたランチョンマット)

 トム・ハンクス主演のロード・トゥ・パーディションRoad to Perditionでのポール・ニューマンもよかった。復讐の意を決したトム・ハンクスに、激しく降りしきる雨の中でたくさんの部下ともども射殺されるのである。この人は、力量を見込んだ部下なり後輩なりを実の息子のように愛し、しかし後継者と見込んだその男と反目し、裏切りあい、裏切られながらも後継者への愛情を捨てられずに死んでいく役柄(つまりジュリアス・シーザーのような役柄)が得意だったように思う。
 そう考えると、ポール・ニューマンがもう少し若い時期に、ぜひジュリアス・シーザーをやってほしかったとも思うのである。それも、派手な古代ローマ風の衣装や鎧だの、お面のように分厚い化粧とおカッパ頭の汗臭そうなクレオパトラなんかが絶対登場しない、近代か現代に翻案したシーザーがいい。それなら、ブルータスに誰を選ぶか、である。「アントニウス」、ジョージ・クルーニー。「カシアス」、アンディ・ガルシア。「ブルータス」、トム・ハンクス。「オクタビアヌス」、ブラッド・ピットか。まあ、そういう20世紀のシーザーも悪くなかったかもしれない。クレオパトラは、これだけ大物を並べてしまうとどうしてもアンジェリーナ・ジョリーしかいなくなってしまうのだろうか。それを考えるとちょっと憂鬱で暑苦しいが、マット・デイモンのヴェルチンジェトリクスを想像するのも楽しい。ヴェルチンジェトリクスとは、シーザーを絶体絶命の危機に追い込むガリアの若者である。

(写真上:マッジョーレ湖、モッタローネ山頂付近のレストランからの眺め。いよいよ徒歩での下山を開始する直前)

 さて、もう1週間近く、マッジョーレ湖のほとりにクマさんは置き去りである。先週の段階でブログが3日も4日も遅れていたので、それを一気に追いついてしまうために、先週土曜日にやむを得ず決心して「いったんマッジョーレ置き去り」を決めた。一気に追いつくために、得意の(というか、本職の)大学入試英語の話を持ち出して、関係詞の話題で実際に一晩で4日分更新、確かに見事に追いついては見せた。ただ、そういう話題を持ち出したために、「キミたちのコメント待ってまーす。熱いメッセージ、待っててね」みたいな「予備校講師の熱血ブログ」に近づいてしまったかもしれない。ここは大いに反省の余地がある。このブログは、ブログ開設時にしっかり書いたように(080605参照)、もともとそういうことを意図しない、ただのオジさんのプライベートな日記なのである。反省、反省。本職のことは、あくまで日記までに留めて、大きくその内容に踏み込むことはしないように注意すべきである。
 で、9月6日、マッジョーレ湖畔のカルチャーノからロープウェイに乗る。途中の写真は既に掲載済み。チケット売り場で「アンダータ・エ・リトルノ(往復)」にするか「ソロ・アンダータ(往路のみ)」にするか、大いに迷った。人々は皆アンダータ・エ・リトルノを購入している。往路と復路を別々に購入するより、遥かにお得だからである。ここのチケット売り場にも英語・イタリア語・フランス語・ドイツ語の4カ国語が普通に飛び交っている。ビックリしたのはドイツ語。「往復」というのに「Ich komme zuruck」と言うらしい。日本語に訳すと「わたし、戻ってきます」。何だか、往復券を買わないかぎり、マトモに戻って来られないような感じである。

(写真上:4カ国語で表示されたロープウェイの時刻表。Ich komme zuruckは右下に見える。ソロアンダータ=「往路だけ」のドイツ語はhinweg。hinは「向こうへ」weg「行っちゃう」である。ますます戻って来られなそうな感じ)

 しかし私の気持ちとしては、ロープウェイに乗るのは登りだけにして、帰りは標高1400mからトレッキングで、要するに徒歩で降りてくる計画である。実際、ホテルに置いてあった観光案内には、「トレッキングも楽しい」と書かれてある。迷ったあげく、「ソロ・アンダータ」を購入。他にソロ・アンダータを買ったのは、ヘルメットをかぶりマウンテンバイクを引きずった若い男2人組だけ。普通の人は、どうも皆アンダータ・エ・リトルノのようである。
 ロープウェイ山頂駅付近には、ロッジ風のレストラン兼土産物屋が2~3軒。そこからは徒歩で30分ほど登って山頂になる。登っていく道はペアリフトやシングルリフトが何本かある小規模なスキー場の斜面で、同じロープウェイで一緒に山頂駅に到着したおばあちゃんやおじいちゃんも、急なスロープをものともせずにどんどん登っていく。半分ぐらい登ったところで、雪をいだいたアルプスの山々が美しく視界に入ってくる。モンテローザ、マッターホルンなどだが、信じがたいほどの快晴になったお蔭で、雲にも霞にも靄にも邪魔されることなく、そういう遥かな山々が見わたせる。山頂に着くと、山の向こうのオルタ湖も綺麗に見えている。下界はまだ真夏であるが、さすがに標高1400m、しかも周囲は全てスイス。涼しい風に吹かれて汗を乾かし、コオロギの声に耳を傾け、ほんの少しだけ「ソロ・アンダータ」にしたことを後悔する。

(写真上:ロープウェイ山頂駅付近。駅の「Bar」は、既に閉店して久しい。カギも錆つき、トイレも使用禁止である。この荒涼とした雰囲気が、下山への不安を高める)

 12時半、下山口でさんざん迷った後で、いよいよ下山を開始。イトーヨーカドーだったか三軒茶屋の西友だったかで買った中国製の靴。梅ヶ丘のコナカで10年以上前に買った焦げ茶のズボン(ズボン以外に呼び方の見つからないズボンの王様のようなズボン)。10年前に「全日空スカイホリデー」の北海道スキーツアーで無料でもらったTシャツ。その上から、まあ一応マトモなユニクロの黄色いシャツ。あとは水と、水だしで自分でつくったお茶と、スナック菓子。この軽装で、クマもスズメバチも悪い人たちもいろいろ隠れていそうな暗い山道に分け入っていく。

(写真上:下山道の入り口。ここから5時間の悪戦苦闘が始まる。下山するだけなら4時間弱だったのだが、「変なじいさん」の妨害と、犬の群れの襲撃と、ドイツ人グループとの出会いと、ここからの5時間が旅の山場になる)

 標高差だけでも1400m。日没まで6~7時間はあるのと、スイスの山々まで綺麗に見渡せる快晴が頼りなのであるが、歩き出して10分もしないうちに早くも後悔が押し寄せ始めた。3年前の9月、南フランスのエズの街を訪れた時に、街から海に下る「ニーチェの道」でどんなひどい目に遭ったかを思い出したからであるが、そのときの悲劇と今回の悲劇については、次回に譲ることにしたい。

1E(Cd) Michael McDonald:SWEET FREEDOM
2E(Cd) THE BEST OF JAMES INGRAM
3E(Cd) Peabo Bryson:UNCONDITIONAL LOVE
4E(Cd) Deni Hines:IMAGINATION
5E(Cd) Take 6:BEAUTIFUL WORLD
6E(Cd) Sugar Babe:SONGS
7E(Cd) Candy Dulfer:LIVE IN AMSTERDAM
10D(DvMv) THE GODFATHER partⅡ 2/2
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