2008年09月27日(土)

Thu 080925 ありゃりゃ、どんどん更新するぞ。コンマをどう教えるか、について(3/4)

テーマ:予備校講師の日常
 それから14年が経過(一昨日、昨日からの続きです)。30歳で予備校講師(最初は河合塾→駿台)になってから、授業の中で生徒たちにその話をしてみた。成績上位のクラスほど、この話への食いつきがよく、成績が良くないクラスほど保守的だった(つまり「そんな面倒なこと考えるより、今まで通りがいい」という態度の生徒が多かった)。しかし、概して熱心に考える生徒が多くて、わざわざ講師室を訪ねては私と語り合っていく生徒も少なくなかった。
 35歳のとき、研究社出版の伝統ある雑誌「高校英語研究」から特集記事の依頼が来た。ちなみに、英語雑誌の超名門「英語青年」と並んで研究社の代表的な雑誌だった「高校英語研究」は、その後、伊藤和夫先生の死去に合わせるように廃刊になった。最終号には、伊藤先生が「大学入試英語への弔鐘」と題した一文を寄せられた。もう10年以上昔のことである。その文章自身が、先生ご自身への弔鐘だったような気がしてならない。駿台関西校の雄・表三郎師も、その「弔鐘」という言葉を指差して、いつもの激烈な伊藤和夫批判を忘れたかのように、寂しげに「そうか、弔鐘か…」と呟かれたように記憶している。

(写真上:ロープウェイの中から見たマッジョーレ湖。普段の心がけが余程良くなければ、これほど綺麗な光景は見られない。手前、右がベッラ島、左がペスカトーリ島。奥はマードレ島。)

 「高校英語研究」に私が特集記事を書いたのは、駿台の秋山仁師や薬袋善郎師と福岡の飲み屋で食事したのがきっかけだったのであるが、あの段階ではまだ廃刊云々という話は全く出ていなかった。記事の中で私は、高校1年生の夏の授業でいだいて以来のコンマについての疑問を、だいたい以下のように書いてみている。
 「コンマは、単なる『記号』であって、発音されることはない。音声に現れないコンマの有無で、そんな重要な違いが出てくるんじゃ、英語の会話は大混乱になるんじゃないか。『もし6人目の息子がいたらどうするんだ?』と反論されるだろうが、心配は全くいらない。英語とは、もともと饒舌な言語なのである。もし6人も7人も息子がいるかもしれないなら、積極的に質問してみればいいのだ。何もコンマ一つでガタガタ言っている必要はない。質問すれば、会話が次のように続いていくはずだ。
ハワード : I have five sons(,)who have become lawyers.
サマンサ : You have five sons? You have quite a lot of sons, don’t you?
ハワード : Oh, I have seven, in fact.
サマンサ : Seven? Then, you have two others?
ハワード : Yes. One of the two has become a dentist.
サマンサ : Oh, ...
ハワード : And the other is now a college student.
こうやって、積極的に会話すればいい。会話を進めていけば、「ムスコが5人」なのか「ムスコはもっといる」かは簡単に分かるはずだ。だから、「コンマ!!コンマ!!!」とコンマの話ばかりになったときに、高校生がムカつく気持ちはよく分かる。積極的に相手に尋ねればいいのに、コンマコンマ言われても、コンマっちゃう。そういう気持ちはよく理解できる。質問すれば簡単にわかることを、質問もせず、会話もせずに、コンマ一つでモチャモチャやって済ませてしまいたい、そういう英語だけ学んだのでは、困るのである。それが小説や論文なら、どんどん先を読み進めれば分かることである。先を読むのが面倒で、イヤで、だからやっぱりコンマ一つでゴチャゴチャモチャモチャごまかそうとする。そういうモチャモチャした英語教育は、早く改めるべきなのである。」

(写真上:モッタローネ山頂から、アルプス方向を望む、モンテローザ、マッターホルンなど。心がけのいいせいで、アルプスも美しい)

 おお、何と若々しい。今になって読み返してみると、まさに「若気の至り」の見本である。保守的な大人たちが頑に守り通してきた伝統に対して、たとえ自分が正しいと判断したとしても、ここまで激しく攻撃的な発言をしてはならないのだ。それは礼儀に反する。作戦としても、失敗だ。礼儀に反する攻撃を、大人の世界は「なかったもの」として身をかわし、やり過ごすことにしている。大人の世界は、そんなふうにして、変な若造が力まかせに大騒ぎしても、少しも傷つかないで平然と今まで通りの姿で生き続けるのである。せっかく張り切って「満を持して」という気持ちで繰り出した私の攻撃は、簡単に身をかわされ、建設的な議論に発展することなく、立ち消えになってしまった。
 ただし、さすがに伊藤和夫先生は、「無視」ではなくて「激怒」してくださった。異例の抜擢でお茶の水本校で東大スーパークラスを担当していたとはいえ、講師を始めて5年目、当時30歳半ばのまだ若い講師である。伊藤先生から見ればチンピラもいいところであって、相手にしている暇なんかほとんどなかったと思うのだが、それでも激怒してくださるというのは、伊藤先生のさすがの誠実さだったと思う。

(写真上:モッタローネ山頂は、ロープウェイの山頂駅からさらに徒歩で30分ほど登ったところにある。ここは冬には小規模なスキー場になるのだ。ちょうどスキー場のリフト1本分を登れば、山頂に着く)

 さらに、駿台の大先輩である大島師が、どこかの雑誌でキチンと反論してくださったのも嬉しかった。彼は、ゴルゴ13の逸話で非常に面白く議論なさっていた。正確には記憶していないのだが、遺産相続か何かの超重要書類で、コンマの有無で数十億ドルの違いが発生するというストーリー。コンマがあると数十億ドルの損失になる依頼者が、ゴルゴ13に依頼して書類のコンマを撃ち抜いてもらおうとするのである。もちろん原則としてゴルゴに失敗はないから、彼は見事にコンマを撃ち抜いて、依頼者の利益を確保する。「だから、コンマはきわめて重要。それを熟知してこのストーリーを組み立てた作者の力量は素晴らしい」。「一方、その程度のことも知らないで、コンマをバカにする若手の講師がいるが、困ったものである」。そういうスタンスだった。まさに私の若気の至りを指摘する適切な記事だったと思うし、無視なさらなかったことだけでもさすが、という感じだった。

 しかし、私が「高校英語研究」にあれだけ派手な思い切った記事を書いて、偉い先生方が100年以上守り抜いてきた伝統に一石を投じようとしたのは、もっと別の意図があったのである。まず、ゴルゴの話にしても、そこまで重要な書類なら、一般には同一の書類を何通か作成して、利害の対立する2者でそれぞれ別に保管するのが通例であって、そのうち1通のコンマをゴルゴが撃ち抜いたとしても、残りの無事な方の書類が出てくれば、どうせ大したことにはならないはずである。たとえ首尾よくすべてのコンマを撃ち抜いたとしても、そんな欠陥のある書類が法治国家で意味をなすのか、法律関係者がそこまで無能な世界で、コンマとゴルゴだけがそこまで有能なのか、大いに疑問である。
 では、私が巻き起こそうとして巻き起こせなかった議論とは何か。それについては、明日改めてゆっくり書くことにしたい。

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